第10話 あんたは最高
第10話 あんたは最高
安田はすぐにやって来て、銀鷹丸さんのいる病院へ車を飛ばした。
珍しい、自分で運転してきたとは。
「…働き過ぎで倒れたらしい。
熱はあるが命に別条はないし、意識もはっきりしているし、
彼女には和田さんがついててくれているから、大丈夫なんだけど、
なんでホークスが呼ばれる訳?」
また倒れたのか、全然大丈夫じゃないじゃんか。
「あれからあの人とは取引した」
「取引…」
「お互いに恋人なり、婚約者なり、名前を貸し合うことにした。
俺は田舎のやつらを黙らせたい、あの人は廃業して療養に専念したい。
利害は一致した、仲がいいわけじゃないから後腐れもない」
「知ってたのか」
病院は近かった。
病室の前まで行くと、和田さんが難しい顔をして待っていた。
「ホークス、どういう事?」
俺は安田にしたのと同じ説明をした。
「なんでホークスなんかと…俺だったら…」
「それがだめらしい、だから仲も良くない俺なんだと思う。
俺も和田さんに頼んだらって言ったはずだが?」
病室に入ると、銀鷹丸さんはベッドの中から笑顔で迎えてくれた。
「どうして俺を呼んだの」
「ホークスさんしか頼める人がいませんから」
病院の白いふとんからはみだした手には、あの指輪が光っていた。
「2〜3日中には退院しますが、その間『銀鷹丸』をよろしくお願いします。
それから、着替えをお願いしたいのです」
「わかった、鍵をくれたら取って来よう。
俺も田舎であんたの事を使わせてもらったから…」
銀鷹丸さんは「良いのですよ」と、目を細めた。
「私みたいな年上の、しかも水商売の女など、
ご実家の方々にはさぞ不愉快だったでしょうね…」
「あんたは最高だよ」
俺もつられて目を細めた。
「あんたがいくつか具体的には知らないけど、もう子供も望めない年上で、
水商売でも人を使っていて、俺よりもずっとずっと稼いでいて、
しかもこんな風に病気がちで、遠くへも行けないと来ている」
「嬉しいこと、こんな私でも誰かのお役に立てるのですね…」
彼女は寝たまま、その目にうっすらと涙を浮かべた。
その言葉には何の裏もなく、本当に嬉しそうだった。
銀鷹丸さんは運ばれた時に持っていたらしい、金の帯地のバッグから、
自宅の鍵と交通費を俺に渡した。
「ホークス、いつまで話してる」
和田さんの声がした、俺は預かった鍵と金を上着のポケットに隠した。
見つかるとまた何か言われそうだ。
「いつまでって…まだ5分も経っていないじゃないか」
「…ん? 赤坂さん、ホークスに何か言われたのか? 目が赤い」
和田さんは俺を振り返り、きっと睨んだ。
銀鷹丸さんは和田さんの袖を引いて、それをやめさせた。
「いいえ、嬉しかったんです…。
こんな涙なら、何度流してもいいですよね?」
その姿は俺より年上のおばさんなはずなのに、まるで少女のようだった。
この人の中には男がいる、でも女もいる、そう思った。
最近では男でも女でもない人が、物語に出て来るようになったけれど、
男でも女でもある人の話は、俺はまだ見たことがない。
和田さんと安田とは別れて、タクシーに乗り、
銀鷹丸さんのマンションへ行った。
渡された鍵でドアを開けると、そこはやっぱりおっさん臭いゲーマー部屋だった。
金の入った紙袋が、コードの絡み合った床にぽんと置かれているのも同じだ。
俺が悪いやつだったらどうするんだ。
高級マンションだから部屋もたくさんある。
他の部屋も物の散乱したゲーマー部屋だが、
和室の一部屋だけは仕事のための衣装部屋になっていた。
そこはたんすの他に化粧台もあり、きれいに片付いていた。
空いた大きめの旅行かばんを見つけ、そこに着替えと洗面用具を詰めた。
当然下着も詰める訳なのだが、これは大きく2種類に分かれていた。
レースやリボンのついた可愛らしいものと、何の飾りもないシンプルなもの。
あの人らしい、俺は笑って両方をかばんに詰めた。
こんな事までさせるのかよ、なんだか癪だった。
なんだか俺が安全に思われているようで。
俺はリビングの机の上で充電コードにつながれた、「銀鷹丸」のスマホを見つけた。
ゲームを立ち上げて、デッキを盗み見る。
…和田さんプロデュースだからいいデッキだが、相変わらずの低戦力だ。
いい機会だ、いたずらしてやるよ。
あんたは気付いていない。
確かに俺の中には女がいるけれど、男だっているんだよ…。




