第1話 海と化石
第1話 海と化石
母が足を骨折して入院して以来、月に一度ぐらいの頻度で、
実家に帰って、顔を見せるようになった。
「秀忠、あんたはいつまで独りでおんのや」
その度に決まって母はこう言う。
もう聞き飽きた。
その次に言うセリフも決まっている。
「早よ嫁をもろて、早よ子供を…」
俺と同じ年代で地元にいるやつらは、もう早くに結婚しているし、
子供だって3人ぐらいいたりして、家業を継いだり、
自分の家を持ったりしている。
こんな40過ぎまで独身の男は俺くらいだろう。
東京に出たのも俺くらいか。
玄関から出て、細い道路を渡ると海しかない。
塩でなんでもかんでもすぐ壊れてしまうし、
防風林もないから強風が家に直撃する。
家のあちこちに入って来る砂もいやらしい事この上ない。
家の立地も嫌だったが、もっと嫌だったのは、
父親が外国人だって事だった。
もともとこの家がある地域は母親の故郷だったので、
両親が疎外されることはそれほどなかったが、
田舎の子供たちにとって、俺という子供はあまりにも珍し過ぎた。
人間関係の濃密すぎるこの地域で、珍しい子供がいじめられるには十分だった。
だから高校卒業と同時に東京に出た。
東京での暮らしは俺に合っていた。
高卒でも仕事はたくさんあったし、後から大学や専門学校で学ぶことも出来る。
自分のスペックが上がれば、それに見合った転職や独立も可能だ。
そうして俺は歳を取った。
今は会社員時代の同期と、玩具を卸す小さな会社を経営している。
裕福という訳ではないが、俺が結婚を望めばそれも可能だっただろう。
でも俺はそれを望まなかった。
歳を取って、結婚適齢期から外れるのは本当に嬉しいことだった。
「ホークス、お前の机マジどこの女子だよって感じ?」
朝、出勤して来ると、その会社員時代の同期だった加藤が、
決まってぶっと吹き出しやがる。
加藤は加藤リンクスと言う。
そして俺はホークス秀忠。
俺がイギリス系で、加藤はアメリカ系、俺たちはハーフ同士だった。
「いいだろ? うちの取扱商品を素敵にディスプレイだ」
俺の机はいつも、女向けの可愛い小物や、キャラクターグッズで飾っている。
昨日、サバトラの可愛い子猫のぬいぐるみが入ったので、
見本としてそれもちゃんと飾ってある。
「何そのムダな女子力、キモ」
「いやいや、お前も十分キモいから安心しろ」
加藤の机は適当に散らかっている、そこまでは普通だが、
いつも朝食と称して、駅前のハンバーガー屋から、
大量のジャンクフードを仕入れて来て、それらを机で食べやがる。
なのに、なぜか加藤が太る気配は一向になく、
むしろげっそりとやせ細っていた。
「ところで」
加藤は机の上に置いた俺のスマートフォンを取り上げた。
「ホークス、お前まだ安田のソシャゲなんかやってんの?」
「飲みにいくとあいつうるさいんだよ」
安田は俺たちの飲み仲間で、元々は会社の客だった。
彼の部下がやってるゲーセンに、景品を卸したのがきっかけだったが、
安田自身はソーシャルゲームの会社を持っている。
「戦国☆もえもえダンシング」というタイトルの、
システムもインターフェイスも、何もかも古くさいゲームだ。
加藤はめんどくさいと、もうとっくの昔に辞めている。
戦国武将が美少女とか、今どきポチポチゲーとか、ギルドバトルとか、
ソシャゲ黎明期の化石かよ。
だが俺も40過ぎのおっさんだ、運営している安田も同い年だ。
こういうゲームに安心してしまう、だから今も一定の需要はある。
「あれ? ホークスお前、連合から独立したの?」
「え?」
「『ホークス連合』てなってるぞ」
そんなはずはない、俺は加藤からスマートフォンを奪い返した。
見ると、本当に所属連合が「ホークス連合」と、
俺ひとりの連合になっていた。
ゲームには「挨拶」という、個人間で短いメッセージをやりとりする機能がある。
そこには元いた連合の盟主から、除名を通告する挨拶が入っていた。
理由はただ、「連合には合わない」とだけあった。
俺は連合を除名になったのだった。