94、リュックが怪我をする
猿に変わったロックワーム達がさっきまで居た場所の地面が盛り上がり、人が空洞内に放り出されていった。
猿に変わっていないゲジゲジが何体も地中からはい出し、その度に十数人の人を運んできている。空洞内に放り出された人達は、私の姿を見て悲鳴をあげていた。
猿が私に媚びるように、私の目の前にやってきてチョロチョロしている。餌をこの場所に運んできたから、褒めてくれということなのかしら。
ガァウゥ〜
私が声を発すると、また怪獣のような声になった。すると、猿はぴょんと飛び上がって逃げていった。
「ローズさん、魔力を循環させれば話せるはずですよ」
ルークさんにそう言われて、身体の中にマナが流れるイメージをした。すると、目から何か熱線のようなものが放たれた。
(えっ? ビーム……かしら)
私の視線の先の地面は、熱で焼かれたように焦げていた。誰かを見ていなくて良かったわ。
それを見て、カバンがまた大笑いしている。
「ローズ、おまえ、何やってんだよー。話すんじゃねーのか。なんで攻撃してんだよ、あははは」
私は、カバンをキッと睨んだ。だがビームは出ない。どうすればビームが出せるんだったかしら。
「ローズさん、それ、強烈だからやめてくださいね。アルさんに当たると死にますから」
(えっ!? そんなに?)
「一撃で殺すから、デスゴリラなんですよ。魔族の中では最も知能が低くて扱いが難しい種族なんです。すぐに怒るし暴れるので、魔族の中ではデスゴリラは、魔物と考えている種族もいます。一応話せるから、魔族に分類されているんですが、知能が低いため人の姿に変身できません」
ルークさんの説明で、なぜカバンが笑っているのか、わかった気がする。どの種族になるかはランダムだと言っていた。それを私は……一番、知能が低い魔族に変わったからだわ。
カバンをチラッと見ると、まだ笑っている。ほんと、失礼ね、バカじゃないの!
不思議なポーションの種族逆転というのは、人族が飲むと魔族に変わり、魔族が飲むと人族に変わるようだ。
カバンが、空瓶をすぐに回収していたのは、取り扱いに配慮が必要なのだろう。確かにこんなポーションが存在するなんてわかれば、魔族との戦乱はもっと激化しかねない。弱い人族の国は、どんな武器よりもこのポーションを欲しがるだろう。
(危険なポーションね……)
ロックワームに使うと猿に変わった。ということは、魔物に使うと動物になるのね。
「おーい、ローズ、ほえろー」
(は? なんですって?)
カバンがニヤニヤしながら、何を言っているのかしら。
「ローズさん、ロックワームが運び終えたみたいです。蹴散らしてほしいという意味だと思います」
ルークさんにそう言われて、私は声を出した。
ガゥウワァ〜!
ちょうど猿が近づいてきたときに、私が声を発したことで、また奴らは驚いて逃げた。だが、少し離れた場所で、ジッとこちらを見ている。
私は、猿の方へ近づいた。巣から空洞に運び出された人達は、私に向かって手を広げていた。何人かの手から攻撃魔法が私に向かって放たれた。
(えっ!?)
避けようとして飛び上がると、空洞の高い天井付近まで跳躍した。そして、地面に降り立つと、ものすごい地響きがした。
ガァー!
地面の揺れで、捕まっていた人達は倒れた。猿がまだ居たので、私は猿を蹴散らした。奴らは何かを察知したのか、サッとどこかへ走り去った。ゲジゲジも、地面や壁の中に逃げていった。
「あははは、ローズ最高! めちゃくちゃカッコいいじゃねーか」
カバンが、ゲラゲラ笑いながら近づいてきてきた。私はキッと睨むと、目から熱線が出た。
(あっ!)
私の目から出たビームが、カバンの左頬をかすった。彼のほおに血がにじんだ。
(マズイわ)
私が焦っていると、カバンは、ほおの血をぬぐい、ニヤッと笑った。
捕まっていた人達は、倒れたまま、ジッとこちらの様子を見ている。私に向けられる目は、恐怖と憎悪だ。戦場で敵に向けられる目と同じね。
「ローズ、飲めるか」
そう言ってカバンは、私に小瓶を放り投げた。受け取ってはみたものの、今の私は、人の倍以上あるゴリラだ。こんな小さな小瓶の蓋を開けることなどできない。
私が蓋を開けようと四苦八苦していると、カバンはまたゲラゲラと笑っていた。開けられないとわかっていて、わざと渡したのかしら。
突然、少し離れた空間に歪みが起こった。これは、転移の歪みだわ。
転移渦から、黄色っぽい制服を着た兵達が現れた。この制服は、女神様の城の軍隊だわ。白地に黄色いストライプが入ったアイドルのようなデザインは、遠くにいても目立つ。わざと目立たせて抑止力にしているのだと聞いたことがある。
彼らは私を見て、一斉に剣を抜いた。
(ま、マズイわ)
「ローズ、さっさとクリアポーションを飲まねーから剣を抜かれるんだぜ。あははは」
ガゥウー
「えっ? デスゴリラにクリアポーション? ライトさんの変身ポーションを使っているんっすか」
城兵の一人が、私に向かって問いかけた。
私はウンウンと思いっきり頷いた。そして、手に持っているクリアポーションを見せた。
「デスゴリラは、子供ならまだしも、大人では小瓶は開けられないっすよ。不器用なんすよ」
その城兵は、私の手から小瓶を取ると、蓋を開けてくれた。私は二本の指でそっと受け取り、中身を一気に飲み干した。
(この兵は、紳士ね)
ポーションが身体を駆け巡り、私は元の姿に戻った。
「ありがとう、助かったわ」
「わっ、もしかして、ローズさんって、アマゾネスっすか」
「ええ、そうよ」
「へぇ、貴女みたいな人だとは……いてっ!」
兵は、カバンに殴られていた。何なの?
「ジャック、何、口説いてんだよ。自分の仕事しろよ」
「ちょっと、リュックくん、いきなり何するんすか。あれ? 怪我したんすか? まさかロックワームで?」
「あんな虫に怪我させられるわけねーだろーが。これをやったのはローズだよ。至近距離から熱線を出してきたんだぜ? ひどいだろ、痛いぜ、ほんと」
「熱線を出されるようなことをしてるからっすよ。瓶の蓋を開けずに渡して、からかってたんじゃないっすか」
「なっ!? からかってねーよ。笑いが止まらなかっただけだぜ」
ジャックと呼ばれた兵は、呆れた顔をしていた。そして、私に向き直った。
「ローズさん、魔人がこんなイタズラをするのは珍しいんす。リュックくんは、ティアちゃんに似たところがあって……悪気は全くないと思うっす」
「そ、そう」
(なぜ、そんな風に擁護するのかしら)
「ジャックは、さっさと仕事しろよー」
「救出してくれたんすね。あれで全員っすか?」
「あぁ、ローズがビビらせて救出したんだぜ、うぷぷ。それから、2匹は星に帰したが、1匹はハロイ島に入ったみてーだぜ。湖上の街にはまだ入ってねーけどな」
「了解っす。あとは、こっちで片付けるっす」
彼は兵に指示を出し始めた。城兵の指揮官なのかしら。捕らわれていた人達を次々と回復し、そして順に空洞内からどこかへ移動させていた。
「じゃあ、俺達も戻ろうぜ。ギルドに一応、状況報告しに行かなきゃな。リュックさんもご一緒してもらえませんか」
「いや、オレは、ちょっと忙しーんだよ。ってかギルドは行きたくねーから」
「わかりました。助けに来てくれてありがとうございました。じゃあ、俺達はこれで」
シャインくんが、手を上げて、天使ちゃん達を呼んだ。
天使ちゃんの数体が、カバンにキラキラした息を吹きかけたが、彼はとっさにバリアを張って、それを防いだ。
「ん? リュックくんのほおの怪我を治そうとしたんだよ?」
「余計なことするんじゃねーぞ。どーせ、放っておいても、すぐに治っちまうじゃねーか」
シャインくんは首を傾げている。治癒の息を吐いた天使ちゃん達も不思議そうな顔をしている。
「リュックくん、その怪我が嬉しいの?」
ルークさんが、妙なことを言った。すると、カバンはニヤッと笑った。そして、その場からスッと消えた。
(な、何? 気持ち悪いわね)