第14話 彼氏の出番
第14話 彼氏の出番
姉とは普段、ほとんど連絡を取り合うことはない。
そんな姉が真夜中に電話してきた。
「おかあさんが急に倒れたのん…今、病院から電話してる」
「えっ」
「危ないのん、もう意識ないねん…」
「わかった、けど今夜はもう夜行バスも終わって、移動手段がない。
明日の朝イチで帰る」
そう言って通話を終了すると、またスマホが鳴った。
銀鷹丸さんだった。
「ホークスさん、こんな時間にすみません。
頼みたい事があって…今週末なんですけれど」
「銀鷹丸さん、申し訳ない。
母が急に倒れて、明日すぐに帰らなければいけない。
今週末までに戻れるかもわからない」
「ホークスさん、すぐに支度をして…もちろんごうにも。
このまま寝ないで家で待っててください」
銀鷹丸さんの通話はそこでぷつりと途切れた。
田舎へ帰る支度をし、ごうの分も支度をしていると、
インターホンが鳴って、「赤坂です」という声がした。
なんという早さだろう、30分もかかっていない。
「銀鷹丸さん…!」
銀鷹丸さんは仕事着である白っぽい訪問着のままだったが、
いつもきちんと結ってあるはずの髪は少し乱れていた。
「すぐ行きましょう」
「こんな時間に電車もバスも飛行機もないよ」
「そんな今こそ彼氏の出番です…!
公共の交通機関が動き出すまで、私ができるだけ近くまで送ります」
キャリーに入ったごうを連れて、マンションの前まで出ると、
銀鷹丸さんは車で来ていた。
黒塗りの高級車かと思いきや、国産の赤い小型普通車だった。
「私個人の車です、狭いですがホークスさんは後ろで横になっていてください。
眠れなくても横になるだけで違いますから」
言われるまま後部座席に乗り込み、行き先を言うと、
銀鷹丸さんは赤い車を飛ばしに飛ばした。
飛ばしているくせに、なぜか危険を感じなかった。
別ゲーの覇者は運転も上手いのか…。
「…ホークスさん、ホークスさん」
気が付くと、計器の仄かな灯りだけだった車内は、わずかに白んでいた。
さすがに疲れて眠ってしまったらしい。
「もうすぐ電車が動き出します、ここから最寄りの駅でいいですか?」
銀鷹丸さんはカーナビを見ながら言った。
その顔は怖いくらいに真剣だった。
「あ…はい、ありがとう」
「お礼は不要」
それから10分ほどで最寄りの駅に着いた。
「銀鷹丸さん、本当に助かった。
今度は俺があんたを助ける、彼氏を助けるのは彼女の役目だ」
「思いがけずこんなに長く、一緒に過ごせて素敵なデートでしたよ。
とにかく早く行って差し上げて、続きはまた今度…ね?」
銀鷹丸さんはにこりと笑った。
俺は車を降りて、駅へと歩き始めた。
…けれど、なんとなく振り返った。
赤い車はまだある、俺とごうを見送っているつもりなのか?
違う、銀鷹丸さんはダッシュボードにもたれかかって、ぐったりとしていた。
そうだった、彼女はまだ病み上がりだった…!
俺は慌てて引き返した。
俺が降りた時のまま、ドアのロックはまだかかっていない。
「銀鷹丸さん、あんた…!」
俺は運転席のドアを開けて、怒鳴り込んだ。
「うーん」とは唸るが、もう口をきく余裕もないか。
首筋に触れてみる…熱い。
「運転代わって」
銀鷹丸さんを運転席から引きずり出し、後部座席に寝かせる。
ごうと荷物を積み直して、運転席に乗り込んだ。
自分の車こそ持っていないが、仕事で、実家で運転はする。
近くの病院へ運ぶ時間はないが、俺の行き先も病院だ。
この駅はもう名古屋をとうに過ぎている、ここからなら実家の方が近い。
俺は車を発進させた。
「歩けるか?」
母の入院している病院に着いた時、
銀鷹丸さんはこくりとうなずいたので、彼女を支えながら病棟に入り、
病室のあるフロアのソファに座らせた。
「ちょっと姉に事情を話してくる」
病室には姉をはじめ、親戚一同が集まっていた。
姉が近寄って来た。
「秀忠、案外早かったんやな、よかった…間に合うて。
でも一体どないして来たん…?」
「姉ちゃん、俺を途中まで車で送ってくれた人がいる。
でもその人は…」
俺は病室の外へ姉を連れ出した。
エレベータの前のソファには、銀鷹丸さんが座ったまま朦朧としていた。
母は今、生命の境目にある。
どちらを選ぶ?




