97、リュック、悩む
私達は、お腹いっぱい食べた。ミューじゃないけど、食い倒れって、こういう状態なのだと思う。
お会計は、それなりの金額になったようだが、アルフレッドが、マスターに余っていた金貨をすべて渡していた。
「マスター、これ、預けておいてもいいですか? 俺のクラスメイトの飲み食い代、前払いです」
「大丈夫ですよ。きちんと帳簿をつけていますから。ですが、ちょっとこれは、すごい金額ですね」
アルフレッドは、金貨を22枚渡したようだ。確かにすごい金額になる。
「俺達は適切な報酬を分けたんです。余りは、リュックさんに渡そうとしたんですが、受け取ってくれなかったので」
「なるほど、そうでしたか。みなさんで数枚ずつ分けてもいいのではないかと思いますが、みんなで使うというのも、いいアイデアですね。クラスメイトのお名前を教えてもらえますか」
マスターは、やわらかな笑みを浮かべて、うんうんと頷いていた。
「じゃあ、俺アルフレッド、ローズ、バートン、ルーク、それから、シャラ、ノーマン、タクト、あと一緒にミッションをしたケトラさんとシャインくんも」
「えっ? シャインもですか」
「はい、ケトラさんもシャインくんも大活躍だったんですよ。あ、あとリュックさんも……」
「ふふ、リュックくんのことは気にしなくて大丈夫ですよ。リュックくんからは、数十年分の飲み代を預かっていますから」
「ええっ?」
「お会計が面倒だという人は、どかんと預けられるんです。常にお会計がマイナスな人も若干一名いますけどね」
お会計がマイナスなのは、ティアさんね。いつも子供達に食べさせているからだわ。
「でも、俺達の預けた金額も、十年分以上ありそうですね」
「そうですね。毎日、クラスメイトみんなで焼き肉なら一年分かもしれませんけどね」
「あはは、それはないなぁ。って、ルーク、何? そのキラキラした顔は。毎日、タクトと焼き肉を食べに来てもいいぜ」
アルフレッドが、ルークさんを指差して笑っていた。ふふ、ほんと、食いしん坊ね。
私達は、マスターにごちそうさまを言って、店を出た。カウンターで、眠っているのか、カバンは突っ伏したままだった。
みんなと別れ、私は寮に帰るとすぐに睡魔におそわれた。そういえば、身体のダルさは消えている。あのポーションのおかげかしら。
(明日は、探偵事務所に依頼料を支払いに行こうかしら)
所長に会えると思うと、胸が高鳴るのを感じた。でも、忙しい人だから、会えないかもしれない。あまり期待しない方がいいわね。
アマゾネスの状況が気になってきた。ミューは、もう街に戻っているのだろうか。もし、状況が、最悪な場合は、怪盗を呼ぶことも考えなければならない。
きっと、怪盗が私の記憶を消さなかったのは、このためなのだろうから。
私はこの夜、眠いのになかなか寝つけなかった。
「なぁ、ライト、オレはどーすればいーんだ?」
リュックは、まるでカウンターの一部になったかのように、カウンターに突っ伏していた。たまに、モヒートを飲むときだけカウンターから起き上がった。
「リュックくん、今夜は特にカウンターと仲良しだね」
「はぁぁ〜〜、ローズと仲良しになりてー」
「じゃあ、そう言えばいいんじゃない?」
「無理だろーが。居場所がわからなくなって探したら、ストーカーだって言われたし……。助けに行ったのに、他の奴に言われてやっと礼を言ってたけど、あんまり嬉しそうじゃなかったし……。あーんしたのに食べてくれなかったし……」
「うーん、困ったね」
「だろ? はぁぁ……」
リュックの近くに、ケトラが座ると、彼はまた同じことを言い始めた。
「なぁ、ケトラ、オレはどーすればいいんだ?」
「リュックくん、それ、何回目? さっさと打ち明けなさいって言ってるでしょー」
「無理だろーが。オレ、ローズに嫌われてるし」
「まぁ、リュックくんがやってること、正直言って気持ち悪いからねー。ローズさんの反応は、当たり前の反応だと思うよー」
「オレはどーすればいいんだ? 自分で考えろって言うから、女が喜ぶこと全部やったのに」
「それがダメなんじゃないの? 計算づくの行動って、かんじ悪いよー」
「じゃあ、オレはどーすればいいんだ?」
「逆に聞くけど、リュックくんはローズさんと、どうしたいの?」
「ん? 仲良くなりてー。オレを見て笑ってほしー。カッコいいと思ってほしー。頼りにしてほしー。好きになってほしー」
「はぁ……好きになってほしいなら、なぜ、デスゴリラに変身した彼女をいつまでも笑ってたのよ」
「だって、笑いが止まらなかったんだから、仕方ねーじゃねーか」
「彼女の熱線で、わざと怪我したんでしょ」
「至近距離だったしー」
「避けられなかったの?」
「よゆーで避けられる」
「はぁ……。で? わざと怪我して、それを治癒しないのは、どうして?」
「ん〜、わからねー。滅多に怪我しないから記念にー」
「はぁ……そういうの全部、気持ち悪いよ?」
「なっ!?」
リュックは絶句し、再びカウンターに突っ伏した。
カランカラン
「いらっしゃいませ」
冒険者風の女性五人が来店した。
「あー、リュック、みっけ。どうしたの? 寝てる?」
彼女達は、テーブル席に案内された。
「マスター、お任せでテキトーに。お腹は減ってないけど、のどはかわいてる」
「はい、かしこまりました」
彼女達のひとりが、リュックの元へとやってきた。そして、後ろからキュッと抱きついた。
「何? なんか用事?」
「もう、冷たいわねー。最近、全然遊んでくれないじゃないの」
彼女は、髪をくるくると、もてあそんでいる。そして上目遣いで、リュックをジッと見つめた。
「なぁ、おまえ、オレのこと好きなわけ?」
「ええっ? 急に何を言ってるのよ。野暮なこと聞かないでよ」
そう言いつつ、彼女はジッとリュックを見つめた。
「欲しいわけ?」
「うふふ、欲しいわー」
「じゃー、来いよ」
リュックは、店の奥の階段を上がっていった。彼女は、一緒に来た女性達に小さくガッツポーズをして、リュックの後を追った。
「あの子、リュックと付き合ってるの?」
「魔人が誰かと付き合うわけないんじゃない? あの子も、彼の子供が欲しいだけだと思うよ」
「ふぅん。そういう女、多いよね」
「あたしも一度、相手してもらったけど子供はできなかったなぁ」
「ええー? 何やってんのよ」
「でも、彼の子供なら、絶対にかわいいじゃん。彼、あんなに完璧なイケメンだもの」
「確かに、彼の子供、マリーさんだっけ? すごい美人になりそうなかわいい子だね」
「それに、強いし。完璧な子供が欲しいなら、やっぱり父親を選ばなきゃね」
冒険者風の女性達の話を聞きながら、ケトラはため息をついていた。
「お兄さん、リュックくん、相変わらずチャラ男だよねー。そういうところが、やっぱり伝わってしまうんだと思うの」
「うーん、タイガさんと一緒に買い出しに行ってもらってるから、なんだか似てきたんだよねー。来るものは拒まず精神がどうとかって、言っていたかな」
「はぁ、ウジウジしてるくせに、そういうとこは気にしないのよね。ここで会うと、いつも同じことばっかり言ってるし。聞くのも疲れるよー」
「ふふ、リュックくんは、気を許してる人にしか愚痴は言わないから」
「そういえば、ティアちゃんにはこんなウジウジしたこと言わないね」
「あー、確かにそうだね」
ケトラは、はぁとため息をついた。
「いっそ、リュックくんが内緒にしてること、全部ぶちまけちゃおっかー」
「ん〜、それはそれで、マズイこともあるからね」
「はぁ、もう、愚痴られるの、ウザいよー」
「あはは、ケトラちゃんが聞いてくれなくなると、リュックくんはもっとイジイジしそうだね」
そう言うと、マスターは、楽しそうに笑っていた。