79、辛辣な女神と魔人、そして帰還
『黄色の太陽系? まさか……第三の星系か』
『なんじゃ? おぬしら、まさか知らぬのか。アホのダーラが妾の星に侵略戦争を仕掛けてきたときに、黄色い太陽を創ったのじゃ。黄色の太陽系は、中立の星の星系じゃ。おぬしらが所属する、武闘系の赤の星系や、魔導系の青の星系のような野蛮な星系ではないのじゃ』
淡い黄色のドレスを着た美しい女性を、神々の軍隊の者達は、ぼんやりと眺めていた。彼らにも念話の声は聞こえている。だが、全く理解が追いついていなかったようだ。
ただ、自分達を率いていた神の慌てる様子から、この女性は、いや、この女神は上位の神であることは理解していた。
『まさか、太陽を……恒星を創り、星系を築き上げるなど……』
『妾が嘘つきだと言うのか? 妾には、黄色い太陽を創り、中立の黄色の星系を築き上げるチカラがないと言っておるのか?』
『にわかには……そんなありえない。青の神の覇者となるダーラ様にさえ、そのような魔力は……』
『ふぅむ。おぬし、青の神のくせにダーラをバカにしよったな。知らぬぞ。いま、この場のことは、50年後の妾の城から、すべての神に実況中継しておるのじゃ』
『えっ……50年後?』
『この辺りのマナのない銀河系から星が消えてしまったことで、50年後の青の太陽系に時空のねじれが生じ、妙なブラックホールができておるのじゃ。そのせいで、アホのダーラは、勢力を別の方向へ広げようとしておる。だから、まだ神戦争が終結せぬ。すべては、おぬしらのように、禁じられたエリアに侵入して破壊行為をする邪神のせいじゃ』
『これは、たまたま、このエリアに入ってしまっただけで……』
『ふぅむ、そんなしょぼい言い訳で許すのか? あのアホは。だから、青の星系から抜ける神が多いのじゃな。赤の神の覇者なら、恥さらしを斬り捨てそうじゃが』
辛辣な女神の言葉に、神々は冷や汗を流していた。
『実況中継は、妾の城を経由しておる。この場所の情報は伝えておらぬから、今すぐに乗り込んでくることもあるまい。上手い言い訳を考えておくことじゃな』
『本当に時空を超えて……』
『おぬしらの星に帰ればわかることじゃ。第三の星系である妾の黄色の太陽系は、争いを禁じておる。来る者は拒まぬ。じゃが、戦乱を始める神は追い出す。覚えておくのじゃ』
『おまえら、さっさと消えろよ。女神はいつ気が変わるかわからねーぜ? オレでさえ、おまえらすべてを瞬時に消し去ることくらい余裕だぜ』
怪盗が、神々をおどすと、すぐさま逃げるようにして撤退していった。
『なぜ、逃がしたのじゃ』
『無駄な魔力は使いたくねー。それに、そろそろ限界だからな』
『あの娘は、地球に置いてきたのではないのか?』
『魔法袋の中だ』
『なっ!? すぐに出すのじゃ。死んでおるのではないか』
『一応、生命維持の特殊バリアを張ったが……そろそろ限界なんだよな』
怪盗は、銀色の仮面をつけた。そして、魔法袋から、ローズを取り出した。彼女を守るためのバリアは、小さくしぼんでしまっている。
バリアを解除し、中の彼女に新たな保護バリアを張った。彼女は、本屋の袋を抱いて眠っている。いや、失神しているという表現の方が正確か。
女神は、彼女に回復魔法をかけた。
『目を覚まさぬようじゃな。魔法袋に押し込むとは、ひどいのじゃ』
『地球に置いておくと、もしものことがあるかもしれねーだろ。魔法袋から出るときに気分が悪くなると言ってある』
『は? でも、ひどいのじゃ』
『はいはい。ついでに太陽系に魔防バリアか結界を張っとけよ。別のバカが入り込んでくるかもしれねーし』
怪盗がそう言うと、女神は彼の目の前に手を出し、ひらひらとさせていた。
『お礼の分も含めて、魔力を30%回復する魔ポーションを、10本も渡したじゃねーか』
『あれは、アレじゃ。太陽系全体にそんなバリアを張るには、たくさんの魔力を使うのじゃ』
『10%も使わねーだろーが』
だが、女神は、手をひらひらとさせている。怪盗は、ため息をつき、その手に小瓶を数本乗せた。
『ふむ。仕方ないから、バリアを張ってやるのじゃ』
女神は、太陽系に向けて魔力を放った。白くキラキラとした霧状のベールが、太陽系全体に広がっていった。
太陽系全体がベールに包まれたことを確認した後、怪盗は、宇宙空間に浮かんでいたローズを、そっと抱きかかえた。そして淡い光をまとった。
『じゃあ、帰るか。おまえの転移は乱暴なんだ。あまり揺らすなよ? ローズが吐くぞ』
女神は怪盗をジト目で睨み、チッと舌打ちした。そして、50年後の女神の城への、転移の呪文を唱えた。
(のどが渇いたわ……)
私は、口がカラカラな不快感で、目が覚めた。見たことのあるような景色だけど、私は何をしていたのかしら。
身体を起こそうとして、違和感に気づいた。頭を動かすと強烈な頭痛と吐き気におそわれた。
(な、何?)
ゆっくりと上体を起こした。ふらふらと、めまいまでする。すると、突然ふわっと身体が楽になった。ベッドの横には、心配そうな顔をした小さな男の子がいた。シャインくんだわ。
「いま、シャインくんが回復してくれたの?」
そう聞くと、彼はコクリと頷いた。
「身体が楽になったわ。ありがとう」
「いえ。よかったです。いま、ローズさんが起きたと父さんに知らせました」
「そう。ここは、店の2階かしら? 私はどうしてここに?」
「はい、そうです。えっと、事情は知らないんです。昨日の朝に、ここに運ばれてきたそうです。昨日は、ティアちゃんが、何度か見にきていました」
「えっ? 昨日の朝? ということは丸一日ずっと寝ていたのね」
「えっと、今は夜だから、丸一日?」
シャインくんは首を傾げていた。そこに、マスターがやってきた。
「ローズさん、失礼します。気分はいかがですか?」
私はマスターを見て、ドキッとした。一瞬、怪盗かと思ったけど、怪盗は20代後半に見えたわよね。目の前にいるマスターと似ているが、マスターは私と同い歳くらいに見える。
「シャインくんが、いま回復してくれて楽になったわ」
「そうでしたか、よかった。ただ、このままでは、すぐにまた気持ち悪くなりますから、今のうちに、何か食べれそうなものを召し上がってみませんか」
「そうね、口がカラカラだし、かなり長い時間眠っていたのよね」
「ええ。少し食べると落ち着いてくると思います。何か作ってきますね」
「私が下に降りるわ」
「いえ、その状態では動けないと思います。もうしばらくゆっくりしていてください」
マスターは、そう言うと、私に何かの魔法をかけた。身体のベタベタや、口の中の不快感がさっぱりした。
「今のは? クリア魔法?」
「ええ。シャワー魔法と呼んでいます」
マスターは、やわらかく微笑んで、部屋を出て行った。私は、身体をさらに動かそうとして、シャリっとした袋を握っていることに気づいた。
(あっ、これ、怪盗のものだわ)
私は怪盗が、嬉しそうに持ち歩いていた本屋さんの袋を、握りしめていた。そういえば、これをお守りがわりにして抱きかかえていたっけ。
私が握りしめていたから、怪盗は諦めたのかしら。
(あっ! 消えてないわ)
私の頭の中の記憶は、何も消されていなかった。怪盗を呼ぶための謎解き結果も覚えている。
(あ……消えているわ)
私は右肩に手を当てた。地球の女神が施した封印を見てみると、跡形もなく消えていた。これは、地球が救われたという証だ。
(あー、よかった)
部屋のドアが開いた。シャインくんが、ドアボーイかのようにテキパキと応対してくれている。
そして、小さなトレイを手に持ち、私の方へと戻ってきた。
「ローズさん、とりあえず水を飲んでくださいって。イーシア湖の水だから、精霊イーシア様の加護もあるので」
「ええ、のどがカラカラだったわ。ありがとう」
私はシャインくんが差し出したトレイから、グラスを取り、そっと口を付けた。
(はぁ〜、美味しい!)