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8、ミューの贈り物

 私の16歳の成人を祝う晩餐会も終わり、私は着替えのために自室に戻っていた。


 あの場では、結局何も食べることができなかった。そもそも、晩餐会のような気取ったパーティー料理は、私は好きではない。食べる作法に気を遣わなければならないことが、何よりもわずらわしい。



 ふとテーブルに目を移すと、クッキーがまだ残っていた。いびつな形の先輩が作ったクッキーだ。


 クッキーを見つけただけで、私の胸はドクンと妙な痛みを感じた。はぁ、もう、いい加減にして!

 一瞬捨ててしまおうかとも思ったが、それではなんだか負けたことになるような気がした。


 私は、クッキーをつまみ、口に放り込んだ。やはり優しい味がする。この味は、初めて食べたときから気に入っている。やっぱり、好きだな…。


(島流しにされたら、食べられなくなるわね…)


 私は、いろいろと複雑な気分だった。



 さっきの大広間では、私の先輩への気持ちを、母に気づかれたのかと焦ったが、そうではなかったようだ。

 まぁ当然だ。まさか、私にそのような感情が芽生えたなんて、想像もできないことだろう。


 母も一人目の伴侶を選ぶときには、譲れない強いこだわりがあったと言っていた。だが、それは私とは異なる理由だった。


 母は、美しい娘が欲しいからと、伴侶となる男の外見にこだわっていたようだ。確かに一番上の兄は、平凡だが、外見は整っている。だから、義理の姉は、出歩くときには兄を連れて歩くのだ。


 そもそもアマゾネスの女性には、恋愛感情などという無意味な感情はない。


 種族の特徴だと教わった記憶があるが、王族だけの特徴なのか? もしかすると父親の影響を受けたのか? いや、王族でない者からも、そのような話は聞いたことがない。やはり恋愛感情は、アマゾネスの女性にはない。男だけが抱く感情だ。


(私は男のような、弱さを持ってしまったのか…)


 何度考えても、わからない。やはり、呪いの封印のせいだとしか思えない。もしかすると、もう封印は解けてしまっているのではないかと不安を感じた。


(そうだ、ミューに確認してもらう!)



 手早く着替えを済ませると、私はミューの住むミントン街区へと向かった。




 ミントン街区は、緑豊かで魔法のエネルギーとなるマナが濃い街だ。ここには城で働く者が多く住んでいる。そしてこの国でもっとも魔導士の多い街でもある。


 何世代も昔の女王が、魔導士を集めさせて作った街なのだそうだ。この街は、城の防衛の役割を果たしている。この街を通らなければ城には行けない。いわゆる関所のような機能を持つ街なのだ。



 外は、今夜は特別に寒かった。空を見上げると青い太陽に雲がかかっている。太陽の位置からして今は深夜だ。


 この国では昼間は黄色い太陽が昇る。そして夕方からは、黄色い太陽が沈み、それに代わって青い太陽が昇る。

 黄色い太陽が沈むと一気に気温が下がる。さらに雲がかかっている夜は、あちこちが凍るほどの寒さになる。


(うー、寒い)


 私は、小走りで、ミューの家へ向かった。



 ドンドン!


 私は、ミューの住む家の扉を叩いた。少し待っても返事はない。留守なのか、寝ているのか…。


 子供の頃は、ミューの家によく勝手に忍び込んでいた。煙突から中へ簡単に侵入できるのだ。だがさすがに、もうそれはできない。

 体型的にも厳しそうだが、何より、私は次期女王としての正式な命を受けたばかりだ。


(どうしようかしら)


 扉の前で思案していると、向かいの家の住人が外に出てきた。


「おや、ローズ様? 珍しいですね」


「ええ、こんばんは」


「ミューなら、城に呼び出されたようですが?」


「えっ? わかったわ、ありがとう」


「いえいえ。あ、成人になられたのですね、おめでとうございます。伴侶は何人選ばれたのですか」


「あー、まだ選んでないわ」


「そうですか。よかったらウチの孫、マルトも伴侶の一人に加えてくださいませ」


「ん? 貴女の孫って、まだ子供じゃなかったかしら?」


「ローズ様と同い年ですよ。まだ誕生日が来てませんから未成年ですが…。魔導士としての才能はそれなりだと思います」


「そう、考えておくわ」


「ありがとうございます」



 この家の子は、一人しかいない。確か、気の弱い臆病な男の子だった。子供の頃に、私がミューの家に遊びに来ると、よくチラチラと覗きに来ていた。


 何度かミューが、食事を与えていたことがあった。あの子の母親は、城仕えの魔導士だ。だから何日も家に戻らないことがある。祖母の手が回らないときは、近所の誰かに食事を与えられていたようだ。


 私は、城へ引き返そうとして視線を感じた。ふと見ると、いま話題に出ていたマルトのようだ。随分、大きくなっていた。確かに、私と変わらないくらいの年齢か。


 私が気づいたことがわかると、慌ててペコリと頭を下げ、彼は家の中に引っ込んだ。その仕草は、子供の頃と全く変わっていない。


(変な子…)



 私は、寒い中、来た道を戻った。先に、ミューが城に来ていないか確認すべきだったわね…。なんとも無駄なことをしてしまったと、私は大きなため息をついた。




「あー、ローズ様、探してたんですよー。どこに行ってたんですか〜」


 城に戻ってくると、ミューと、ばったり会った。


「あんたこそ、城に来てるなんて知らなかったわよ。私はミューの家に行ってたのよ」


「へ? 珍しい〜」


「ちょっと聞きたいことがあるから」


「んん? そ、その前に、ローズ様、はいどうぞ」


 ミューは、私に小さな箱を渡した。中を開けると、腕輪のようなものが入っていた。綺麗な宝石がところどころに埋め込まれている銀色の輪だ。


「ミュー、これは何?」


「お誕生日おめでとうございます。ミューからの成人のお祝いの贈り物です。よくお使いで行く街で流行っている、ブレスレット式のアイテムボックスですよー」


「えっ!? あ、ありがとう。誕生日の贈り物だなんて、子供のとき以来ね」


「つけてみてくださいよー」


「あー、うん、そうね」


 私は、ブレスレットを左手首にはめた。ふっと魔力の流れを感じた。この魔道具が私を主人だと認識したのだろう。


 腕を振ってみても落ちない。キラキラと上品な輝きを放っている。右手でブレスレットに触れると、スッとアイテムボックスの入り口が現れた。右手を入れてサイズを測ってみて驚いた。端に触れない……かなり大きなサイズだ。


「ミュー、これ、かなり高価じゃないの」


「えへっ、ちょっと頑張ってみましたー。でも、性能からいえば格安でしたよ。剣でも魔法でも傷つけられない素材なんですって〜。ずっと付けたままで大丈夫みたい」


「そう、ありがとう。大切にするわ」


「不具合が出たときは、永久保証がついてるので、工房に持っていけば修理してくれるそうです。ベアトスっていう職人さんです。工房は、あちこちの街に取次所があるんですって〜」


「へえ、わかったわ。あ、このマークかしら?」


 アイテムボックスを閉じると、その開閉口に、可愛らしいクマのマークがついていた。


「そうそう、クマさんマークの工房ですよー」


「そういえば、武術学校の近くにこのマークの工房があったわね。武器の修理工房かと思っていたわ」


「なんでもできるみたいですよー。錬金の最高技術を持つ工房だそうです」


「だから、あんなに賑わっていたのね」



 私は、このミューの贈り物がとても嬉しかった。高価な物を贈る者は多い。だがそれらは、私の気をひきたいだけの打算だ。

 でも、ミューの贈り物は、私のことを考えて選んでくれたのだとわかる。ミューの心のこもった、あたたかい贈り物だった。



「あ、ローズ様の用事って何ですかー? 嫌な予感しかしないんですけど〜」


「あのねー、何それ?」


「ひゃっ、また怒る〜」


(わざと怒らせようとしてるんじゃないの?)



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