68、リュック、愚痴る
「準備は整ったな。みんな、広場へ行くぞ。怪盗を呼ぶんだ!」
「怪盗って、街長は許しているのかしら。さっきの女性が、街長にヒントをもらえばいいって言っていたわよね。泥棒なのに、活動することを認められているのかしら」
「ローズ、怪盗アールは義賊だぜ。この街に呼ぶ場所があるんだから、認めているんじゃないか」
「そう……それならいいわ」
「ローズさん、大丈夫ですよ。怪盗アールはこの島に必要だと爺ちゃんが言ってました。いるだけで、いろいろな抑止力になるって」
「ルークさんには、お見通しね」
「あはは、ローズさんは性格的に、盗賊に頼ることには抵抗があるんだろうと思ってましたから」
私達は、1階へと下りてバーの店内を横切ろうとした。すると、私の行く手をはばむ男がいた。
「ちょっと、話があるんだけど」
私のすぐ後ろにいたシャラさんは驚いた顔をしている。
「何? 私はいまクラスメイトと一緒なのよ。急用じゃないなら、またの機会にしてくださる?」
「じゃあ、明日デートしてくれるわけ?」
「は? なぜそうなるのかしら」
「オレが、そーしたいからだよ」
「なぜ、アナタなんかとデートしなきゃならないの」
「じゃあ、オレの部屋に来る?」
「行くわけないでしょ。しつこいわよ」
私がキッと睨むと、彼はため息をついていた。そして、小さくチッと舌打ちしている。
「あ、あの、リュックさん、なぜローズさんに?」
「ぁあ? こいつがオレの言うことを聞いてくれねーから」
「えっ? 何を言ったんですか」
「何でもねーよ。っとに、なんなんだよ、ローズ」
「勝手に人の名前を呼び捨てにしないでくださる?」
「いちいち、イラつくことばかり……怪盗なんかじゃなくて、オレを頼ればいいだろー」
「あなたにお願いするようなことは何もないわ」
「オレ、おまえが思っているより、いろいろなことできるんだからな。魔人だってこと、知ってるだろー?」
「そう、だから、何だというのかしら?」
「おまえなー」
(特に用事はなさそうね)
「シャラさん、行きましょう」
「でも、ローズさん、リュックさんの用事が……」
「特に何もなさそうよ。放っておけばいいわ」
アルフレッド達が店の扉の前で待っている。私は、いえ、私達は、これから怪盗を呼ぶのだから。
店から出ると、広場は最高ゾンビは誰だイベントで、大混雑していた。塔の前の虹色ガス灯まわりも、人で埋め尽くされていた。
「ローズ、これは、少し時間をズラさなきゃならねぇかもな」
「ええ、そうね」
「アルさん、ローズさん、とりあえず塔の前に移動して虹色ガス灯に近づきましょう。こないだの花火のときも、大勢の人がいたけど、怪盗は現れたんですから」
「確かにそうだった……ルークはよく覚えてるな。よし、行ってみようぜ」
私達は、すごい人混みをかきわけ、塔へと向かった。
「モヒート、ばりばり濃いやつ」
「リュックくん、やけ酒?」
「そんなんじゃねーよ、ったく、はぁあぁ〜」
バーのカウンター席で、リュックは突っ伏していた。彼がこんなにも感情をあらわにするようになって、ライトは喜んでいた。
コトッ
バーカウンターに、静かにカクテルが置かれた。ミントのたくさん入ったモヒートだ。
それを、リュックは、一気に飲み干した。
「リュックくん、最近、ほぼ毎晩だよね。彼女にきちんと話をしてみたら? 秘密ばかりが増えていくと、話しづらくなるよ」
「さっきも、こないだも、話そーとしたのに、アイツが無視するんだよ。なんなんだよ、あのバカ」
「それは、リュックくんの話しかけ方が良くないんだよ。もっと紳士的にさ〜」
「オレは、飾りたくねーんだ」
ライトは、ふぅ〜っとため息をついた。
いま、広場のイベントがクライマックスのためか、カウンターにはリュックひとり、テーブル席では常連さんが寝ているだけだった。
ほぼ毎晩のようにリュックは同じことを愚痴っている。だが、今夜は少し違った。バーテン見習いの子の一言が引き金になったようだ。
「もしかしたら、その彼女さん、好きな男がいるんじゃないっすか? リュックさんに言い寄られて落ちないなんて、それしかないっすよ」
リュックは、バーテン見習いをチラッと見た。リュックに見られて、彼は表情を固くした……緊張したようだ。
「リュックくん、そんなジト目で見ないでよ。みんな怖がるからさ〜」
「はぁ…………アイツは、探偵のリュウが好きみたいだ」
「えっ? じゃあ、問題ないじゃないっすか」
「ダメなんだよ、オレが探偵リュウだとは、アイツも、あのクラスメイト達も知らないし」
「ん? じゃあ、リュックくん、それを彼女に打ち明ければいいんじゃないの」
「ライト、バカか! アイツはオレのことが嫌いなんだよ。探偵がオレだとわかったら……探偵のことも嫌いになったらどーすんだよ」
「えーと、じゃあ、探偵リュウとして、付き合えばいいんじゃない?」
「あれはオレじゃない。ライトの真似をしてるんだ。だから、オレじゃなくて、ライトみたいなもんなんだ」
「んー、リュックくんはリュックくんでしょ」
「オレは、アイツを騙すような真似はしたくないんだ」
「じゃあ、打ち明ければ……」
「もし、打ち明けて……もう、リュウに対しても微笑んでくれなくなったら、どーすんだよ」
「えっ!?」
「何だよ」
「いや、リュックくんが、なんだか恋する乙女みたいなことを言うから驚いちゃって……」
「なっ!?」
「何度も言ってるけど、やっぱりきちんと話をする方がいいよ」
「はぁ……もー、オレ、行くから」
リュックは、ぷいっとそっぽを向き、店から出て行った。
「マスター、リュックさん……すねちゃいましたね」
「そうだねー。また、反抗期が始まったかなぁ」
「マスターは彼の親みたいなものですもんね。リュックさんのあんな顔は、ここでしか見られないっすよ〜」
「そうだね。まぁ、育ての親だからねぇ。しかし……また、秘密ばかりが増えていくよね」
「ん? リュックさんは、どこへ行ったんすかー?」
「広場じゃないかな。あ、いらっしゃいませ」
バーには、お客がポツポツと増えてきた。マスターは扉の先を少し眺めていたが、ふっと笑って視線を手元に戻した。
「なぁ、ほんとに来るのか? ってか、おいおいローズ、花束を持ってないじゃねぇか」
「でも、すごい人混みだから……」
「ローズさん、手に持っていないと現れないよ、たぶん」
「こんな人混みだと、見つけてもらえないわ」
「ローズ、虹色ガス灯にへばりついていれば、大丈夫じゃないか。ノーマン、このあたりにゆるい結界を張ってくれよ。そうすれば人混みで、はぐれることもないだろ」
「結界なんて張ったら、奴が感知できなくなるかもしれないけど、いいわけ?」
「あー、うーん、彼の能力はわからないもんな。とりあえず、ローズ、花束を出して持っておけよ」
「わかったわ」
私は、アイテムボックスから、花束を取り出した。すごい人混みだから、花束が引きちぎられそうだ。
舞台では、最高ゾンビの発表があったらしい。ワッと歓声があがった。それと同時に、人の流れが変わった。
「えっ、ローズさん!」
私だけが人の波に流されて、虹色ガス灯から離れた。花束が、もみくちゃになりそうになり、私は必死に花束を抱きかかえた。
(ちょっと、まずいわね)
人の流れに押しつぶされそうになったとき、ふわっと身体が楽になった。なぜか、圧迫感がなくなったのだ。
『私をお呼びですか? お嬢さん』
直接、頭の中に響く優しい声が聞こえた。私は透明になっていた。人の流れが私を通り抜けていく。あたりを見渡してみたが、すべての人が、私を通り抜けていく。
(えっ、一体どうなっているの?)




