83、ローズの変化
「マスター、これでみんなの支払いをするのじゃ。釣り銭の分は、預けておくのじゃ」
大魔王が放り投げた金貨をすばやくキャッチした猫耳の少女は、金貨をマスターに渡した。
「はい、かしこまりました。ですが、ティア様、ツケがたまっていますが……」
「そ、それはまた今度払うのじゃ。この釣り銭は、ルーク達の食事代に使うのじゃ」
「ふふ、ネコババはしないんですね」
「当たり前じゃ! 猫とネコババは別物なのじゃ」
(ティアさんの話は、たまに意味がわからないわ)
突然の大魔王の登場で、ピリピリとしていた店は、ようやくいつものおだやかな雰囲気に戻った。ティアさんの意味不明な話が、空気感を一気に変えたようだ。
自由奔放に振る舞っているようにみえる彼女だが、ムードメーカーとしての役割を担っているのかもしれない。
さっき大魔王に言われた、やめておけという話は、再び怪盗を呼ぼうとするなということなのだろうか。
大魔王は、怪盗を警戒しているようだった。怪盗は地底の魔族の国に、何かをしようとしているのだろうか。
(わからないわ)
私には、大魔王も邪神と呼ばれる神々も、あまりにも自分とは遠い存在だ。戦闘力もかけ離れすぎていて、どれだけ強いのかなんてわからない。
でも、怪盗はなんだか身近に感じた。どれだけ強いのかわからない。でも、悪い人だとは思わなかった。魔族の国を、おびやかすような、そんな人ではない。
(私は、何かの術をかけられているのかしら)
「ローズさん、爺ちゃんはローズさんがアマゾネスだから、そう言ったんです。ローズさんが転生者だと知らないから」
「ルークさん、私が地球からの転生者だと覚えていたのね」
「いえ、神族ではない転生者だということは覚えています。ただ、記憶が操作された違和感があって、ちょっと気持ち悪いです」
「そう、気持ち悪いのは嫌よね」
大魔王は、私の心の中を覗いたということなのね。それで、やめておけ……怪盗への気持ちに対する警告なのかしら。
しかし、ほんとにこの街にいると、簡単に心の中を覗かれてしまうのね。
(あっ! もしかしたら……)
怪盗は、大魔王が警戒するような人だから、私の心の中も簡単に覗けるんじゃないかしら。でも、だったらなぜ、何も言ってくれなかったんだろう。
(いや、違うわ)
名前を呼んでくれていたのに、お嬢さんと呼び方を戻したのは……私の気持ちがわかったからだわ。同じ気持ちでいてくれていると、私が感じていたから……。
(彼の気持ちは、私とは違うんだわ)
きっと、彼は私のことなどなんとも思っていない。でも、そう告げると私が傷つくと考えたから、距離を置き始めたんだ。
キーホルダーを盗って、店を出てからは、彼の笑顔の種類が変わったような気がした。あれは、そっか……彼の拒絶反応なのね。
(はぁ、うじうじと……らしくないわね)
「マスター、これ、怪盗に渡してくれないかしら」
「ローズさん? えっと……」
「怪盗の忘れ物よ。とても大事そうにしていたから」
「かしこまりました。お預かりします。ただ、いつ渡せるかはわからないですが……」
「会ったときでいいわ。マスターは怪盗の正体を知っているのよね」
「ええ、まぁ」
「怪盗は……いえ、なんでもないわ。お願いするわね」
「はい、あの……」
マスターは、とても心配そうな顔をしていた。なぜだろうと不思議に思った。でも私は、すぐにその理由がわかった。私の頬を涙がひとすじ、ツーっと流れた。
私は、それを隠すように、微笑んだ。
「私は先に失礼するわ」
クラスメイトに挨拶をして、私は寮の自室に戻った。アルフレッドに呼び止められたが、ルークがそれを制した。
『朝ですよー、よいこのみんな〜、起っきなさーい』
頭の中に元気な声が響いた。これは、きっとマリーね。マリーには、地球が助かったということを報告しておかないといけないわね。
私は、シャワーを浴びてから、食堂へと向かった。マリーは、食堂にいるはずだ。
マリーの姿を探していると、後ろから声をかけてくる男がいた。振り返ると、寮長だった。
「しばらくぶりだが、どこに行ってたんだ? クラスメイトと一緒じゃなかったんだな、心配したぞ」
「えっと、ちょっと故郷に戻っていたのよ」
「そうなのか。そっか、旧帝国の旧帝都が大変なことになっているもんな」
「旧帝都? 中央部に何かあったの?」
「知らないのか? もしかしたら、あっそうか、隣国の情報は逆に伝わらないんだな。この島に合わない奴らが移住したらしいぞ」
「魔族?」
「いや、他の星からの移住者だぞ。旧帝都を奪おうとして戦乱が起こっているんだ」
「えっ? 寮長、詳しいのね」
「この数日、ミッションを受けて調べに行ってたんだぞ。神族の城兵も調査に参加していたんだ。ローズの国には調査に入れなかったけどな」
「もしかして、探偵事務所のミッション?」
「うん? いや、女神様のミッションだから、城兵も一緒だったんだよ」
(私の依頼じゃないのね)
「女神様も、調査の依頼を出すのね」
「たぶん、調査しているぞということを知らせるためだと思うぞ。このミッションが掲示されてからは、島からあの大陸への移住がピタリと止まっているらしいぞ」
「なるほど……」
「たぶん、神族がなんとかしてくれるから、ローズは心配しないで大丈夫だ。そうだ、部活のことだけど……」
「寮長、ちょっとしばらくはクラスメイトと、ミッションを受けて稼ぐことになっているのよ」
「そうか、また気が向いたら、いつでも大歓迎だぞ」
「ええ、わかったわ」
寮長は、結局はいつものように部活の勧誘をしていった。ほんとに、熱心ね。
私は、とりあえず、朝食を食べることにした。昨日は、遅いランチを食べて、その後は部屋に戻っていつの間にか眠っていた。晩ごはんを食べていない。
(しかし、ほんとに寝てばかりだわ)
地球との長距離移動は、やはり身体に負担になったのだろう。いくら寝てもスッキリしない。身体が鈍っているのかもしれないわね。
適当にいろいろと皿に取り、久しぶりにガッツリ食べた。そういえば、転移酔いのせいで、ランチプレートも私だけ特別メニューだったわね。
「ローズ、そんなに食べて大丈夫? まだ、体調戻ってなさそうだけどぉ?」
私よりもさらにガッツリと皿に盛って、マリーが私の席にやってきた。
「マリー、おはよう。探してたのよ」
「ん? あたしに恋愛相談?」
「いや、あの、報告ね」
「あー、うん、印が消えたから地球は助かったんだとわかったわよぉ」
「そう……」
「ん? あれ? ふぅん」
(また、私の頭の中を覗いてるのね)
「マリー、また覗いてるでしょ」
「だってこの方が手っ取り早いでしょぉ。なんだか、ローズ、いろいろあったのねぇ。やっぱり死にかけたのね〜」
「えっ? 私が?」
「うん、それも、わざとなのかも」
「わざと死にかけるわけないじゃない」
「ローズではなくて、怪盗がよぉ。魔法袋に入れて、ただで済むわけないじゃん。瀕死の状態で袋から出したら、女神様が治療すると思ったんじゃない?」
「ええっ? 治療?」
「うん、ローズは女神様に回復されたみたいだよ。じゃないと、そんなに増えないでしょぉ?」
「な、何が増えたの?」
「あれ? 気づいてないの? なかなか体力戻らないんでしょ?」
「そうね、ずっと寝てばかりだわ」
「うふふ、じゃあ、そういうことよ。あたしとしては嬉しいわぁ」
「マリー、全く意味がわからないわ」
すると、マリーは私の耳にささやいた。
「ローズは、半分神族になったわよぉ」
「へ?」
「女神様が転生させた人が神族だけど、瀕死状態から回復されても同じよぉ、たぶん」
「どういうこと?」
「だーかーらー、寿命が長くなったのよぉ。それに、たぶん、見た目もなかなか変わらなくなるわぁ」
「人族じゃなくなったってこと?」
「怪盗も腹黒いことするわよねぇ。人族は人族よ、寿命が長くなっただけよぉ」
(ええっ? そんなの困るわ)




