82、まさかの大魔王
テーブルには、ランチプレートのようなものが運ばれてきた。私の分だけ、メニューが違う。卵料理を中心とした胃に優しそうなものばかりだった。
「とりあえず、食おうぜ。ローズの二股疑惑の件は、後にしよう」
「アルフレッド、二股って……別に付き合っているわけじゃないんだから」
「ローズちゃんはアマゾネスだから、何人いてもいいんじゃないのか?」
バートンは、フォローのつもりで言ってくれたのだろうが、フォローになっていなかった。アルフレッドやノーマンの視線が痛い。
「ローズは、探偵と怪盗のどこが好きなのじゃ? こないだチューをしたカバンのことはどうなのじゃ?」
なぜか学生に混ざって、ランチプレートを食べ始めた猫耳の少女が、爆弾発言をした。
「ちょ、ちょっとティアさん!」
「ローズちゃん、チューって、何? 誰かとここで、キスしたってことなのか」
「バートン、勝手に……いえ、ちょっとぶつかったようなものよ」
「ふぅん……」
(な、何? ニヤニヤして……)
「もう、みんな、ローズさんが困ってるじゃない。そういう女子トークは、女の子だけでするもんなんだからね」
「じゃあ、妾も女子トークに混ざるのじゃ」
「いえ、あの、それより、ティアさん、なぜ私は城で倒れていたんですか。魔法袋に入ったせい?」
「ふむ。魔法袋のせいじゃ。妾はそっと運んだのじゃ」
「だから、城に着いたのね。城からここへは……」
「怪盗が適当な城兵をたぶらかして、運ばせたようじゃ。自分で運べばよいのに。訳の分からぬことを言っておった」
「ん? 訳の分からないこと?」
「ふむ。自分で運ぶと部屋を間違えるとか何とか……。おぉ! 自分の部屋に連れ込む気じゃったのかもしれんの」
「えっ!? 怪盗はこの街に住んでいるの?」
「当たり前じゃ! あ、いや、うーむ、なんだかややこしい話になっておるようじゃの。妾は……黙秘権じゃ」
(この街の住人なんだわ)
猫耳の少女は、知らんぷりをしている。私の頭の中を覗いているはずよね。この街の住人で間違いないんだわ。
「ティアちゃん、なぜ怪盗に力を貸したんですか」
ルークが真面目な顔をしている。そういえば、さっき、女神様と怪盗は仲が悪いと言っていたわね。でも、なぜそんな真剣な顔をしているのだろう?
「ルーク、おぬしが心配するようなことはないのじゃ。アイツは、まだまだ怪盗をして遊んでいたいはずじゃ」
「でも……協力したんですよね」
「仲良しになったわけではない。たまたま利害が一致したのじゃ。怪盗の受けた依頼は、女神が解決すべきことでもあったのじゃ」
「どういうことですか」
「はぁ、ルークを使って聞き出そうという魂胆か。大魔王もしょぼいのじゃ」
『なんだと?』
突然、頭の中に直接声が聞こえた。念話だわ。しかも、嫌な感じがする声だった。
「知りたいなら、ここに来ればよいのじゃ。その代わり、ランチプレートのお代はすべておぬしが支払うのじゃ」
「ティアちゃん、ほんとに来ちゃいますよ」
ルークが焦った顔をしている。来るって、まさか大魔王?
ピンと、空気が張り詰めた。
カランカラン
店に入ってきたのは、40代後半くらいに見える男だった。威圧感が半端ない。店内は、シーンと静まり返った。
「いらっしゃいませ、どうぞこちらへ」
マスターは全く動じる様子はない。いつも通り、にこやかに客を案内している。
その男は、ぐるりと店内を見回した。
「魔族が人族の機嫌をとって、ヘラヘラしているのか」
店内のあちこちにいた学生が引きつった顔をしている。確かに魔族の男が、人族の女性と親しくしている。バートンの顔も引きつっていた。
「メトロギウス、やきもちか?」
「は?」
「まがまがしいオーラを垂れ流して、恥ずかしい奴じゃ」
「なんだと?」
「品がないのじゃ。この街では力のある者は、みなチカラを隠しておるぞ。ダサいのじゃ」
「ティア、おまえな」
「爺ちゃん、この街では種族の違いはただの個性だよ。街のルールに従わないと追い出されるよ」
「ルーク、俺を呼んだのはティアだろう?」
「でも、ルールは守らないと……」
大魔王メトロギウスが、イライラしていることは私にもわかった。ティアさんは、なぜ、煽るようなことを言うのかしら。
「お二人とも、ケンカするなら出て行ってもらいますよ。ティア様、わざと煽るような話し方はやめてください。出入り禁止にしますよ」
「なっ!? なぜじゃ、妾は何も悪くないのじゃ」
「メトロギウス様、店がピリピリしてしまいます。オーラを隠してくださいませんか」
「なんだと? 死霊の分際で……」
「ここは僕の店です。他の方に迷惑ですから。従っていただけないなら、怒りますよ」
マスターは、ニコニコとしながら、そんなことを言った。笑顔でそんなことを言っても効果なんて……あるのね。
大魔王のまがまがしさがフッと消えた。チカラを隠したようだ。彼はマスターをキッと睨んでいる。
「うっかり者の死霊に、うっかり殺されてはたまらんからな。それで、ティア、何の用だ?」
(マスターって、そんなに強いの?)
「メトロギウスには言っておくことがあるのじゃ。話のついでに呼んだのじゃ」
店内の客すべてが、ティアさんに注目していた。
「ティア、なぜ怪盗に力を貸したのだ? アイツとは仲が悪いのだろう? まさか、俺を騙していたのか」
「たまたま利害が一致しただけだと言ったじゃろ。アイツが受けた依頼が、あの妙なブラックホールの出現を阻止することに繋がるとわかったのじゃ」
「青の太陽系のゆがみか?」
「うむ、そうじゃ。時代も正確な場所もわからなかったがの。ゆがみが消えたのじゃ、正解だったようじゃ。妾が行って、そのあたりには、魔防バリアを張っておいたのじゃ」
「では、その調査はもう不要か」
「調査は不要じゃが……」
「なんだ?」
「うむ。ブラックホールの原因を作った奴らが、昨日処分されたらしいぞ。大勢が居場所を無くしたようなのじゃ。おそらく、この星に来るじゃろ。地上で暴れる奴は、神族が厳しく取り締まるのじゃ」
「嫌な予感しかしないが……」
「地底の魔族の国に、なだれ込むじゃろ。よろしくなのじゃ」
「おい、まさか、そいつら、神か?」
「そうじゃ。怪盗より、そいつらに地位を奪われぬように気をつけるのじゃ。十数人いるやもしれん」
(えっ? 怪盗は、大魔王の地位を狙っているの?)
「ティア、おまえ……」
「地底が退屈じゃと言うておったではないか。しばらくは賑やかになりそうじゃぞ?」
大魔王は大きなため息をついた。だが、ギラギラとその目は好戦的に輝いている。
「強い配下を、俺にくれるのだな」
「邪神を配下にできるかは知らぬのじゃ」
「ふっ、邪神狩りだな。ドラゴン族より先に優秀な神々を捕まえねば。ティア、情報感謝する。それと、くれぐれもアイツを俺に近づけるなよ」
なぜか大魔王は、最後の言葉をマスターに言ったように思えた。怪盗を近づけるなということよね? この街の住人だからといって、すべてを街長がコントロールできるわけないわ。やはり大魔王だけあって、無茶苦茶だわ。
すると、大魔王が私をチラリと見た。目が合っただけで、背中を嫌な汗が流れた。
「爺ちゃん、ローズさんには世話になっているんだよ。算術を教えてもらっているんだ」
ルークがそう言うと、大魔王の表情は急にやわらかくなった。孫をかわいがっているのだとわかる爺の顔だ。
「そうか……。ローズ、か。なるほどアマゾネスか。アイツの本性を知らぬようだな。どんな術をかけられているかは知らんが、やめておけ」
「えっ?」
「ルークの恩人なら悪いようにはせぬ。何か困ることがあれば、一度だけなら力を貸してやってもよい」
「ローズ、悪魔の言葉に耳を傾けてはいけないのじゃ」
「ふん、俺はアマゾネスのような小国には興味はない。まぁ、覚えておけ」
大魔王は情報料だと言って、ティアさんに金貨を放り投げ、その場からスッと消えた。
(足がまだガクガクしているわ……)




