96、七輪の炭火焼き肉
「お待たせしました。ワームの焼き肉ですよ。塩コショウ味が付いてますから、お好みで、こちらのタレをつけてお召し上がりくださいね」
待ちに待ったワームの登場に、歓声が上がった。しかし、こんなに大量の肉、食べ切れるのかしら。大量サイコロステーキ、大量のからあげ、そしてこのワームの焼き肉だ。
「こちらはローズさんとアルフレッドさん用です。よかったら使ってくださいねー」
(わっ! 炭火焼き?)
七輪の登場に、私は驚いた。焼き肉というなら、焼きながら食べるものだと思っていた私には、至れり尽くせりだ。七輪とともに、軽く火を通した半生の肉の皿も並べられた。
「マスター、これ、炭かしら?」
「はい、備長炭ですよー。特殊なルートで仕入れました」
(地球で、日本で買ってきたのね)
「すごい、本格的ね」
「やはり、焼き肉は、焼きながら食べないと雰囲気が出ませんからね。でも、食いしん坊さん達は、焼き上がりを待っていられませんから」
「ふふ、それに火傷してしまいそうだものね」
「ええ、熱いのが苦手な人が多いですからね。あ、表面だけ軽く匂い消しはしてありますが、中は生肉です。火はしっかり通してくださいね」
「ウェルダンね、わかったわ。あ、この表現はステーキに使うのだったかしら」
「どうでしたっけ? 火の通り具合は、それでお願いします」
アルフレッドと私の間に置かれた七輪の上には、七輪に合わせた網がセットされた。そして、後はご自由にと、トングを渡された。
「ローズとマスターの会話がわからないんだけど……。それに、なぜ、俺達は半生なんだ?」
「アルフレッド、まぁ、見ていなさいよ」
私は、トングを使って、肉を網の上に並べた。くっつくかと心配したが、大丈夫だった。くっつかない加工がされた網なのかしら。
箸で、炭を微調整して、火力を均一に整えた。炭火焼き肉のいい香りが煙と共に広がった。そしてタイミングを見計らって、トングを使って肉を裏返した。
(うーん、いい感じだわ)
「アルフレッド、タレで食べる? 塩にする?」
「えー、わからないんだけど。焼き肉って、ステーキと何が違うんだ?」
「食べればわかるわ」
私はアルフレッドの分を小皿に取って、彼に渡した。
「お、おう、ありがとう」
「熱いから気をつけなさいよ」
「わかってる」
わたしも、自分の分を皿に取り、タレをちょっとつけて、パクっと食べた。
(懐かしい! 焼き肉屋さんの味だわ)
焼き肉にすると、ワームの肉は、牛肉っぽく感じた。カルビではなく、ハラミに近い感じがする。
「うんまっ! なんだこれ」
アルフレッドが驚いた顔をしていた。炭火焼き肉は、食べたことないのね。ふと視線を感じた。ジーっと、私の皿を見つめる目が……。
「ルークさんも、食べる? 次、焼くから」
「はい! 食べます!」
私はトングで、網の上に肉を並べた。
「俺も、ローズちゃんの焼いたやつ食べたいぞ」
「ぼ、僕も……でも、熱そう」
肉を裏返したところで、マスターが近づいてきた。追加の肉を持ってきてくれた。
「七輪の調子はどうですか」
「大丈夫よ。私、焼き肉は仕切るタイプだったから」
「ふふ、それなら安心です。みんな注目しちゃってますね。シャインは冷まさないと食べられないので、お願いします」
「わかったわ」
そして、肉が焼けて、小皿に取り分けた。ルークさんとバートンに渡し、チラチラ見ているケトラさんにも渡した。
「シャインくん、冷めるまで待てる?」
念のために確認すると、コクコクと頷くので、シャインくんにも小皿を渡した。だけど、『待て』ができないらしく、彼はすぐにフォークをつかんだ。
「こーら、シャイン、待てと言われたじゃねーか。待てないなら、オレが食うぞ」
いつのまにかシャインくんの真横に、カバンがいた。シャインくんは、カバンから小皿を守ろうと必死な顔をしている。
「ちょっと、アンタ、なに勝手に割り込んでるのよ」
私がカバンに文句を言うと、カバンはニヤッと笑った。
「オレの分も焼いてくれるんだろ?」
「なんで、アンタの分を焼かなきゃいけないのよ」
「あれー? これ、さっきのミッションのお疲れ会じゃねーの? オレも手伝ったじゃねーか」
(まぁ、確かにそうね)
「リュックさん、報酬を分配した余りが金貨20枚ほどあるんですけど、リュックさんの分としては少ないですが、よかったら……」
アルフレッドが、財布をゴソゴソしていた。
「ん? そんなのいらねーよ。オレ、金には困ってねーから。おまえらの報酬は、おまえらのもんだろーが」
「えっ、でも……」
「この肉、おまえらのおごりにしてくれれば、それでいーぜ。ってことで、ローズ、早く焼けよ」
「なぜ、私が」
「オレ、ほっぺた痛いんだよなー。肉食べないと治らねー気がする。誰かさんに熱線で焼かれたからなー」
カバンはニヤニヤしながら、左頬を指差している。
(はぁ……)
私は仕方なく、七輪で肉を焼いた。焼き上がった焼き肉を、アルフレッドとカバンの小皿に取り分けた。
カバンは、アルフレッドのとなりに移動していた。そして、焼き肉を口に運び、一瞬目を見開いていた。
「なんだ、これ。こんな香りになるなんて、どーいうことだ」
「リュックさんも初めてですか。俺もなんです。驚きました」
「たぶん、肉の味がいいからよ。それにマスターの下処理が丁寧なのよ。完全に臭みを消してあるもの」
「日本人すげーな」
「ん? リュックさん、いま、何て?」
「いや、何でもねーよ。たぶん、焼き方にもコツがあるんだぜ。この土の釜で、ティアが焼いたときは、こんな味にはならなかったからな。けっこう焦げて苦かった」
「それは、炭火が強すぎたんだと思うわ」
「しっかり火を通さねーと、腹こわすじゃねーか」
「弱い火で時間をかければいいのよ。それに頻繁にひっくり返すのも邪道だと思うわ。2〜3回までね」
「あー、アイツ、焦げるからってコロコロ転がしてたぜ。肉が火をまとってたな」
「炭火が強いと、そうなってしまうわ」
次の肉が焼けて、二人の小皿に取り分けると、二人とも嬉しそうな顔をした。なんだか、餌を与えているような気になるわね。
すると突然、フォークに刺した肉が、目の前に現れた。フォークを持っていたのは、カバンだ。
「ん、おまえ、全然食ってねーじゃねーか」
(何? あーん、をしろということ?)
「次のは、私も食べるわ。それに、そんなことしないでくれる?」
私が拒否すると、カバンは驚いた顔をした。カバンだけじゃない、ケトラさんもルークさんも驚いた顔をしている。
(な、何?)
「リュックくんが振られたとこ、初めて見たよー」
「ですよね。あーんしない女性は初めて見ました。みんな喜ぶのに」
カバンは、私に差し出した肉を自分の口に運んでいた。なんだか、少し落ち込んでいるようにも見える。急に無口になった。
「なぁ、ルーク、こいつは、どーすれば落とせるんだ? オレ、もう全然わからねー。ピンチを助けに行っても惚れないし、あーんしようとしても拒絶されるし」
「えっ……リュックくん……どうしたの?」
「はぁ……。ごちそうさま。オレ、カウンターに行くから。邪魔したなー」
そう言うと、カバンは小皿を持って、カウンターへと移動した。そして、マスターに飲み物を注文すると、カウンターにペチャリと突っ伏していた。
「あーあ、リュックさん、傷心だな。ローズのこと、気に入ってるみたいなのに、かわいそう」
アルフレッドが、私を責めるようなことを言うが、そんなことを言われても知らないわ。
ルークさんが何か言いたそうにしていたが、目が合うと、何でもないと言われた。
私がアマゾネスだから、何人でも付き合えると思っているのかもしれないけど、私の恋愛感覚は、美優のままだ。でも、一途じゃない。好きな人は、二人いる。
(また、二股疑惑だとか言われそうね)