66、不思議なオブジェ
「先生、でも王族にも、見た人がいるんですよ〜。アマゾネスの王女は、学園内でも気にせず剣を抜いて、叩き斬るそうです」
「噂話は、大げさに伝わってしまうことが多いですからね。それが戦乱の火種になることもあります。歴史学で習いませんでしたか」
バーベキュー研究部の部長達、いわゆる所長の親衛隊と呼ばれる人達は、噂話が好きなようだ。
私は、自分のことを噂されていることに少し驚いた。王女といってもアマゾネスは小国だ。この街では、目立つ存在でもないはずだ。
そして、所長が私のことをかばうような指導をしてくれたことも嬉しかった。やはり、彼は真面目でまっすぐな人ね。
所長は、みんなに手を振って、どこかへ行ってしまった。本業に戻るって言っていたわね。祭りの日まで仕事だなんて、探偵って大変なのね。
シャラさんが、私をけしかけようとしていたが、丁重にお断りした。今の私は、美優ではない。アマゾネスの次期女王という立場上、軽はずみな行動はできないわ。
キーン
突然、甲高いマイクの雑音のような音が、広場に響いた。
『ただいまから、最高ゾンビ決定戦が始まりますよ〜』
そして、マイク音ではなく、念話が頭に飛び込んできた。屋台に居た人達の一部が、設置された舞台へと移動して行った。
「俺達は、花屋を探すぞ」
「ん? アル、花屋は行ったじゃないか。ローズちゃんの里帰りについて行くんじゃなかったか」
「あの爺さんの言い方だと、この街にあるみたいだっただろ? 所長に、ローズの里帰りについて行く話をしたら、精霊ルー様は湖の守護精霊も兼ねていると、教えてくれたんだ」
「アルさん、じゃあ、わざわざルー雪山に行かなくても、湖底の神族の街を訪ねればいいのですね」
「湖底にあるということは、湖上のこの街にもあるはずだぜ!」
アルフレッドは、少年のように顔を輝かせていた。バートンも、おぉ〜と低くうなっている。ルークの目もキラッキラだ。
(なんだか、この三人、似ているわね)
「ライトブルーって、どんな感じ? そういえば水色の花って、銅貨1枚ショップの本店に飾ってあるけど〜」
そうシャラさんが言った瞬間、ノーマンやタクトまでが、シャラさんの方を向いた。
その店は、あのバーの横の店だ。バーと共に、あのマスターが経営している。だから、高価な魔石の花が飾ってあっても不思議はない。街長の店なのだから。
「シャラ、ちょっと待てよ。青い花じゃなくて本当に水色の花か?」
ノーマンは、疑り深そうな目をしている。
「うん、かわいい壁掛けでね、欲しかったんだけど非売品だったのよね〜。でも生花というより、ガラスの花みたいな感じだったから、全然違う造花かもね」
「おい、シャラ、それを先に言えよ。ガラスじゃなくて、クリスタルじゃないか? 魔石の花は、摘んで長い時間が経つと、宝石のようなクリスタル状になるんだぜ!」
アルフレッドが、興奮を抑えられないかのように、ソワソワし始めた。シャラさんは、なんだかぼんやりしている。
「へ? じゃあ、もしかして、こんなにあちこち探していた花は、あの店にあるのー? でも非売品……」
「ちょっ、みんな行くぞ!」
アルフレッドは、そう言った直後、走り出していた。ルークもそれに続いた。
「えーっ? 人混みなのに走るのかよ。あいつら若いね〜」
と言いつつ、バートンも走り出した。タクトは、ルークに当然のようについていった。
「はぁ、走るようなことかよ」
「ノーマン、珍しく意見が合ったね。ほんと、男子は落ち着きがないよねー」
「なんだか、あの三人、似ているわね」
「うん、ルークと同年代みたいだね」
シャラさんとノーマンは、呆れ顔だった。でも、嫌そうな感じではない。むしろ、面白がっているようにみえる。
私達が銅貨1枚ショップにたどり着いたときは、レジにいる店員さんとアルフレッドが、口論をしているようだった。
レジの奥の壁には、可愛らしいオブジェが飾ってあった。白い帽子を被った少女が大きな花束を抱きかかえているような立体的な像が、壁掛けになっている。
(あ! あの花束、七色だわ)
七色の花束のひとつが輝いている。水色の宝石のような花だ。他の六色は、フリーズドライなのだろうか? でも、生花のように色鮮やかだ。
「なぁ、その壁掛けを譲ってくれよ」
「ですから、これは非売品ですから、売れません」
「じゃあなぜ店に置いてあるんだよ〜」
「このオブジェは、店の飾りにと、オーナーに贈られたものですから」
「うーむ……」
アルフレッドが譲ってくれと交渉しているということは、あの輝く花が魔石の花なのね。
「アルフレッド、このオブジェはきっと、たくさんの人の目に触れるために作られたんだわ。だから他を探しましょう」
「ローズ、おまえ、何を諦めてるんだよ。そんなにあちこちにほいほいとあるものじゃねぇぞ」
「でも、このオブジェは、虹色花束のヒントよ」
「へ? 確かに七本の花のひとつだけど、他の花はみんな色がないじゃないか。虹色になってないぜ」
「七色よ? 赤、オレンジ、黄、緑、青、紫は生花のように鮮やかな色だわ。そして、水色は宝石のように輝いている」
私がそう答えても、アルフレッドは首を傾げている。バートンもタクトも、シャラさんまで不思議そうな顔をしていた。
「ローズさん、俺にも、水色以外は枯れた花に見えますけど……ちょっと覗かせてもらってもいいですか?」
「えっ? あ、ええ、構わないわ」
ルークは、私に手をかざし、何かの呪文を唱えた。そして、あっ! と小さな声をあげた。
「あの、お客さん、この花束が七色に見えるんですか?」
「ええ、鮮やかな七色に見えるわ」
すると、店員さんはマニュアルらしき何かを取り出した。冒険者が店員ミッションを受注するのだろう。分厚いファイルをめくっている。
(マニュアル化されているのね)
「あ、こんな感じに見えますか? 似たものがありますか?」
店員さんは、ファイルを私に見せた。写真のようなものが4枚貼ってある。
「この右上の感じに見えるわ」
「ええっ! ちょ、ちょっと、お待ちください」
店員さんは、慌てて魔道具を操作していた。通信具のようだ。
「ローズさん、俺達は、右下の感じに見えるんです。でもローズさんが見ているのは、右上の色ですね」
「そうね。なぜ見え方が違うのかしら」
マニュアルを少しめくってみたが、特に説明はなかった。ただ、4枚の写真らしきものには記号が書いてあり、次のページに、その記号ごとの対応が書いてある。
私が選んだものは、即連絡だった。右下のものは対応不要。左上は役所へ、左下は街長への誘導のようだった。
左上は、すべてが黒く枯れて見える。左下は、六色が生花のようで魔石の花が白く強く輝いている。
「ローズさん、このオブジェは不思議な術がかけられているようです。俺のサーチが全く効かない。もしかすると、このオブジェは魔道具なのかもしれません」
「そう、魔道具っていろいろあるのね。魔道具科という学科があるくらいだものね」
「魔道具科があるから、いろいろな魔道具が生まれるとも考えられます」
「ええ、確かに、そうね」
「ルーク様がサーチできないなんて……神族の術でしょう。いや、もしかすると、あの幻術士かもしれませんな」
「魔道具は、最終の仕上げを呪術士に依頼することもある。タクトの予測も、ありだな」
店員さんが、こちらへと戻ってきた。
「お待たせしました。隣のバーでお待ちくださいとのことです。この店で買い物をしながら待ってもらっても大丈夫です」
「誰が来るんだ?」
「湖底の花屋さんです。すぐに摘んで届けますって。あ、お代は、銀貨1枚ですって。銅貨じゃないですよ、銀貨ですよ」
(えっ!? 魔石の花? 配達してくれるの?)




