90、三人の邪神の目的
「さぁ、ハデナの暴れん坊さん、私の下僕になりますよね? アナタ達に選択肢はありませんよ」
金髪の男が、ニヤニヤと笑みを浮かべて、ケトラに詰め寄った。彼女は、男から距離をとりつつ、こちらをチラチラと見ている。
「ケトラちゃん、下がって!」
突然、ルークが叫んだ。彼女はその場から後ろへ飛んだ。その直後、彼女がいた地面から、巨大なゲジゲジが飛び出してきた。
さっきまで討伐していた虫とは明らかに違う大きさに、私は、血の気が引いた。
(早く精霊ハデナ様に知らせなければ……)
巨大すぎるロックワームは、様子がおかしかった。まるで何かに操られているかのように、ルークさんが牽制しても無視してケトラさんだけを狙っていた。
「ケトラちゃん!」
「ルークさん、倒しちゃダメだよ。これは長じゃないよ。コイツは誰が侵入者かを探っているんだからねー」
ケトラさんは、ゲジゲジの攻撃を避けながら、あちこちに移動していた。まるで私達から遠ざけようとしているかのようだ。
「ローズ、どうする? 精霊はどこにいるんだ? でもここで爆発はマズくないか?」
「じゃあ、何かの振動で気づいてもらえないかしら。防音結界じゃないわよね?」
「あー、音は、無理だな。振動はいけるか?」
アルフレッドと、精霊ハデナ様へ知らせる方法を考えていると、浮かんでいた老人がスーっと降りてきた。
パリン!
老人は、持っていた杖で、私達を覆っていたバリアを簡単に砕いた。すると、シャインくんは、私達一人一人に、個別にバリアを張ってくれた。
「ふっ、無駄なことだ、幼な子よ。おまえは、ワシに仕えぬか」
「い、嫌ですっ!」
シャインくんは、私の手を握った。その小さな手は震えていた。
ルークさんを探すと、彼も巨大なゲジゲジに襲われていた。魔人レイの姿は見えない。いや、赤い髪の男と何かを話している。
「ほう、その娘が保育しておるのか? ならば、おまえも生かしておいてやろう。他の二人はいらんな」
アルフレッドとバートンは、動かない。いや、動けないようだ。口はパクパク動いているが、声になっていない。
「ご老人、一体どういうことですの? 私達がなぜこのような目に遭わされなければならないのかしら」
「ふっふっふ、気の強い娘だな。人族のくせに」
「神様が、なぜ、民を虫ケラのように扱うの?」
「世間知らずなようだな。弱肉強食の世界だ。この星で暮らしやすくするには下僕が必要だ。まだ、我々は百人程度しか集めておらぬ」
「まさか、この場所で誘拐しているの!?」
「誘拐だと? 勧誘の間違いだ。まぁ、おまえ達に選択肢はないがな」
「ふざけないで! 神であろうと、そんな理不尽なこと、許されるわけはないわ。それに、私のような人族ならまだしも、この地を守る精霊の守護獣を狙うなんて、おかしいわ!」
私は思わず、怒鳴った。彼は眉間にシワを寄せ、ふんと軽く杖を振った。
杖から放たれた鋭い風の刃が、私に向かってきた。剣で防ごうとしたが、その勢いを減殺できず、私は吹き飛ばされた。
(い、痛っ!)
手を繋いでいたシャインくんも、一緒に吹き飛ばされた。シャインくんは地面に転がり、私はさらに奥の壁に激突した。
一瞬息が止まりそうになったが、シャインくんが張ってくれていたバリアのおかげで、助かった。バリアがなければ、私は壁に叩きつけられた衝撃で命を落としていたかもしれない。
だが、背中を強打し、動けない。
(クッ、まずいわ)
「おや、軽く杖を振っただけなんですけどね〜。人族はやはりいらないか。ふっふっふ」
老人は、楽しそうにこちらへ近寄ってきた。そして、私に杖を向けた。
(殺される……)
だが、次の瞬間、老人は、眉間にシワを寄せた。
『バカな邪神が三匹か』
頭の中に直接声が聞こえた。
(えっ? 何?)
すると、私の目の前にいた老人が、左へ吹き飛んだ。移動したわけではない。何かによって、吹き飛ばされたようだ。
目の前に音もなく、銀髪の男が現れた。
(えっ? なぜ?)
そして彼は、私に小瓶の蓋を開けて渡した。
「ローズ、飲めるか?」
「ええ……い、いえ」
私は手を動かそうとしたが、動けなかった。すると、彼は、私の口に小瓶をあてて、飲ませてくれた。身体の中を駆け巡るポーションで、一気に傷が治っていった。パナシェ味だから、クリアポーションだわ。
「どうして、あなたが……」
「ローズの居場所が感知できねーよーになったからな。何かあったと思って探したんだよ」
「えっ?」
「なぁ、オレのこと見直しただろ?」
「は? 感知って……いつも私の居場所を知ってたの?」
「まー、だいたいはな。惚れたか?」
「それって、ストーカーじゃない」
「なっ!? なんでそーなるんだよ。ふつー、いつも見守っていてくれて素敵! ポッ、ってなるシーンだろーが」
「バカじゃないの? それはドラマの世界でしょ」
「ドラマってなんだよ。あ、テレビか?」
「ちょっと、なんでアンタがテレビのことを知ってるのよ」
「ふっ、スゲーだろ。惚れたか?」
「バカじゃないの!」
バリバリバリッ!
カバンと言い合いをしていると、突然視界に稲妻が走った。その瞬間、私はカバンに抱きかかえられて、シャインくんが転がっている場所に移動していた。
私がいた場所は、雷撃で黒く焦げていた。
(うわっ)
私は悪い汗が出てきた。絶対、無理だ。こんな怖ろしい老人が神だなんて。
「リュックくん、どうしてここに?」
「シャイン、話は後だ。怪我は?」
「治癒したから大丈夫。あ、ローズさんが……あれ? 怪我していないですか」
「ポーションを飲ませてもらったわ」
「あー、そっか。リュックくんは、治癒魔法はほとんど使えないけど、ポーションがあるから」
「シャイン、オレがバリアを張る。他の連中もバリアを張るから全部の維持はできるな?」
「距離が近ければ。でも、あの爺さんはバリアを砕くから……」
「アイツは先に潰すから気にしなくていい。ローズ、シャインのそばを離れるんじゃねーぞ」
「わかったわ」
カバンは、私達にバリアを張った。ん? バリアかしら? なんだか、プヨプヨしている。
「ローズさん、このバリアは、他のバリアとくっついて一つのバリアになることができるんです。父さんがわらび餅バリアって名付けたものなんです」
「へえ、美味しそうな名前ね」
「バートンさんとアルさんに合流します。離れていると維持がツライので」
「わかったわ。どうやって移動するの?」
「ん? バリアを持って移動します。ローズさんはバリアから出ないように気をつけてください。これは、出ると入れないです」
「わ、わかったわ」
シャインくんは、左手で私と手を繋ぎ、右手でバリアを内側から押して、地面をズルズルひきずりながら移動させていった。
バートンとアルフレッドは、それそれ別の場所でプヨプヨのバリアに包まれていた。
そして、無事に合流し、シャインくんはバリアの中で二人の傷の治療を始めた。
リュックは、彼らの元を離れ、魔導系の神の目の前に移動していた。
「なんだ? おまえ、どこからわいてきた?」
「それはこっちのセリフだ。アイツに大怪我させやがって……許さねーぞ」
「は? 虫ケラの仲間か? 魔道具か何かで細工してもワシの目は誤魔化せぬぞ。魔族だな? おまえもワシの下僕になりたいのか?」
「何の細工もしてねーよ。一度だけ尋ねる。捕らえた者達を解放し、二度と誘拐はしねーと誓うか?」
「何を寝ぼけたことを言っておる。おまえはワシのことを知らぬのだな?」
「おまえが誰だろーが、どーでもいいんだよ。いきなり殺すなと言われてるんだ。改心する気がなければ、邪神は殺してもいいことになってる。どーせ、殺してもすぐに復活するからな」
「ワシを殺すだと? おまえ、頭がおかしいのか?」
「返事は? 心を入れ替える気があるなら、いますぐ、この迷宮から出ろ」
「ふざけやがって」
魔導系の青の神は、彼に杖を向けた。だが、その杖から魔法が放たれることはなかった。
カハッ
彼に斬られた青の神は、光の粒子になって消えていった。
「あと、二匹だな」




