72、マリーとの長話
「そろそろ朝になるので、バーは閉店しますね」
私達が騒いでいると、マスターから閉店の案内があった。カウンター内には、バーの店員だけでなく、昼間のカフェの店員もいた。
区別のためなのか、バーの店員は黒のエプロン、カフェの店員は白のエプロンをしている。
「マスター、わかったわぁ。ローズ、お会計してあげて〜」
「そうね、そろそろ出なきゃね」
私は、ちらし寿司代を支払った。銅貨5枚でいいと言われたが、さすがにそれではと思って、銅貨10枚を支払った。
(絶対、赤字よね。大丈夫なのかしら)
「ん? 出なくていいのよぉ〜。ただ、お会計は分けてるみたい。ついでに朝のパンを食べていこうかな。ローズも朝ごはん食べるでしょ」
「マリー、それは無理だわ。いま、ちらし寿司を食べたばかりだもの。コーヒーくらいなら付き合うわ」
「ちらし寿司!? ちょ、マスター! マスターっ! お寿司ができるなら、あたし、手巻き寿司が食べたいわぁ」
「マリー様、焼き海苔はないんですよね。今度、リュックくんに買ってきてもらいますね」
「やったぁ〜! マスター優しいから大好き〜っ」
「ふふっ、マリー様は、さっきのお話からすれば、僕の孫みたいなものですからね」
「そっか。あたし、お爺ちゃんもお婆ちゃんもいないと思ってたけど、マスターはあたしのお爺ちゃんだねぇ。うふふっ」
マリーは、見た目に相応の反応をしていた。照れ笑いをしちゃって、ふふっ、かわいい。彼女は私より年上だし、転生者としても先輩だけど、なんだか妹のように感じる。
「お待たせいたしました」
私の前にはホットコーヒー、マリーの前にはハンバーガーのようなものとアイスティが置かれた。
「ハンバーガー?」
「うん、そうよぉ。でも、今日のパンは小さいから、これ一つでは足りないわぁ」
「ふふっ、食べ盛りの成長期ね」
「ん? ローズ、忘れてるかもしれないけど、あたし、ドラゴンだからねぇ。まだ子供だけど、人の倍くらいはあるんだからね〜」
「そうだったわね。じゃあ、これでは全然、足りないわね」
「まぁ、寮の朝食を食べるからいいんだけど」
「えっ? 寮でも朝食を食べるの?」
「あたし、そのために寮の管理人のミッションやってるんだから。余った朝食は、あたしの胃袋に入るのよぉ」
「あはは、すっごい食べるのねぇ」
「当然! うふっ。やっぱりローズと話してると楽しいわぁ。ママが、あたしのこの娯楽にケチをつけるのよぉ〜。肉以外のものを食べると、強い子になれないとかって、うるさいの」
ドラゴン族の魔王が、マリーのお母さんだったわね。肉以外のものは、ドラゴンにとってはジャンクフードのようなものなのかしら。
「あー、それで、リュックさんを探しに来たのかしら」
「うん、そうなのぉ。ママは、パパの言うことなら聞くことがあるから〜。あ、パパじゃなくて、父ね」
「そう、愛してるのね。ふふっ、マリー、言い直さなくてもパパでいいわよ」
私がそう言うと、マリーは、ぺろっと舌を出した。
「やっぱり、ローズって話しやすいわぁ。キチンとした話し言葉ってわかんないのよねー。マスターの言葉遣いを真似しなさいって、ママには叱られるんだけど〜」
「前世が同郷だったからかもしれないわね。お母さん、言葉遣いに厳しいのね」
「うふふっ、かもねぇ。あたし、前世は小3のときに死んだから、言葉遣いなんて習得してないものー」
「そうなのね。だからかな、マリーはなんだか妹のように感じていたわ」
「あたしも、ローズはお姉ちゃんっぽいと思ってたぁ」
「じゃあ、そういうことにしておきましょうか、ふふっ」
「いいわねぇ、それ。うふふっ。あ、そうだ、ママには、そんな感覚はないわよぉ」
「ん? そんな感覚って?」
「さっき、ママがパパを愛してるのねって言ったじゃない? ママにとって、男は装飾品みたいなものらしいよぉ。パパも来るものは拒まずってだけだし。それに今は、パパは、ローズのことが好きみたいだわよ〜」
(女尊男卑のアマゾネスと同じ感覚だわ)
「うーん、でも、魔人にはそんな、人のような感情はないんじゃないの?」
「それがねー。ここ1ヶ月くらい、様子が変なのよぉ〜。パパは自分では気づいていないみたいだけど、幼い恋心が芽生えたみたいだわぁ」
「何? それ〜」
「あたしが前世で幼稚園に通っていた頃に、感じたような恋心よぉ。気に入ってる子が他の子と仲良くしていてイライラしていた感じ〜。でもなぜイライラするのかは、小学生くらいにならないと気づかないでしょ?」
「えーっと、リュックさんに、幼稚園児くらいの感情が芽生えたってこと?」
「うんうん、何か言われたでしょ? ローズ」
「あー、うーん。なんなんだよ的なことは言われたかなぁ」
「きゃははっ! それそれ。パパって、なんでもできるのに、メンタル面が子供なのよねー」
マリーは、とても楽しそうに笑っていた。
「ふふっ、マリーは、リュックさんが大好きなのね」
「うん! あ、でも、恋とかそういうのじゃないからねぇ。そもそもパパだし。でも、ローズはパパのこと何とも思ってないのね。他に好きな人がいるのぉ?」
(また、思念が漏れていたのかしら)
「えっ? あ、うーん、まぁね」
「どんな人か見せて〜」
そう言うと、マリーは、私の頭に手をかざした。ちょ、マリーも……この街の人は、すぐに人の思考を覗くのね。
「んん? 探偵? なんだか詳細が見えないわぁ〜。ローズ、彼のことをあまり知らないのねぇ」
「そうね、全然知らないかも。最近やっと名前がわかったくらいだから」
「なんていう人? 名前も出てこなかったわよぉ。顔もなんだか、ぼやけてよく見えないし。もしかして、この人、化けてるんじゃない? 魔法ならサーチで破れるから、魔道具かしらぁ」
「髪色は、以前とは変えていると言っていたけど、染めたのかもしれないわ」
「名前は?」
「リュウさんっていうそうよ。って、ちょっと待って、なんで、今、私、白状したのかしら。マリー、何か術を使ったわね? ん? マリー?」
マリーは、驚いた顔をして固まっている。何? どうしたのかしら? 視線が定まらず、明後日の方を見ている。念話中なのだろうか。
「あ、ごめん、ちょっと念話が入って……。えーっと、あぅ、うーん……」
なんだか、マリーの様子がおかしい。
「どうしたの? 大丈夫?」
「あー、大丈夫……えーっと、なんだか難しいことになっているのねぇ。この話は終わりにしなきゃ」
念話で、誰かに何か叱られたのだろうか。マリーは、急におとなしくなった。
「あたし、そろそろ、寮の学生を起こさなきゃ」
「じゃあ、出ましょうか」
マリーは、お会計を済ませた。私もコーヒー代を払おうとしたら、さっきの食事代を余分に支払った分があるからと言われた。
(マスター、ほんとに赤字よね)
マリーは、私の寮とは別の寮での仕事があるようで、彼女とは店の前で別れることになった。
「ローズ、地球をよろしくねぇ。心配しなくても、大丈夫だわぁ。怪盗は……って教えちゃダメね。また話、聞かせてねぇ」
「ええ、わかったわ。マリー、またね」
マリーは、ニコニコと笑って手を振り、バタバタと走り去った。時間、マズそうね。しゃべりすぎたわね。
さっきの念話で、マリーは怪盗の正体がわかったようだった。怪盗は、正体がバレると記憶を消すと聞いた。マリーの記憶もそのうち消されるのかしら。
私は寮に戻って、シャワーを浴びて着替えを済ませた。
朝を知らせる『起きなさい〜』の念話が、シャワーの途中で聞こえて、少し驚いた。一瞬、誰かが部屋の中へ入ってきたのかと錯覚したのだ。
そして、少し早いが、そのまま学校へ向かった。今日は休んでもよかったのだが、部屋にいても落ち着かない。
いつものように、剣術の部活の朝練に合流した。
(やはり身体を動かしている方が、落ち着くわね)




