98、寮の管理人ミッションに
『学生諸君! 朝だ、起きたまえ』
私は聞き慣れない声に起こされた。なかなか寝つけなかったせいで、身体がだるい。そして、何より寝覚めが悪い。
(なぜ、私が、男に命じられなければならないのよ)
私は美優の記憶を取り戻したが、基本的にはやはり、女尊男卑のアマゾネスだ。知らない男に、上から目線で偉そうに言われることには抵抗がある。
私は、シャワーを浴び、着替えを済ませて、食堂へと移動した。熱いシャワーで少し頭はスッキリすると、なぜか、昨夜のカバンの様子が気になってきた。急に無口になってカウンターに移動して……。私が邪険にしすぎたのだろうか。
(まぁ、気にしても仕方ないわね)
いつものように、適当に朝食バイキングの料理を取って、空いている席に座った。そして食べ始めると、なんだか少し食欲がないことに気づいた。
(昨夜、食べすぎたのかしら)
取った料理を残すわけにもいかないので、私は少し休憩がてら、紅茶を取りに行った。いつもなら、食後にコーヒーを飲むが、食事にはこの食堂のコーヒーは合わない。
美優の記憶を取り戻したことで、私はコーヒーの味も思い出した。この世界のコーヒーはあまり美味しくない。でも、なんだか、コーヒーを飲まないと落ち着かないようになっていた。
(マスターのカフェラテは美味しいわよね)
探偵事務所に依頼料を支払いに行った後に、バーに立ち寄ろうかしら。昼間はマスターはいない。でも、カフェの店員さんなら、カフェラテを作ることくらいできるわよね。
席に戻ると、マリーが真ん前に座っていた。
「あら、マリー、おはよう」
「おっはよ〜ん、ローズ、変身ポーションを使ったんだって?」
「あー、カバ……じゃなくてリュックさんに聞いたの?」
「うんうん、まさかのデスゴリラになったんだよねぇ」
「デスゴリラか何かは知らないけど、まぁ、ゴリラになったわよ」
「パパが楽しそうに自慢していたわぁ。ローズにほっぺに怪我させられたーって」
「たまたまよ。でも、天使ちゃんが治そうとしたのに、それを拒否していたわ。意味がわからないんだけど」
「パパが怪我するなんて、滅多にないものぉ。珍しかったんじゃない?」
「そう。まぁ、いいわ」
マリーは、誰かに気づいたらしく、手を振り、ここへ来るようにと促した。
私は、紅茶を飲みながら、相変わらずおてんこ盛りになっているマリーの皿を見ていた。ほんとによく食べるわよね。
「ローズ、紹介したい人がいるんだぁ。っとその前に、その紫芋の料理、さっきなかったわよぉ?」
「ふふ、マリーよかったら食べる? 食べかけでも気にしないなら。甘くて美味しいわよ」
「気にしなーい! 食べるわよ〜。あれ? もう紅茶にしてるってことは、ごちそうさまなのぉ?」
「うーん、昨夜食べすぎたみたいで、あまりお腹が減ってないみたいだわ。いつも通り、がっつり取ったんだけど」
「じゃあ、あたしがいただき〜!」
マリーは、私のトレイを手繰り寄せ、ニコニコしている。ふふ、ほんとに食いしん坊な妹ねー。
「マリーさん、えっと……」
「あたしの横に座っていいよ。前にいるのがローズ、あたしの友達なの。ってか、お姉さんみたいな感じ。女尊男卑の国の人だから、言葉には気をつけてあげてねぇ」
マリーが呼び寄せた人は、神々しい雰囲気の赤い髪の男だった。学生達の視線を集めている。ホリが深いイケメンだからかしら。だが、この顔、どこかで見たことがあるような気がする。
「わかった。えっと、ローズさん? 同席させていただく」
「ええ、どうぞ」
彼は場に慣れないのか、少し緊張しているように見えた。そして、席につくと、持ってきたトレイの料理を食べ始めた。ここの料理を食べたことがないのか、ひとつひとつ不思議そうにしながら、食べている。
「ローズ、彼は管理人ミッション、初めてなんだって。あたしが指導を頼まれちゃったのー」
「へぇ、マリーは先輩なのね」
「うんうん。えーっと、名前なんだっけ?」
マリーに名前を聞かれて、赤い髪の男は、少し戸惑っているようだ。
「冒険者登録の名は、レッチだ」
「ん〜? 本当の名前は? 秘密なのねぇ? その腕輪は、クマさんの魔道具よね? アイテムボックス付きのステルスかな。それかなり高価なのに持ってるってことは……」
「この腕輪は借り物だ。イロ……じゃない、えっとティアさんが貸してくれたものだ。俺は、能力を隠すチカラがないから、何もせずに歩き回るのは良くないと言われてな」
「あっ! 赤い髪の……」
私は思わず叫びそうになった。この男、ハデナの地下迷宮にいた赤の星系の神だわ。
すると、彼も私の反応から察したのか、もしくは思考を読んだのか、私が気づいたことがわかったらしい。
「ローズさんとは、地下迷宮で会っているんだな」
「ええ」
「なるほど。マリーさんが、なぜ貴女のような普通の人族を友達だと紹介するのかと違和感があったが、あの場にいた一人なら納得がいく。あの魔人の関係者なんだな」
「関係者というか、まぁ、知り合いだわ」
「ローズ、あたしが指導を頼まれたのは、パパのせいなのぉ。パパがティアちゃんを紹介したらしくて、でも、この街のことがわかっていない邪神を一人にしちゃダメって、ティアちゃんが言って〜」
「ん? マリーがリュックさんの娘だから頼まれたってことかしら」
「うん、たぶんそんな感じ〜」
レッチと名乗った赤の神は、私達の会話を驚いた表情で聞いていた。だが、マリーの説明が違ったらしく、一部訂正をされた。
「いや、少し違う。マリーさんがあの魔人の娘だからというだけではない。ティアさんは、俺を絶対的に抑える能力のある者をと考えたようだ。俺は彼女に全く信用されていないらしい」
「マリーって、そんなに強かったの?」
「あぁ、ティアさんに引き合わされたときに、マリーさんのサーチをして……ちょっと血の気が引いたな。この星の魔族は、一体どうなっているのだ? こんな子供なのに……」
「ちょっとぉ〜、魔族の中でも、あたしは特別なのよぉ。あたしは大人になったら大魔王になるんだからねー」
「それに、ローズさんにも驚かされた。人族なのに、彼女を怖れないばかりか、完全に掌握しているではないか」
「別に……私は、この街の人々が強い人が多すぎて、もうそこのところは気にならなくなっているだけよ」
するとなぜか、また彼は目を見開き、驚いた顔をしている。訳がわからないわ。
「な、なるほど。俺のことも、怖れていないのか」
「貴方、私に、この街で何かする気かしら?」
「いや、別に」
「そう、それなら、なぜ私が貴方を怖れなければならないの? 怖れる理由がないわ」
「そ、そう、だな」
「きゃはは。やっぱ、ローズって最高! 邪神を言い負かしちゃってるしー、あははっ」
なぜか、マリーがキャッキャと笑っている。マリーの笑いのツボが私にはよくわからない。
「今朝の起床の念話って、貴方かしら?」
「あぁ、そうだ」
もしかすると、今後、毎日あんな念話で起こされることになるかもしれない。あれは、勘弁してほしい。
「ひとつ、アドバイスをさせてもらってもいいかしら」
「なんだ?」
「あれは、寝覚めが悪いわ。朝から上から目線で何様なのかと思ったわ」
「おかしかったのか?」
「ええ、キチンとした言葉を使うべきね。学生諸君だなんて、普通は言わないわ。それに、起きたまえだなんて。学長の挨拶ならわかるけど、管理人としてはふさわしくないわ」
「そ、そうか。気をつける」
「ん? そんな言い方したのぉ? あたしを見習うべきよぉ」
「マリーも、ちょっと変わってるけどね。不快ではないわ」
「んふふっ、褒められちゃった〜」
(いや、別に褒めてないけど)
「じゃあ、私はそろそろ行くわ」
「どこ行くのぉ?」
「探偵事務所に、ちょっと支払いに行ってくるわ」
「ふぅん。うふっ」
マリーは、ニマニマと笑っている。私は軽く咳払いをして、席を立った。
(マリー、何か悪だくみをしそうな顔ね)