第13話 嘘の男女
第13話 嘘の男女
「さあね…」
まさか銀鷹丸さんに彼女がいるとは言えまい。
そしてその彼女が男の俺ならなおさら。
「ところでホークス、お前はいつ銀鷹丸さんに名前使われるんだ?」
今夜は安田もいて、また「猛戦」とか、くそ甘いカクテルを舐めて言った。
「猛戦」はミルクをベースに、いちごのリキュール、チョコリキュール、
それからスパイスで香りをつけたもので、
生クリームが浮かべてあり、飾りにいちごかベリー類が乗っている。
「わからない、近いうち使われるんじゃないか?」
「それ、名前だけで済むの?
あの人はあの『銀鷹』のママだ、あちこち顔も出さなきゃいけないんじゃね?」
「ああ、お互いそれも込みだから」
和田さんは俺の前に、新しいグラスを置いた。
オレンジがかった黄色いロングカクテルで、
炭酸はビールがベースなのだろう。
その底ではチョコがけの金柑がわずかに地の金色を覗かせている。
「金環蝕」、これはどういう意味だろうね。
嘘の男と女なんかを下げてどうしたいの。
安田は明日も早いからと帰って行った。
抗争で生き残っただけとは言え、ヤクザの会長のくせに。
「あいつは武田さんて言って、前に会長してたじいさんと一緒に暮らしてるんだよ。
会長になってまで部屋住みだ、気を遣って大変だろうさ」
「和田さんは? お前の家に前にいた、まいけるんはどうしてる?」
「まいけるんには、川越の『プラネタリー』を任せて、今は店長だよ。
それでなんと! あのジェラールさんと結婚したとか」
「マジかよ」
2人きりになった店で、俺と和田さんはしばらく、
「ケミカルテイルズ」の元メンバーたちのその後とか、
たわいもない雑談をしていた。
「あのさ、和田さん」
「ん?」
「なんであの人…銀鷹丸さんを回復特化させようと思った訳?」
「そんなの引き抜きたいからに決まってる」
「そんな事を言って、ほんとは一緒にいたいだけなんじゃね?」
カウンター内でたばこをふかしていた和田さんは、
たばこを口から落としそうになって慌てた。
図星かよ、顔が赤い。
「てかさ、あの人戦力低いじゃん」
「そこがいいのさ…低戦力で、しかも以前は前衛だったと言う。
後衛用のカードや育成素材は余っている。
連合の望むまま、いかようにも育てられる。
参戦率もほぼ3戦フルと、素晴らしい。
どこの連合でも、喉から手が出るほど欲しい人材だ」
「俺はそうは思わないな…」
俺ももう帰る時間だ、カウンターに金を置いた。
和田さんはおごりだと言って、それをそのまま返した。
「流行が変わったら? 対抗スキルが出てしまったら?
連合が解散してしまったら? あの人はその後どうなる訳?
あんな日数の若い、先のある人を、何かに特化させるって、
その将来を絶してしまうって事…かわいそうだと思わないのか」
「ユニティ」を出て、駅まで歩きながら頭を冷やした。
もう空気が澄んで、こんな都会でも星がきれいだった。
…さっきは言い過ぎた。
あの人の事になると、つい取り乱してしまう。
あんなに嫌いな人だったのに、まいった。
「おいホークス、お前和田さんと何かあった?
LINEでお前の事めちゃくちゃ言ってるぞ」
会社の倉庫で、イベント会場に卸す商品の数を数えていた時、
加藤がでかいハンバーガーを片手にやって来て、もごもごしながら言った。
書いていた伝票はどうした?
「銀鷹丸さんだっけ? 彼女、和田さんの女じゃね?
お前が手を出したとか言ってるけど、ほんとのところはどうなんだ?
お前出会い廚だし、もうやったのか?」
「誰が出会い廚だ。あの人は女のうちに入らん」
銀鷹丸さんとは身体の関係はまだない。
大人なんだから、俺の彼氏になったんだから、
あの後すぐにでもそういう関係になってもいいはずだった。
けれど俺がそれを望まなかった。
あんな激しい事を、あんな病人にはとてもさせられないし、
また耐えられないと思ったからだった。
「てかさ、あの人そもそも和田さんの女じゃないし。
…和田さんは好きみたいだけど、その和田さんから見てもあまりにも格上過ぎる」
そこも手出しをためらう理由だった。
彼女の後ろにはお客という、一流の男たちがいる。
だからこそ、彼女とは「婚約」でなければ、
「銀鷹」をたたむにも、何をするにも、彼らは納得しない。
「交際」ごときではだめなのだ。
実際に結婚するかどうかは別としても、
あの時、銀鷹丸さんが「婚約」を提案した理由がよくわかる。
安田のソシャゲでは、初心者上がりの低戦力なのに、
リアルでの銀鷹丸さんは、俺から見てもはるか格上の人なのだ…。
その晩、寝ようと洗濯したふとんカバーと、
それをおもちゃにしようとするごうと格闘している最中、
スマホに着信があった。
銀鷹丸さん…そろそろ仕事から上がる時間だ。
でも違った、姉からだった。
「秀忠、あんた今すぐ帰って来て」




