85、久しぶりの学園
「あ! そろそろ次のミッションの時間だわぁ。どのパパでもいいけど……。うーん、でも、やっぱり……うふふっ、ローズ、またねぇ〜」
「ちょっと、マリー!」
マリーは、きゃははと楽しそうに笑いながら、手を振り、その場からスッと消えた。
(ワープするなんて……)
それほど時間がギリギリだったのかもしれない。私は、ため息をつき、マリーの分のトレイも片付けた。世話のかかる妹ね。
私は、寮を出て、学園へ向かった。もう、朝の授業は始まっている時間だった。
授業を受ける気分ではなかった。ただ、鈍った身体をなんとかしたかった。
ホールに行くと、いくつかの授業をやっていた。私は、模擬剣をつかみ、ホールの端で、自主練を始めた。
(身体がダルいけど、動きは悪くないわ)
しばらく自主練をしていると、授業中のクラスの教師から、声をかけられた。赤髪の可愛らしい女の子が教師をしているようだ。
「ねぇ、貴女、剣の訓練なら一緒にやらない?」
「いえ、私は体調を崩しているので迷惑をかけるわ」
「そうは見えないよ? 女性のみのフリークラスだから、評価クラスは関係なく参加できるよ」
そう言われて、そのクラスを見ると、確かに初心者が多いが、強そうな人もいる。女性のみなら、気分的にも楽かもしれない。
「貴女、かなりできるでしょ? 指導側の人が足りないの」
「そういうことなら、お手伝いするわ」
「よかったぁ。あはっ、よろしくねぇ」
(とても人懐っこい笑顔ね)
彼女には、媚びた感じはないが、自然な愛くるしさがある。でも、どこかで会ったことがあるような気がする。直接話したことはないと思うけど、どこで会ったのかしら?
そして、私はフリークラスの剣術の授業に飛び入り参加をすることになった。
教師の指導に従って、剣を構えたり、素振りをしたりしているだけだが、初心者にはそれがなかなかできないようだ。
私は、教師に巡回を頼まれた。ゆっくり見て回っていると、教えて〜! とちょくちょく呼び止められる。
諦めておしゃべりばかりのグループもある。かなり自由な雰囲気だった。アマゾネスでは考えられないほど、ゆるい。でも、みんな楽しそうにしているから、これはこれでいいのかもしれない。
「はーい、じゃあ、ちょっと打ち込んでみよっか〜。指導していた人達、こっちに来て。初心者は見学だよー。どうやって剣を使うのかを見るのも勉強だよ」
教師が、指導側の人達を集めた。三十数人の授業で指導できる上級者が4人しかいなかったのね。
私は、見学側に回っていた。指導していた学生が、2組に分かれて手合わせを始めた。
(うーん、あまり上手いわけではないわね)
剣術の評価は私よりも低そうだった。そして勝った人同士で、手合わせをしている。女性はあまり剣術は練習しないのだろう。いつも朝練の部活に参加しているのも、大抵は男ばかりだ。
「はーい、勝った人、お疲れさま」
「私、先生と手合わせしてみたいです」
「へ? あたしと? うーん、じゃあ、その前に助っ人に入ってくれた人と手合わせしてみよっか〜」
突然、私に視線が集まった。
「いえ、私は体調崩しているので……」
「ダメよ、先生の指示は絶対なんですから。手合わせしてもらえますぅ?」
私は、赤髪の教師をチラッと見ると、うんうんとにこやかに笑っている。
(はぁ、身体がダルいのに、実戦形式なんて……)
「わかったわ。身体がちゃんと動かないかもしれないから、気をつけて。変な方向に打ったら避けてね」
「ふふん、なんだか言い訳ばかりね。私は剣術は評価Bなのよ」
「そう、じゃあ、安心ね」
教師の合図で、彼女がサッと動いた。真っ直ぐに打ち込んできた剣を避け、彼女の左側へと飛び、振り向きざまに打ち込もうとした。だが、彼女はまだ背中をさらした状態だった。
(あれ? 遅いわね)
剣を構えたまま、わずかに待つと、ようやく彼女はこちらへ向き直った。
「ちょっと、貴女、ワープを使ったの? 反則よ」
「別に、ただ避けただけよ」
「嘘おっしゃい!」
カチンときたのか、彼女はまた正面から打ち込んできた。今度は受け流した。けっこう重いわね。でも、彼女はあまり実戦経験はないようだった。また、私に背中をさらしている。
「背中をさらすのは、あまりにも無防備だわ」
「な、何よ」
彼女は、何か補助魔法を発動したらしい。彼女は淡い光をまとった。そして、一気に間合いを詰めてきた。
(速い!)
私は振り下ろされた剣を受けた。すると、彼女は驚いた顔をしていた。だが、すぐに二撃目を打ってきた。私は、それを受け流した。やはり、彼女は背中をさらす。
「はーい、ストップ〜」
赤髪の教師が、私達の手合わせを止めた。手合わせをしていた彼女から淡い光が消えた。
「ちょっと、貴女って剣術評価、私と同じBランクなのね? だったらそう言えばいいじゃない。なんだか、私、バカにされたみたいじゃないの」
「私は入学時の測定は、評価Cだったわ。その後は試験は受けていないからわからないわ」
「なっ? 私は格下に手加減されたということなの?」
なぜか、彼女は怒っていた。恥ずかしさの裏返しなのだろうか。プライドが高いことはいいことだわ。
「手加減なんてしていないわ。私は数日ちょっと体調を崩していたから、まだ剣の感覚が取り戻せていない。だから、私からは打ち込まなかっただけよ」
すると、赤髪の女の子、この授業を担当する教師がこちらへと近づいてきた。
「リーダーのお姉さんが貴女の力を知りたいんだって。あたしと手合わせしてみよっか〜。遠慮はいらないよ」
楽しそうにニコッと笑って、教師は模擬剣を構えた。私に文句を言っていたリーダーと呼ばれた女性は、一歩下がった。そして、ジッと私を睨んでいる。
(なぜ、敵意を向けられるのかしら?)
私は、小さなため息を吐き、模擬剣を構えてニコニコしている教師の前に立った。
「はい、よろしくお願いします」
「あはっ、楽しそう〜。補助魔法はいいけど、火や氷を飛ばしたら失格だからねー。ホールを壊すと叱られるもの」
このホールには、様々な防御バリアが張ってある。そう簡単に壊れるとは思えないけど……。
「はい、わかりました」
「じゃあ、あたしも、真面目にやってみるよー」
ニコニコ笑っていた赤髪の女の子の雰囲気が、ガラリと変わった。表情は相変わらずニコニコしているが、とんでもないオーラを放っていた。
(な、何? 魔族?)
私も、模擬剣を握り直した。
そして、私は、タンッと床を蹴った。
カキィン!
私が打ち込んだ剣は、簡単に止められた。その次の瞬間、彼女は目の前から消えた。そのわずかな空気の振動から、彼女の位置を探った。上だ。
キィン!
右上から打ち込まれた剣を私は、受け止めた。だが、耐えきれず、左後方へ吹き飛ばされた。私は吹き飛ばされた勢いを利用して、すばやく立ち上がり、追撃を受け流した。
「おっ? 今のも止めちゃうかぁ。あはっ、楽しい〜」
私は、攻撃に転じた。でも、どう打ち込んでも、彼女は簡単に受け止める。
(まるで大人と子供だわ)
私が動きを止めると、彼女は打ち込んでくる。それを私は必死にかわした。
ゴーン
授業の終了を知らせる鐘が鳴った。すると、彼女は動きを止めた。そして、クラスの学生の方を向いた。
「はーい、フリークラスの女子だけの剣術授業は、おしまいだよ。次は、また来月ねー」
終了の合図で、何人かの学生は走り去ったが、半数以上はまだこの場に残っていた。さっき、私と手合わせをしたリーダーも残っている。彼女は、もう私のことは睨んでいなかった。
「貴女は、一体、何者なの?」
「えっ? 何者といわれても……」
私は返答に困った。すると、赤髪の女の子が口を開いた。
「あなたは、ローズね? ルシアから聞いてたよ、今年の新入生のSクラスは面白いって」
「ええ、ローズよ。あの、先生は?」
「あたしは、ケトラ。ルシアとシャインの叔母だよー。精霊ハデナ様の守護獣なの」
(あ! シャインくんが泣きついていた人だわ)




