93、不思議なポーション
突然、目の前に現れたリュックが、バリアを消したことで、私達は人気投票の話から、現実に引き戻された。
「ちょっと、巨大なゲジゲジがすぐ近くに大量にいるのに、なぜバリアを消すのよ」
私は、思わず、カバンに文句を言った。目の前に現れたときに、妙にドキッとしてしまったことを隠すかのように、私の口は勝手に動いていた。
「んあ? もうバリアは、いらねーだろ」
「リュックくん、神々がいなくなったけど、捕らえられている人は解放されたの?」
「シャイン、それはまだだ」
「どこにいるかは聞いたの?」
「いや、赤い髪の奴は、知らなかったみてーだ。星を失って序列が低いからって言ってたぜ」
すると、シャインくんは黙った。目を閉じて何かを始めたみたいね。念話かしら?
「リュックさん、助けに来てくれてありがとう。でもなぜ、俺達がここにいるってわかったんですか? ローズが、誰かを探しに来たみたいだと言ったけど」
アルフレッドの言葉で、カバンは私の方をチラッと見た。そして、小さくため息をついた。
(な、なによ?)
「あー、まー、おまえらがハデナで突然消えたからな。何かあったのかと思ったんだ。ハデナ付近で行方不明になる奴が多いらしーから」
「心配してくれたんだ、ありがとう。さすが、リュックさんだな。ローズちゃんもお礼言った?」
なんだかアルフレッドだけじゃなく、バートンまでが、カバンを褒め称えている。
でも確かに、私は彼に、助けに来てくれた礼を言っていないわ。
「助かったわ」
そう言うと、カバンはニヤッと笑った。私が無理矢理、礼を言わされたのが面白いのかしら。やっぱり、失礼な男ね。
「リュックくん、見つからないよ」
シャインくんが半泣きの顔で、カバンを見上げていた。
「ん? 捕らえられた住人を探してたのか? 腐っても神だぜ。サーチにかかるわけねーだろ。ここの精霊にも見つけられねーんだからな」
「う、うん……」
そう言うと、カバンは、シャインくんの頭をポンポンと叩いていた。モコモコの帽子から、ポロポロと小瓶が落ちたのを掴んでいた。
「ちょ、リュックくん! 僕のだよ」
「あー、アレ、持ってねーかと思って」
「アレって何?」
「ティアが気に入ってる化けるやつ」
「リュックくんが作ってるのに、僕から取らなくてもいいじゃない」
「オレは、量販してる3種しか自由にならねーんだよ。呪い系は、ライトの許可がいるんだけど、ま、いっか。シャインの許可で」
「ん? 何に使うの?」
「虫にぶっかければ、巣の場所がわかるだろー。使うぞ」
シャインくんは首を傾げていた。私もカバンが何を言っているのか、全くわからなかった。虫の巣を探してどうするのかしら。巣の場所がわかるポーションなんてあるの?
「よくわかんないけど、悪用しないならいいと思うよ」
(カバンは、悪用した前科があるのね)
「じゃあ、ぶちまけるかー」
カバンは、小瓶をどっさり出した。いつものポーションの瓶ではなく、透明な瓶に白い液体が入っている。
ふわっと空中に放り投げると、小瓶の蓋が開き、中身が飛び出した。だが、地面に落ちたのは瓶だけで、中身は空中に浮いている。
白い水の球が浮かんでいるような不思議な感じだった。そしてオレンジの香りとレモンの香りがする。
地面に転がった瓶を拾って、ラベルの説明書を読んだ。味のことは書いていない。だが、その効果に私は驚いた。でも、なぜこれで巣の場所がわかるのかしら。
これは、あまりにも高価なポーションなはずだ。体力も魔力も1万ずつ回復するなんて、私が使えば全回復できる。こんなポーション、見たことも聞いたこともない。
それに、種族逆転という呪いが付与される? 意味がわからないわ。
私だけでなく、バートンやアルフレッドもラベルの説明書を読んでいた。二人とも驚いた顔をして固まっている。
「あー、瓶は回収するからなー」
カバンが手を動かすと、私達が手に持っていた瓶が消えた。
「ちょっと、種族逆転ってどういう呪いなの? 意味がわからないわ」
私がそう言うと、カバンはニヤッと笑った。すると、空中に浮いていた白い水の球が、私の方に移動してきた。
「ちゃぽんと、手をつけてみればわかるぜ。何になるかはランダムだからなー」
「手をつけるとどうなるのよ」
「このポーションは飲まねーでも、身体にかかれば必要量が吸収されるんだ。ローズなら、体力魔力は全回復するぜ」
「別に減ってないわよ」
「まぁ、呪いが怖いなら、やめとく方がいーぜ」
(なんですって!?)
効果は丸一日だと説明書には書いてあった。明日の今頃には、元に戻るのよね。
私は、カバンをキッと睨んで、水の球に右手を突っ込んだ。ちゃぽんと音がした。すると右手から身体を一気に何かが駆け巡った。
(えっ!?)
私の目線がどんどん高くなっていった。身体が……変身した。これは何? 手足がけむくじゃらだわ。
ガウア〜!
(へっ? いまの、私の声?)
カバンを見下ろすと、ニマニマと笑っていた。
そして私に背を向け、水の球を、ロックワームが集まる場所へふわふわと移動させた。水の球は、虫の真上に移動すると、雨のように降り注いだ。いや、一体ずつに狙って当てているようだ。
虫に囲まれていたケトラさんやルークさんにも、当たったようだ。
「ちょっと、リュックくん、何やってるのよー」
呪いのポーションを浴びても、ケトラさんやルークさんの姿は変わりがない。そして、ロックワームは……猿のような動物に変わっていた。
猿のような動物に変身したロックワーム達は、キィキィと鳴き叫んでいる。
『おまえ達、言葉は理解できるな』
頭の中に直接響く声が聞こえた。カバンね……。
ロックワーム達は、シーンと静かになった。言葉が理解できるのね。
『おまえ達を操っていた男達は、ここから出て行ったぞ。食ってはいけない餌の番をさせられていただろ?』
キィキィ
ロックワーム達は、頭をコクコクと振っている。
『あれはな、コイツの餌だ。おまえ達の巣から全部出す方がいいぞ。コイツが乗り込んでいったら巣は破壊される。おまえ達を操っていた男達は、巻き添えになるのを怖れて、ここから去ったんだ』
(ちょっと、それって私のこと?)
ガァウゥワ〜!!
(あ! また変な声が……)
私がカバンに近づくと、カバンはニヤッと笑って逃げていった。
ガァー!
すると、猿のような姿をしたロックワーム達が慌てて、地面に潜ろうとした。だが、それができないとわかると、どこかへ走り去っていった。
「あははは、ローズ、最高だぜ。デスゴリラなんかになってんじゃねーよ。あはははっ」
カバンは、大笑いしている。私がキッと睨むと、より一層、爆笑していた。
「ローズさん、その姿で睨まれると……僕、こわいです。クリアポーションですぐに呪いは消せますから」
「シャイン、まだダメだ。猿が巣から、探し物を持ってきてからだぜ。おまえらも、デスゴリラを怖がってるフリしろよー」
私から少し離れた場所で、ルークさんとケトラさんも合流した。
「ちょっと、リュックくん、何やってるのよー! デスゴリラは、ローズさんね。女の子になんてことしてんの」
「あははは、だってローズが、変身ポーションに興味津々だったから、仕方ねーじゃねーか。だいたい、何に化けるかは、誰にもわからねーし」
「あたし達にまで当てなくてもいいじゃないの」
「回復が必要だろーが。見た目は変わってねーじゃねーか」
「あたしは、虎になってるわよ。耳が全然違うでしょ。ルークさんは、ただの人族になるだけだから変わってないけど」
「俺は、いろいろな能力が消えてますよ。リュックくんって、こういうとこ、ティアちゃんにそっくりだよね」
ケトラさんに叱られ、ルークさんに呆れられても、カバンの笑いはまだ止まらないようだった。
彼は、二人にクリアポーションを渡しながらも、私をチラ見しては大笑いしている。
(ほんと、失礼な男ね!)




