70、ローズの不安
「ポーションはすべての種族に効くはずだぞ。ルーク、なにか勘違いをしているんじゃないか」
ルークが、怪盗にはポーションは効かないと言ったことで、タクト以外のみんなは、反論があるようだった。
だが、ノーマンは何かを思い出したらしく、あぁと小さく呟いた。確か、ノーマンの父親は他の星からの移住者だと言っていたわね。
「アル、確かにポーションは、人族すべてには効くだろうが、純粋な人族ではない者の一部は、ポーションを吸収できない」
「ノーマン、そんな魔族がいるということなのか。いや、ミックス種か。移住者とのハーフにそういう種が生まれることがあるとは、どこかで聞いたことがあるな」
「あぁ、俺は大丈夫だけどな。遺伝子の組み合わせによっては、完全耐性のある奴もいるんだ。毒も効かないけど薬も効かない」
「じゃあ、そんな人は、病気をすると困るわね」
「ローズさん、回復魔法は効くと思うよー」
「そうなの? それならよかったわ。シャラさんは白魔導士だから、いろいろなことを知っているのね」
「あはは、まぁね。でも、飲めない人でも、かければ吸収できるんじゃないかな? 広場の足湯につかっている人に、そんな話を聞いたことあるよ〜」
「シャラ、広場の足湯は、治癒の足湯だからな。それって、体力を回復するポーションだけじゃないのか? 魔力を回復する魔ポーションは違うだろ」
「アルの言う通り、魔ポーションは飲むタイプしかないし、貴重だから、かけてみようなんて考えないよな」
「珍しく、バートンがまともなことを言ってる」
「ん? 俺はいつも絶好調だぞ?」
バートンは、奥さんのことで絶不調になっていたことなど、すっかり忘れているようだった。
飲むタイプの魔ポーションをかけても、吸収しないのかしら? 魔ポーションは数が少なく、しかも高価なものだから、アマゾネスにはほとんど入ってこない。私には、魔ポーションに関する知識がほとんどなかった。
「でも怪盗が、準備期間をと言ったのなら、何か対策を考えているのかもしれませんね。やっぱり、大丈夫かも」
(ルークさんは怪盗をよく知っているのかしら)
「ルークさん、怪盗の正体を知っているの?」
「えっ!? あー、えーっと……」
彼は明らかに動揺していた。聞いてはいけないことだったのかしら。ということは、悪魔族? 魔ポーションが効かないなら、移住者とのハーフということかしら。
「ローズ、たぶん、ルークは確実にはわかっていないと思うぜ。怪盗アールは、自分の素性がバレると、その相手の記憶を盗むんだぜ」
アルフレッドがとんでもないことを言っている。記憶を盗む? 記憶を消すということかしら。
「記憶なんて盗めるの? でも怪盗は、物を取り戻す依頼しか受けないって言ったわ」
「だろう? 受けないって言ったってことは、できるけどやらないってことだぜ」
「あ、確かに……受けられないとは言わなかったわ」
私は、怪盗の姿を思い出していた。仮面の奥の目は、落ち着いていた。彼の能力は私には見えなかったけど、私の依頼を簡単に受けてくれた。自信がある、ということなのよね。
星の爆発を阻止するだなんて、そうそうできることではないはずだ。地球の神にできなかったことが、怪盗にはできるのだろうか。
それに、あのとき、なぜ私はドキッとしたのだろう。怪盗と、なぜか心が繋がったような気がした。いや、ちょっと……怪盗ということは泥棒じゃない。ないわ、ないない、ありえないわ。
(一応、ミューに知らせておこうかしら)
今夜は、最高ゾンビを決めるイベントをやっているから、ミューは外には出ていないだろう。
「じゃあ、今夜はもう遅いし、また続きは学校でな〜」
「アルさん、明日は休みだから、次に会うときにはもう決行の日ですね。俺、ちょっと、調べてみます」
「ルーク、そうだな。俺もちょっといろいろ聞いてみるか。呼び方ばかりを気にしてて、怪盗の能力はイマイチわからないからな」
まだ人で混み合っている広場で、クラスメイトと別れ、私はミューが宿泊する宿へと向かった。
(ミューは、反対するかしら……)
確かに、時空を超えて地球に行くなどということは、想像もできないほどの危険があるだろう。
それに、何かに巻き込まれて地球は爆発したのだ。ということは、太陽系や、もしかすると銀河系は、大規模な戦乱中なのかもしれない。
私は、次期女王となる身。でも、母は、妙な封印のある私を遠ざけるために、このハロイ島へ行かせたのだ。それに、まだ赤ん坊だけど、妹がいる。先輩と母の娘……。
私にもしものことがあったとしても、きっと母は困らない。妹を次期女王に任命すればいいだけなのだから。
先輩のことを考えると、私はやはり少し胸が痛んだ。でも、なんだか随分と昔の出来事のような気がする。私の中のもう一つの後悔、幼馴染の健のことの方が、今は心が痛い。
でも、あの探偵に出会えて、彼と剣を交えたことで、私は大きく変わった。新たな恋を見つけることが、古い心の傷をうめることになったようだ。
(なんだか、所長さんの顔が見たくなってきたわ)
だが、私は女尊男卑のアマゾネスの次期女王だ。自分から男に媚びるような真似はできない。美優だった頃が、なんだか羨ましい。男女平等な国では、男女どちらから告白しても、何もおかしくはないのだから……。
でも、怪盗に同行する前に、彼にもう一度会っておきたいと思った。もし、何かのアクシデントで地球から戻れない……なんてことになると、マナのない地球に、時空を超える能力のある人なんていないのだから。
(はぁ、なんだか、らしくないわね)
私は、いろいろな理由をこじつけている自分に気づいた。結局、顔を見に行きたいのだ。こんなことではアマゾネス失格ね。
宿に到着し、ミューを呼び出してもらおうとすると、伝言を渡された。
そこには、母からの呼び出しで、しばらくハロイ島を離れるとだけ書いてあった。
「もし、お困りのことがあるのでしたら、役所で相談されてはいかがでしょうか」
「いえ、大丈夫よ」
私は、宿のフロントの人に軽く会釈をして、外に出た。
(また、呼び出されたなんて……)
私に何も伝える時間がなかったから、ミューは伝言を残したのだろう。急ぎの帰国……前回は、国境付近で怪我人が出たと言っていたわね。
また、何か、周辺国ともめているのかしら。
私は、寮に戻った。この夜は、いろいろなことを考えてしまって、ほとんど眠れなかった。
翌朝、アマゾネスの状況を知る方法がないかと、役所に相談に行こうと寮を出た。
でも、やはりいろいろなことを考えすぎて、役所のある塔を素通りした。この街の役所に、アマゾネスの内情を知られることになるのは、やはりマズイわ。
私の足は、自然と探偵事務所へ向かっていた。所長の顔を見たいという昨夜のふわふわした感覚とは違って、彼なら何とかしてくれるのではないかと考えていた。
事務所へ入ると、見知らぬ人しか居なかった。
「探し物ですか? ご相談ですか?」
「ちょっと相談したいことがありまして……。所長さんはいらっしゃいますか」
「あいにく、所長は外出しています。ご用件は、私が確実に伝えますが?」
「少し話しにくいことなの。役所に相談しようかと思ったんだけど……。所長さんは、いつ頃戻られますか」
「そうですか。んー、ちょっとわからないんですよ。たぶん、今日は戻らないと思います。仕事でこの島を離れているようですので」
「わかりました。また、出直します」
私は、事務所を出て、途方に暮れた。ミューばかりか、所長さんもいない。明日の夜には、私は地球へ行くのに……。
昨夜、ほとんど眠れなかったためか、少し疲れを感じた。私は、寮の自室に戻り、休むことにした。
(あと、一日……。不安、だわ)




