89、神々の罠
地下迷宮の広い空洞内の火は弱まってきた。私達が倒した大量のロックワームの死骸を、天使ちゃん達に火を吐かせて燃やしていたのだ。
私達はみんな浮遊している。私とアルフレッドは、ワープワームが作ったクッションに乗って浮かんでいた。
魔法のエネルギーとなるマナを食べるというロックワームが燃え尽きると、空洞内にふわっと何かが広がるような感じがした。
ケトラさんに促されてシャインくんが、手を広げた。
すると、燃えていた地面に一気に氷が張った。その氷は地面の熱によってジワジワと溶かされ、その溶けた水は地面に染み込んでいった。
「じゃあ、みんな地面に降りても大丈夫だよー。シャインが、冷やしたから熱くないよー」
ケトラさんがそう言うと、ルークさんがスッと地面に降りた。そして大きく深呼吸をしている。
私も、気づいたら地面に立っていた。ほんと、天使ちゃん達の移動速度は凄すぎるわ。
地面に立って、ルークさんが何をしているのがわかった。マナを吸っているんだ。地面からは何かが湧き出ているように感じる。
私の身体の中にも入ってくる心地よいエネルギーで、私の身体のダルさが少し改善されてきたような気がする。
「シャイン、冷やしただけじゃなくて、浄化したんだな。とても純度の高いマナが湧き上がってるよ」
「はい、ルーク様、精霊イーシア様の水を借りました」
「やっぱ、シャインはすごい守護獣だよ。俺の配下決定だからな」
「あぅ、僕は、そんな、無理です……」
ルークさんが優しい目でシャインくんを見ている。ふふっ、シャインくんが自分に自信が持てるようになったら、配下になるのかしら?
そういえば、マリーはルークさんが次期大魔王になると予想していたわね。
ルークさんが地底を統べる王になるかもしれないと考えると、やはりその配下の重責は想像もできないくらい重いのだろう。無理だというシャインくんの気持ちが、少しわかる気がするわ。
「みんな、ありがとう。かなりの数を減らして、この空洞にマナが戻ったから、ロックワーム達は、マナを求めて迷宮の外に出ようとはしなくなるよ」
「ケトラちゃん、たぶん逆に、迷宮内のロックワームは、この空洞に集まってきますね」
「うん、そうだね。数が増えたら、また減らす手伝いを頼めるかな?」
そう言われて、ルークさんはシャインくんを見て微笑んでいた。シャインくんは、ルークさんに見られて落ち着かないようだ。
「また、シャインが手伝ってくれるなら、来ますよ。シャインの成長がよくわかるから、こういうの楽しいです」
「うんうん、じゃあ、年に一度はお願いするねー」
私は少し意外な気がした。ロックワームをすべて一掃する方がいいのではないかしら。
「あ、ローズさん、それはダメです。ロックワームも増えすぎると害になるけど、この星に生息する虫ですから」
「ルークさん、外来種なのに?」
「女神様は、来るものは拒まず精神なんですよ。だから可能な限り、共存を目指すんです。それに一掃しようとすると、この辺の地形が変わってしまいますから」
「どういうこと?」
「地下迷宮の岩石の中に大量にいますし、巣を破壊しようとすると、虫の長が出てくるでしょうから」
「巣の中にいる長は、そんなに凶暴なの?」
「はい、身の危険を感じると、バーサク状態に……発狂しますから、すべてのものを巻き込んで破壊します。基本的に臆病な虫なんです。だからいつもは岩石の中に隠れています」
「へぇ、じゃあ、巣は下手に刺激しない方がいいのね」
「うんうん、ローズさんも理解できたことだから、そろそろ戻りますよー」
ケトラさんがそう言うと、天使ちゃん達が足元に現れた。だが、その次の瞬間、パッと消えた。
(あれ? クッションにならないの?)
その異変に、ケトラさんもすぐに気づいたようだ。
「なぜ? 巣には何もしていないのに」
ケトラさんは、魔人レイを見たが、彼もわかりませんというポーズをしている。
「ケトラちゃん、いま外から何か来ました。僕がこの空洞の外に張っていたバリアが壊されたから、たぶん……」
「シャイン、帽子脱いで!」
「僕、自分では帽子脱げないです」
「そ、そうだった。あたしにも外せないし。はぁ、魔人レイ、あんた戦えるよね? シャインは、ローズちゃんとアルフレッドを守って」
「はい」
「ん? ケトラさん、私も戦えるわ」
「ローズちゃん、人族には無理な相手なの。隙をついて、天使ちゃん達を使うから」
「えっ?」
「いま、この空洞内は、完全に移動結界が張られたの。ワープワームの力でも、ワープできない」
(な、何? 逃がさないということ?)
私の近くに、シャインくんがアルフレッドを連れてきた。バートンも、こちらへと近寄ってきた。
「俺も、これは無理だぞ。魔人レイは当てにならないから、ケトラちゃんとルークに任せるしかないぞ」
「バートン、虫の長ってそんなに?」
「ローズちゃん、ゲジゲジだけなら大丈夫なんだ。いま来た奴は、無理だから、二人の足手まといにならないようにしなきゃ」
「バートン、何が来たんだよ?」
「邪神が三人来たぞ」
「えっ? そんなに?」
「武闘系の赤の神が二人、魔導系の青の神が一人。魔導系が結界を張ったんだぞ。話し合って、わかってもらうしかない」
(えっ……そんな)
私達を、シャインくんがバリアで覆った。バリアの外には、ケトラさんとルークさん、そして魔人レイがいる。
「おやおや、魔人がいるとは。ふっふっふ」
さっき、神は三人だと言っていたのに、私達の前に現れたのは、金髪の男ひとりだった。
「ちょっと、なぜあたし達を閉じ込めたの!? いま、帰るところだったのに」
「ええ、帰るタイミングを見計らったんですよ。我々も数が増えすぎて困っていましたからね」
「じゃあ、感謝してよね。この空洞に張った結界を解きなさいよ」
「あー、それは出来ませんね。せっかくわざわざ用意したんですよ。キミ達を下僕にしたいなと思いましてね」
「何を言ってるのよ。あたしは精霊ハデナ様に仕えているの」
「ここは、アナタ達のような者を捕獲するために、特別に作ったんですよ。ハデナの暴れん坊ね。そこの幼な子も守護獣か。あとは、獣人と、悪魔かな。人族のふたりはいらないな。その魔人はイマイチですね」
「神のくせに意味不明ね。さっさと解放しなさいよ。ハデナ様が怒るわよ」
「ふん、精霊ごときが騒いでも、痛くもかゆくもないわ。飼い狼が捕まっても気づかないボンクラじゃねぇか」
今度は、赤い髪の神々しい男が現れた。見るからに武闘系ね。金髪の男はどちらかしら。
赤い髪の男が現れると、シャインくんが緊張したのがわかった。きっと強いのね。
「もう一人います。上に」
シャインくんにそう囁かれて、上を見上げて驚いた。杖を持った老人が私達の真上に浮かんでいた。魔導ローブを着ている。
「魔導系の神?」
「はい、僕のバリアは、役に立たないみたいです。ごめんなさい」
「それで緊張した顔をしていたのね。でも、神なら、きちんと話せば解放してくれるんじゃないかしら」
「ローズちゃん、俺もそう思いたいけど、アイツらから見れば、俺達は、さっきのゲジゲジと同じだぞ。下僕にならなければ、ザコは始末される」
「どうして?」
「俺達を生かして返せば、どうなると思う? ローズが女王なら、自分の国でこんな拘束事件があったらどうする?」
「アルフレッド、当然、対応するわ……。逃がさない気ね。でも、念話ができるシャインくん達なら……」
「移動結界は、当然、通信結界でもあるんだ。誰も、こんな状態になっているなんて、気づかない」
「じゃあ、気づかせなきゃ! 爆発音とか」
「そうだ、精霊ハデナが気づけば、なんとか連絡が取れるはずだよな?」
シャインくんはオロオロしていた。でも、バートンは頷いている。そして、こちらを見たルークさんも頷いた。
(まさか、防音結界になってないわよね)