69、闇夜の虹色花束で、怪盗を呼ぶ
「これは一体、どうなっているの? アナタはどこにいるの?」
私はあたりを見渡したが、怪盗の姿は見えなかった。広場を行き交う人達が、私を通り抜けていく。私は幽霊にでもなってしまったのだろうか。
頭の中に直接声が聞こえる。念話、なのよね?
『ここは異空間なのですよ。こちらからは見えますが、広場の人からはお嬢さんの姿は見えません。お友達が心配そうにしていますね』
「えっ? 異空間……」
『魔法袋やアイテムボックスの中みたいなものです』
「アナタは怪盗アールよね? どこにいるの? なぜ念話なの?」
『ふふっ、質問の多いお嬢さんだ。私はあまり言語を知らないのですよ。だから、念話を使っています。お嬢さんが聞きやすい言葉に変換されているでしょう?』
「確かに、聞きやすい丁寧な言葉だわ。どこにいるの?」
『姿を見ないと安心できないですか。ふふっ、慎重な方ですね。お嬢さんが私を呼んだ理由を、教えていただけますか』
「アナタが怪盗アールなのかを確かめないと、話せないわ」
『ほう、じゃあ今回は、やめておきましょう。ご縁がなかったということで……』
「ちょ、ちょっと待って! ごめんなさい。そんなつもりではないわ。私は、怪盗アールに依頼しなければならないことがあるのよ。そうね、私、頼みごとをする態度ではなかったわ」
私は焦った。確かに私は……私の態度は相手に対して失礼なものだ。しばらくの沈黙があった。
(マズイわ……)
私は怪盗を怒らせたのではないかとハラハラした。そして再び口を開こうとしたときに、再び声が聞こえた。
『怪盗アールを必要とする理由は何ですか』
「私は、転生者なの。前世の私は地球という星で暮らしていたわ。何かに巻き込まれて、星が爆発してしまったらしいのよ。その原因を突き止め、そして星を救ってほしいという神託があって……」
『お嬢さん、私は怪盗です。何かを盗んで取り戻したいという依頼しか受けません』
「そ、そう……。やはりアナタにも無理なことなのね。わかったわ……来てくれてありがとう」
『ふふっ、お嬢さんのような立場の方が、簡単に礼を言ってもいいのですか。それに、無理だとは言っていません。ただ、取り戻したいという依頼しか受けないということです』
「じゃあ……前世の私の未来を取り戻したい」
『惜しいですね。それも受けません。依頼は、物に限ります』
(えっ……物、取り戻したい物……あっ! そうだわ)
「それなら、私のキーホルダー。思い出のある品で……前世の私は捨てなければならないと思っていたから、あの世界から消える方がいいわ」
『キーホルダー? それは、どこにあるのですか』
「私のカバンにいつも入れていたわ。鍵は付いていないけど、捨てられずにずっと持ち歩いていたわ」
『情報を読み取らせてもらいます。そのキーホルダーを正確にイメージしてください』
「わかったわ」
私はキーホルダーを思い出した。幼馴染のアイツとお揃いのキーホルダー。捨てるべきなのに捨てられなかった。
『はい、読み取り完了しました。えーっと、お嬢さんの右肩の光は、その神託の印ですね。星の場所の特定をしなければなりません。印に触れてもらえますか? その中にある情報を読み取らせてもらいます』
「えっ? あ、そうね。これは他の人は弾くのだったわね」
私は、右肩の印に触れた。
地球の女神の最初のメーセージが頭の中に流れた後、プラネタリウムのような光景が頭に浮かんだ。そして銀河系が映り、太陽系が映り、最後に地球が映った。地球の横には、何桁もの数字がズラズラと並んだ。
(なんだろう? この数字の羅列……)
『うーむ、かなり遠いですね。距離も時間も。その数字は、時間軸と、位置情報です。50年程前に消滅したようです。距離だけでなく時間も超えなければたどり着けないですね』
「やはり……」
『ええ、今すぐにというわけにはいきません。少し準備の時間をいただきます。そのキーホルダーを盗むために弊害となる、星の爆発もついでに阻止すればよいのですね』
「えっ? じゃあ、引き受けてくれるの」
すると、目の前に、怪盗アールが現れた。明るい金髪、顔の上半分を覆う銀色の仮面の背の高い男。前に会ったときと同じく、マントをひるがえして、私をジッと見ていた。
ゆっくりとした動作で、彼が私に手をかざした。すると、私が持っていた虹色花束が手からすべり落ち、水色の強い光を放った。そして、その光は、スーッと彼の身体に吸い込まれていった。
『報酬は、受け取りました。準備時間を……そうですね、2日いただきます。明後日の夜に決行します。お嬢さんは同行されますか? 報告のみで構いませんか?』
「ええっ? 私も時空を超えることができるの?」
『ふふっ、私を信じていただけるなら可能です。ただ、転移が苦手ならやめておく方がいい。時空を超えると転移酔いしますから』
「私は、長距離の転移は経験がないわ」
『では、同行はやめておきましょう。そうですね、何もアクシデントがなければ、その翌日、今から3日後の夜には戻ってこられると思います。キーホルダーをお嬢さんに届けに行きますよ』
「いえ、待って! 私も……自分の目で見たいわ。なぜ、自分が死ぬことになったのか、そして、もう一度、私は、私自身に会いたいわ」
『ふふっ、おてんばなお嬢さんだ。わかりました。では、明後日の夜、お迎えに伺います』
「私はどこに行けばいいのかしら?」
『どこに居ても構いませんよ。お嬢さんがどこに居ても、私が探しますから』
ドキッ
彼は口元に、やわらかな笑みを浮かべた。仮面の奥の目も優しく見えた。なぜか、私はドキッとした。私は、彼のことを知っているような、いや、好意を持っているような気がした。何か、妙な術でもかけられたのだろうか。
急に身体がガクンと重くなった。思わず倒れそうになり、踏ん張ったが、人の流れに、もみくちゃにされた。
(あ、あれ? 元に戻った、のね)
周りを見渡しても、怪盗の姿はなかった。なぜか、もっと話したかった。いや、念話だから、彼の声を直接聞いたわけではないのだが……。
念話だと余計に、その繋がりが消えると寂しさのようなものを感じるのだろうか。
「あっ! ローズ、やっと見つけた! 大丈夫か?」
「アルフレッド、大丈夫よ。依頼は受けてもらえたわ」
「ええっ? 怪盗が現れたのか? いつの間に」
アルフレッドばかりか、ルークも驚いた顔をしていた。サーチをして、探してくれていたのかもしれない。
「いま、異空間にいたのよ。私が幽霊のように透明化したような感覚だったわ。広場にいるのに、私は見えるのに、広場の人達は、私を通り抜けていったのよ」
「へ、へぇ……それで、どうなったんだ?」
「明後日の夜に、迎えに来てくれることになったわ。準備時間が必要だそうよ」
「そ、そうか。明後日、もうすぐじゃないか」
「ええ、そうね。私も同行することになったわ」
「ローズさん、それ、危険ですよ。何かアクシデントがあると、ここに戻れなくなります」
「ルークさん、怪盗は、自分を信じてくれるなら同行は可能だと言っていたわ。私は、私自身にもう一度会いたいのよ」
「そうなのですか。怪盗は……たぶん俺が知っている情報が正しければ、誰かを同行させて、長距離の時空移動はできても、現地では、ほとんど魔力を使う余力はないと思います。大丈夫なのでしょうか……」
ルークは、とても不安そうな顔をしていた。
「距離だけじゃなく、時間も超えるんだもんな。たくさんの魔力が必要なはずだぞ。魔ポーションを持って行って回復すればいいんじゃないか」
「バートン、じゃあ、魔ポーションを買いに行こうぜ」
「いえ、おそらく、怪盗にはポーションは効かないです。だから、魔力を回復する手段がないです」
(ポーションが効かない種族なんているの?)




