9、突然の命令
「あの呪いのことなんだけど…」
「あー、内緒話なら、ローズ様の部屋に行きましょう」
ミューは、自分の口に人差し指をあて、シーッという仕草をした。
やはり、私の呪いの封印のことは秘密になっているようだ。深夜で兵が少ないとはいえ、不用意に立ち話をするような軽いことではないんだ。
私は、ミューにもらったブレスレットの空箱を、アイテムボックスの中に入れた。なんとなく、取っておきたいと思ったのだ。
アイテムボックスは、その名前のとおり、いろいろなものを入れることができる保存箱だ。異空間と繋がる魔道具だから、ブレスレット分以上の重さは感じない。
取り出すときには、アイテムボックスの開閉口を開けて取り出したい品をイメージすれば、スッと取り出すことができる。
「んん? ローズ様、なぜ箱をボックスに入れてるんですかー? おやじギャグですか」
「は? ミュー、何を言ってるの?」
「ボックスをボックスに入れて……箱を箱に……うーん、これは苦しい、出来が悪すぎた〜」
「全く意味がわからないんだけどー」
「スルッとスルーしてください…。んん? 今のは、なかなかですよねー!」
(はぁ、ミューは何を言ってるのかしら?)
「さぁ? どうかしら。ただ、箱も記念にとっておきたいと思っただけよ」
「うわぉ、そうなんですかー」
そう言うと、ミューは頭をポリポリとかいている。口元はわずかに緩んでいるようだ。
(ガラにもなく照れた?)
前方から妹の父親が小走りで近づいてくるのが見えた。そう、私の武術学校の先輩であり、私が好きな……クッキーを作る人だ。
ドクン!
はぁ……ほんと、もういい加減にして欲しい。私の心臓は、なぜいちいち反応するんだろう。
「ローズ様、探しました。あ、ミュー殿とご一緒だったのですね。では、お話は聞かれましたか?」
「ん? 何の話かしら?」
「アル、まだ言ってないよ〜。これからローズ様の部屋で話そうと思ってたけどー」
「そうでしたか。ローズ様、女王陛下がお呼びです。ミュー殿もご一緒していただきたいのですが」
「わかったわ」
「えっ? ミューは、さっき話したよ?」
「はい、ですが、ローズ様だけですと、またケンカになってしまうかもしれませんし…」
「でも、真夜中よ? 女王陛下は何を考えているのかしら」
「ですよねー、夜は眠らないとお肌に悪いと思うよーっ」
ミューは、味方をしてくれているのだろうか。いや、こんな真夜中に、城に呼び出された不満なのかもしれない。解釈の難しい発言ね…。
私達に反論されて、彼はどうしようかと思案顔だった。私は、先輩を困らせているのかもしれない。
(はぁ…)
男の顔色を気にするようになったら、誇り高きアマゾネス失格だわ。私は本当にどうしてしまったんだろう。
バタバタバタ
そこに、何人かの男達が小走りにやってきた。みんな母の下僕ばかりだ。そんなに大勢で私を探していたということ?
「あー! ローズ様、よかった、見つかって」
「こんな真夜中に、何の騒ぎ?」
「女王陛下から、朝までに出立の準備をするようにとのご命令です」
「出立って何?」
「えっ? まだ話を聞いておられませんでしたか」
「聞いてないわよ」
「ここではなんですから、女王陛下の執務室へご一緒くださいませんか」
「ミュー、どういうこと?」
「えっ? えーっと……ミューは、いつも魔法袋に全財産をいれてるから大丈夫なのです」
「魔法袋ってどういうこと?」
「んん? これですよ。腰にさげて使う、何でも入る異次元と繋がってる袋ですよ〜。ローズ様のブレスレット式のアイテムボックスと違って、巾着袋なんですよ」
「そんなことは知ってるわよ。なぜ魔法袋なんてものをミューが持ってるの? 軍隊の武器格納袋でしょ?」
「あー、そっちですかー。買ったんです〜」
「えっ? なぜ魔法袋なんて高価なものを買うお金があるの?」
「えーっと……秘密ですよーっ」
「ミュー!」
「別に悪いことなんてしてませんからねー」
ペロっと舌を出し、涼しい顔をしている。ほんとに、彼女は、わざと私を怒らせようとしているわね。
さらに、人が集まってきた。はぁ、もう仕方ないか。
「ミュー、先に女王陛下のところへ行くわ」
「じゃあ、ミューもいきますよーっ」
私達が女王陛下の元へ向かうと、母の下僕達はその後をついてきた。
コンコン
「女王陛下、ローズ様がいらっしゃいました」
「やっと見つかったのね、ほんとに…」
母は、私の顔を見るなり大きなため息をついた。私が外出用の厚手のコートを着ていたためかもしれない。
「ミューの家に行っただけよ」
「どうして誰にも声を掛けないの? ミューはずっと城に居たわよ」
「そうだとわかっていれば、寒い時間に外になんて出なかったわよ」
「はぁ、ほんとに貴女って人は…」
母の執務室には、内政を担当する人達がたくさんいた。こんな真夜中まで働かされて気の毒ね。
「それで、一体何の話? 私の島流しの件かしら」
「はぁ……ハロイ島への留学の件よ。明日までに入学手続きをすれば、明後日から入学できるわ。これを逃すと入学は半年先になるわ」
「あら、そんなに急いで私を遠ざけたいのね」
「ローズ!」
「いいわよ、すぐにでも出て行ってあげるわ。お婆様のワープワームを呼んでちょうだい」
「はぁ、準備があるでしょう? 身ひとつで行くつもりなの?」
(まぁ、そりゃそうね…)
私がぶすっとした顔をすると、母はため息をつきながら、話を続けた。
「貴女の監視役兼案内役として、ミューに同行を頼んだわ。ミューは、あの街との外交を担当しているから、案内役としては適任ですからね」
「えっ? ミューも行くの?」
「ローズが伴侶を選ばないんだから、仕方ないじゃない。もちろん、ミューは必要なときには、こちらに戻ってもらいますから」
私は、ミューを見た。相変わらず涼しい顔をしている。ほんとに動じないのね。
「下手な伴侶じゃなく、ミューでよかったわ。妖精の血が混ざっているから、ローズの異変には敏感なはずよ」
「妖精は、呪いに耐性がないんじゃないの? ミューが私の巻き添えになってもいいってこと?」
「神族の街にいれば、そんなことにはならないわ。あの街は、特殊なのよ。街の災いになることが起これば、必ず即座に対応されるわ」
「即座に、私が殺されるということね」
「ローズ様、あの街の長は、蘇生が得意なんですよ。すんごい白魔導士です。だから病人も呪われた者も、普通に安心して暮らしているんです」
「そう…。街を害する者は、殺して生き返らせることで、おとなしくさせるのね。まるで、厄介者のゴミ捨て場のような街なのね」
ミューが私を安心させようと、言ってくれたのだとわかっているが、今の私の口からは嫌な言葉しか出てこない。
「ローズ、貴女ね…」
「もう、わかったわよ! 明日朝に出て行けばいいのでしょ。荷物をまとめて寝るわ。おやすみなさい」
「ちょっとまだ話は…」
母が何かを言っていたが、私はこれ以上この場にいられなかった。母は、すべてを持っている。私は羨ましかったのかもしれない。
私はもう……母の側にいる先輩の姿を見るのが辛かった…。
私は自室に戻って、荷作りを始めた。ミューがやってきたが、遅いからもう休むようにと、追い返した。
いろいろと持っていこうと考えたが、やめた。ちょっとしたものも、先輩の顔が浮かぶ。そういえば、新しい服を買うと必ず褒めてくれたっけ…。
私は、最低限の着替えだけをカバンに詰めた。そして、財布の中身をテーブルに置いて、自分が兵として稼いだお金だけを持った。銀貨が50枚ほどある。
(この部屋で眠るのは今夜が最後になるかもね)
私はベッドに入り目を閉じた。
今夜は何も夢を見なかった。
そして、出発の朝を迎えた。




