78、怪盗のココロ
店を出て、私は彼の後をついて行った。先程までとは、彼の様子が随分違う。
私が話しかけると、やわらかな笑みを浮かべて丁寧に返事をしてくれる。でも、笑顔の種類が変わった。ニカッと少年のように嬉しそうに笑うことはなかった。
さっき、最後の挨拶かのように言っていた彼の言葉の意味を、私は考えていた。
一緒にいると楽しい。
私の記憶は消さないでおく。
次に会ったときに私が望むなら仮面を外す。
どれも私が感じていたことや望むことばかりだわ。一緒にいると楽しいし、この記憶を消さないでほしい、それから彼の素顔を見たい。
そう言っておいて、実は、記憶を消してしまうのかもしれない。でも、今は彼の言葉を信じたい。
もし勘違いでなければ、彼も、私ともう一度会いたいと思ってくれている。さっきまでは、確かに心が触れ合っていると感じた。
だけど、これが、彼の本音なのかはわからない。私には想像もできないほど、彼は様々な術を身につけている。だから、ただの芝居なのかもしれない。でも……。
いつの間にか、海辺に戻ってきていた。
彼は、ジッと空を見ている。私も空を見上げた。夜空は、厚い雲に覆われているように見えた。全く星が出ていない。さっきは、星も見えていたのに、曇ってきたのかしら。
時々、雲が光って見えた。あちこちで雷が光っているのかしら? でも、特に音はしないわね。
「お嬢さん、これと一緒に魔法袋の中に入ってもらっても構いませんか」
怪盗は、さっき本屋で買ったコミックの袋を私に見せた。よほど嬉しかったのか、彼はずっと本屋の袋を手に持っていた。確かに移動には邪魔になるわね。
(私のことも邪魔なのかしら)
「今の状況を説明します。空が光っているのは、攻撃魔法が降り注いでいるためです。この状況では、お嬢さんを守れない。私のバリアではこの後の、この星を爆発させた一撃は耐えられないのです」
「えっ、あ、そういえば、あの日のテレビの臨時ニュースは、外に出ないようにと呼びかけていたわ。それが、今のこの状態なのね」
「ええ。この後の一撃を止めても、また次が来る。この後、この付近が主戦場になりそうです。ですから、この場で、この星を守りながらお嬢さんも守るには、時間がほぼ止まる魔法袋に入ってもらうしかないのです」
「わかったわ……でも魔法袋の中って、生きた者を入れると死ぬんじゃ……」
「魔法袋の中は、異空間です。空気がありません。ですからお嬢さんにバリアを張ります。ただ、それでも、私が移動することで、大きな負担がかかってしまいます。魔法袋から出た瞬間、気分が大変悪くなるかと思いますが……」
「そう、わかったわ。足手まといになりたくないもの。入るわ」
私は、彼が持っていた本屋の袋を、彼の手から奪うようにして取りあげた。彼が確実に魔法袋から取り出す物を持っていたかった。
いや、彼を信用していないわけではない。ただ、何か、お守りのようなものが欲しかったのかもしれない。
「安全が確保できたら、忘れずに私を出してね。この本は人質よ。いえ、もの質かしら」
私は、あえて冗談っぽく言った。
「お嬢さんのことを忘れるわけありませんから、ご安心ください」
彼は、なんだか切なそうな表情をしていた。何かを言いかけたようだが、フゥと、小さなため息に変わった。
そして、彼は私にバリアをかけた。海辺の香りを含んだ大きな風船の中に入ったような感覚だった。フワッと浮かんだところで、私の意識は途切れた。
ローズを魔法袋へ収納し、怪盗は、バーのマスター似の変身魔法を解いた。そして、銀色のハーフ仮面も外した。すると、彼は本来の姿に戻った。
「くっそ、なんなんだよ、ローズ」
怪盗は、大きなため息をついた。そして、空を見上げて、タイミングをはかっていた。
「遅いじゃねーか。間に合わねー」
そう呟くと、彼は淡い光をまとい、海辺からスッと消えた。
怪盗は、地球のすぐそばの宇宙空間にワープした。彼が現れたとき、大きな炎の魔法が、地球の至近距離に迫っていた。
怪盗は、その炎の魔法に向けて凍てつく氷の魔法を放った。極炎魔法は、凍てつく氷の魔法とぶつかり、氷に吸い込まれるように消滅した。
『な、何者だ!? 何をしている?』
突然現れた謎の男に、激しく争っていた数万の軍隊は驚き、そして、彼から大きく距離をとった。
『おまえらこそ、こんなマナのない宇宙で何をしているんだ。いま、火魔法を放ったバカは誰だ? オレに当てる気だったのかよ』
『そ、そんな、おまえのような得体の知れない者がわいてくるなんて、予想もしていなかったわ』
『ふーん、じゃあ、この青き星に何の恨みがあるのか? オレを狙ったんじゃなきゃ、この星を消し去るつもりだったんだな』
『は? そんな、弱き星とは何の交流もないわ。自衛能力のない星など、いずれ滅びる運命だろう』
『ということは、おまえらのつまらねー争いに巻き込まれて、どれだけの命が消し飛んでもいいということか。ここは、マナのないエリアだ。星系を崩しかねない攻撃魔法の使用は禁じられているはずだが』
『な、何を偉そうに。神に向かってそのような……』
『どこの神だ? 両者とも名乗れ! オレが、全知全能の神に報告する』
『まさか、おまえは神の子か』
『そんなわけねーだろ。全知全能の神を守る神の子なら、もっと上品なんじゃねーの』
『ならば、ただの無礼者か。神に無礼を働いた罪、その命でもって償ってもらおうか』
怪盗は、うんざりした表情を浮かべた。そして、神々を引きつけながら、太陽系の外へと移動した。
争っていたはずの数万の軍隊は、共闘するかのように、怪盗を追いかけた。
全知全能の神は、このすべての世界の最高神にあたる。そんな神へ自分達の行為を報告させるわけにはいかないと考えたようだ。
『やべーな。そろそろ』
怪盗は、生命反応のないエリアへと神々の軍隊を誘導した。しかし、連携した数万の軍隊は、怪盗の行く手を阻むように、取り囲んだ。
『バカな男だ。あの星系から我々を離そうとしたようだが、自信過剰だったようだな。さっさと全力で逃げていれば逃げ切る可能性も、わずかにあったかもしれないがな』
怪盗は、チッと舌打ちをした。
『つまらぬことを言うから命取りになるんだ。捕まえて、我が配下としてやってもよいがな』
『おまえら、バチバチ争ってたわりに共闘したりして、どーなってんだよ。オレを捕まえて配下にするだと? 頭おかしーんじゃねーか。ったく、遅せーぞ』
『何が遅いのだ? 頭がおかしいのはおまえの方だろう』
『はぁ……せっかく来てやったのに、何を遊んでおるのじゃ。約束した場所とは違うではないか』
のんびりとした女性の声が、彼らの頭に響いた。
そして、上の方から怪盗へ、黄色い光が注がれた。怪盗の枯渇寸前だった魔力が、一気に回復していった。
『おまえこそ、大幅に遅刻だろーが。だから、オレの魔力タンクの容量を増やせと言ったんだ。何が補給に行ってやるから心配するなだよ。めちゃくちゃヤバかったじゃねーか』
『うーむ、ちょっと迷い子になったのじゃ。マナのないエリアは灯りがないのと同じじゃ。わかりにくいのじゃ』
怪盗の魔力が回復されたことで、神々は焦ったようだ。彼の魔力値は、神々の魔力値を大きく上回っていたのだから。
そして、これほどの回復をした女性にも驚いていた。女性は、男への魔力供給をすると小さな小瓶を飲んでいた。
彼女の魔力値は、神々には測定できなかった。すなわち、圧倒的に自分達よりも上位にあたる。これほどの能力を持つ女性といえば、神々に思い当たる人物は一人しかいない。
『もしかして、青の神ダーラ様と敵対している女神か』
すると、その女性は、上からスーッと下りてきて、不機嫌そうに神々を睨んで言った。
『は? あの邪神と妾が仲良しのような言い方をするでない。妾は、黄色の太陽系の創造神イロハカルティアじゃ。そして、この男は、妾の魔力から生まれた魔人じゃ』
争っていた神々は、その言葉に凍りついた。