73、探偵事務所への依頼
私は、剣術の部活の朝練を終え、掲示板を見に行った。でも今日は、特に受けるべき授業もなさそうだった。
今夜に備えて、寮に戻って仮眠をとるべきなのかもしれないが、眠れそうにない。そして、今日はクラスメイトにはまだ誰も会っていない。
(会いたいと思うと会えないのよね)
私の足は、探偵事務所へと向かっていた。所長が戻ってきているかもしれない。それに、アルフレッドがいるかもしれない。
「おはようございます。あ、昨日の女性だ。どうぞ〜」
探偵事務所に入ると、昨日と同じ人が応対してくれた。どうぞということは、所長がいるのね。
私は、ドキッとした。はぁ、ほんとに……。私は、アマゾネスの状況を知りたくて来たはずなのに。
「お待たせしました。昨日も来てくれていたのですね。さっき、戻ってきたばかりなんですよ」
所長がやわらかな笑みを浮かべながら、私を応接室へと案内してくれた。彼の顔を見ていると、ドキドキが少しずつ落ち着いてきた。
「忙しいときに悪かったかしら」
「大丈夫ですよ。それで、ローズさん、どうされましたか」
「用件は二つあるの。まずは報告なんだけど、怪盗を呼べたわ。今夜、彼に同行して地球へ行ってくるわ」
「そ、そうでしたか。よく、怪盗を呼ぶための謎解きができましたね」
「クラスメイトが、いろいろと調べてくれたのよ」
「皆さんは、とても団結力がありますからね。気をつけて行ってきてくださいね。もう一つのご用件は?」
(怪盗のことは、サラリと流すのね)
私はもっとリアクションがあるかと思っていた。同行は危険だとか、いろいろ心配されるかと考えていたが……でも、ただの知人にそんな心配はしないか。
私は、なんだか所長が遠くにいるように思えた。私が感じている心の距離感と、彼の感覚との違いなのかもしれない。
(ふっ、やはり、私の一方的な片想いね)
「ええ。ちょっと知りたいことがあるの」
「何かありましたか」
「私の国の周辺の状況を知りたいのよ」
そう言うと、所長は一瞬、妙な顔をした。私の話が、唐突すぎたのだろう。
「説明するわ。私をこの街に案内した者が、いま国に呼び出されて戻っているの。ついこないだも、戻っていたわ。そのときは、国境で何かあったらしく、怪我人の治療のために呼ばれたみたいなのよ」
「その方は、白魔導士なのですね」
「ええ、そうよ。今回も、宿に伝言を残して帰国したわ。私に知らせに来る余裕がなかったということだと思う」
「なるほど、何かが起こっているようですね。少しお待ちください」
所長は席を立ち、応接室から出て行った。それと入れ替わるように、アルフレッドが入ってきた。
「ローズ、なぜ応接室なんだ?」
アルフレッドは、ニヤニヤしていた。だが、私の様子を見て、顔を引き締めた。
「ちょっと、依頼したいことができたのよ」
「依頼料、持ってるのか?」
「えっ……高いのかしら」
「ウチの事務所は、規定の額しか請求しない方針だけど……それなりだぜ?」
私は、つい先日、寮費をまとめて一年分支払ったばかりだった。慌てて所持金を確認すると、銀貨50枚ちょっとになっていた。
「寮費を一年分、支払ったばかりだから、銀貨50枚ちょっとしかないわ。足りないかしら?」
「それだけあれば、普通の探し物とかなら余裕だぜ。今夜の件が片付いたら、みんなでダンジョンミッションでも行くか」
「ふふっ、そうね。稼がないとね〜」
「なんだかローズを見ていると、王宮の王族達がダラダラしているようにみえるぜ。金があるのも、よくないかもな」
「別に、アマゾネスが貧乏なわけではないわよ。私が、全て置いてきただけよ」
「あー、悪い。そういうつもりじゃないんだけどさー」
そこに、所長が戻ってきた。手には何かの魔道具を持っている。
「アル、ローズさんは今日は依頼主だから、ちょっと出ていてくれるかな。守秘義務があるからね」
「所長、俺はここの見習いなのに、ここにいちゃダメなんですか」
「ちょっと、難しい話なんだ。アルは、思念傍受を防ぐ能力はあるかな」
「な、ないっす」
「アルを信用していないわけではないからね。状況は最悪を想定して動くべきだ。今は何もつかめていない状態だからね」
「所長、わかりました。ローズ、邪魔したな〜」
アルフレッドは明らかにガッカリした様子だったが、所長の言うことはもっともだ。素直に応接室から出て行った。
「ローズさん、もし差し障りのない結果だったら、アルに教えてやってもらえませんか。彼はクラス長だから、ローズさんのことをとても気にかけていますから」
「ええ、わかったわ」
所長は、やわらかく微笑んだ。私も笑顔を浮かべながら、その心境は複雑だった。所長にとって私は、アルのクラスメイトというだけなのね……。
(らしくないわね、アルフレッドに嫉妬している?)
今はそんな浮ついたことを考えている場合ではないわ。私は、魔道具に視線を移した。
「この魔道具は、この世界の地図なのです。アマゾネスはここで間違いはありませんか」
床に置かれた魔道具から、大きな地図が浮かび上がった。地図に触れると、アクリル板のような感じだった。アクリル板のようなものに映像を映しているのかしら。
「うーん、地図で見たことはなかったけど、これがルー雪山ね? なら、あっていると思うわ」
「最大まで拡大しますね」
所長は魔道具を操作して、アマゾネス付近をズームした。確かに、アマゾネスだわ。上空からの航空写真のように見える。アマゾネスの城が見えた。
「ええ、間違いないわ。これは空から映しているの?」
「魔道具科の学生さんの試作品なんですが、月に一度、情報が更新されるので、飛竜か何かを使って撮影しているようですね。これは、数日前に更新された映像ですよ」
「へぇ、この世界すべてを撮影しているのかしら」
「地上だけですけどね。あまり近寄れないから、地形がわかる程度のようです。ですが、やはり……ここをご覧ください」
彼が指し示した場所は、アマゾネスの国境付近だった。隣には、旧帝国時代の名残となる要塞都市がある。砂塵が舞い上がっているのか、映像がぼやけていた。
「ここの映像がぼやけているわね」
「おそらく戦乱中でしょう。魔法攻撃の後はマナが乱れますからね。ただ、こちら側はたいしたことはない。この南側の魔族の目を向けさせるための、目くらましでしょう」
要塞都市の反対側は、どこが国境かもわからないほど、ぼやけている。あの辺りは、魔物が多い未開の地だ。
「いったい何が……」
「この大陸は、王国側と違って、様々な種族がいるため、他の星からの移住者も多い。それにいつも小競り合いをしています。だから、気づかれにくい」
「何に?……まさか」
「ええ、何かありますね。侵略か、もしくは帝国を復興しようとしているか。この大陸を担当している女神様の側近に連絡しておきます」
「アマゾネスは大丈夫なの?」
「これを見る限りでは、隣の都市国家が争いの中心のようですが、飛び火はあるかもしれませんね」
「その情報は、アマゾネスは知っているのかしら。他の近隣国は……」
「閉鎖的な国ばかりですから、情報はつかめていないかもしれませんね。それに、大きな戦乱にならないと神族の兵も動けません。だからこそ、この地が狙いやすいのか」
「所長さん、近隣国へ連絡できるかしら? アマゾネスへは、ミューが……私の世話係が戻ってくれば伝えられるのだけど」
「それは、ご依頼ですか?」
「ええ、私からの依頼よ。名前を出してもらっても構わないわ」
「では、まず、現地で起こっていることを調査して、正確に把握する必要があります。その上で、周辺国へはアマゾネスからの使者、場合によっては神族からの使者を依頼しましょう」
「そうね。それでお願いするわ」
「かしこまりました。依頼書の作成をしてきますが、手付金として、依頼料の一部をお願いできますか」
「わかったわ」
(足りるかしら……不安だわ)