65、バーベキュー研究部の顧問
腹ペコなクラスメイト達が、学園の学生が出しているバーベキュー屋台へと走り出した。バーベキュー研究部という部活なのだそうだ。
「あーあ、なぜ走るかなー。ルークならわかるけど、大人が屋台に駆け寄るなんて、どうかと思うよねー」
「ふふっ、そうね。でも私も少し楽しみだわ」
「ローズさん、けっこう食べる人だもんね」
「ええ、シャラさんはあまり食べないわよね」
「うーん、ちょっと最近、太り気味だからね〜」
「でも、お祭りの日は特別でいいんじゃないかしら」
「うん、そうかも。あれ? なんかバートンが…?」
シャラさんが指差す方を見ると、バートンが手招きしている。先に食べればいいのに、意外と律儀なのかしら。
「ローズ、早く来いよ! 先生が焼いてるみたいだぞ」
(先生? 誰?)
人をかき分けて屋台に近づくと、バートンが誇らしげな顔をしているのが見えた。その奥には……所長がいた。
私が見つけたことに気づくと、彼は一瞬困ったような顔をしたが、いつもの笑顔で微笑んでくれた。
「わっ! ローズさん、チャンスだよ。もう告白しちゃえばいいのに」
「ええ〜っ? シャラさん、いきなり何を言ってるのかしら」
「みんなで応援するって決めたでしょ。でも、全然、進展する気配さえないんだもの」
「でも、私……アマゾネスだからね」
「関係ないよ〜」
とんでもない話をふっかけられて、私は少し動揺していた。シャラさんは、所長のすぐそばへと、私の背を押した。
「皆さん、こんにちは。お祭り楽しんでますか」
「はい、えっと、所長さんはなぜ?」
そう、所長は目の前で、バーベキュー串を焼いていたのだ。シャツの袖をまくっている姿は、いつもと違って少しカジュアルな感じに見えた。
「俺は、この部活の顧問をしているんですよ。学園で臨時教師をしていますから、その繋がりでね」
「だから、さっきバートンが、所長さんのことを先生と呼んだんですね」
「ふふっ、そのようですね。アルは、いつも所長と呼ぶので、少し困ることもあるんですよ」
「だって、所長は所長だから〜。そんなことより、早くルークに渡してやってくださいよ。腹減りで倒れそうになってるんで」
「じゃあ、こちらの串をどうぞ。少し冷ましてありますよ」
「所長さん、じゃなくて、先生、ありがとうございます」
ルークは、串をもらってニコニコしながら、すぐさまかぶりついていた。そして、驚いた表情をした。
少し遅れて、私達も焼きあがった串をもらった。肉と野菜が交互にささっている。女性には、小さめにカットされたものを用意されている点に、シャラさんは喜んでいた。
確かにこの方が、食べやすいわね。
そして一口かじって私も驚いた。あのサバイバルな授業で食べたミミズのバケモノの肉だが、あの時とは全然違う。塩コショウをかけて焼いてあるところに、辛味の少ないワサビのようなものがぬってある。
(ありえないくらい美味しいわ)
みんな、呆然としていた。あ、渡された串は、微妙に違う。もしかして、それぞれの種族の味覚に合うようにしてあるのかしら。
「すごく美味しいわ」
「所長、このソースは何ですか」
「アルのと俺のが違うぞ。あ、ローズちゃんのも違う。えっえっ、もしかして、全部違う?」
「よく気づきましたね。種族に合わせて、つけるソースを変えているんですよ。ふふっ、後は部長さんにお任せしますね」
部長と呼ばれたのは、色っぽい女性だった。互いにニコッと微笑み合っているのを見て、私は少しイライラした。
(嫉妬なんて、らしくないわね)
私は、他の部員達に目を移した。女性が多い。いや、ほとんどが女性のようだ。学園の旗がついた屋台がズラリと並んでいるが、男は3人しかいない。部員は裏方も含めて20名ほどいるようだ。
どの屋台も、お客さんが多い。他の屋台では種族を尋ねたりしている人もいた。所長は、私達のことを知っていたから、何も聞かずに選んでくれたのね。
「所長、いま、彼女いるんですかー?」
アルフレッドが突然、妙な質問をした。シャラさんと目で合図をしている。嫌な予感がするわ。
所長は、屋台を離れて、何かの魔法を使っていた。すると手についていた炭の汚れが消えていた。クリーン魔法かしら?
「アル、突然、何を言い出すのかな」
「だって、大事なことなんですよ〜」
「ふふっ、どう答えればいいかな。何か、企んでいるような顔をしているね」
確かにアルフレッドは、次の何かを言いたくて前のめり気味だった。でも、この返事を待っているのはアルフレッドだけではない。バーベキュー研究部の女性部員達は、接客をしながらも、こちらに注意を向けていることがわかる。
「企んでいるというわけではないけど、ちょっと、な、シャラ!」
アルフレッドがそう言うと、部員達の視線が一斉にシャラさんに向いた。ちょっと、これ、誤解を招いているわよ。
「ちょっと、アル! そんな言い方をするから、私が親衛隊に睨まれたじゃないのー」
(彼女達は、所長の親衛隊、なのね)
「じゃあ、質問を変える。所長は、どんな女性が好きなんですか」
「アル、なんだか唐突だね。どうしたのかな」
「前から聞けと言われてたけど、機会がなかったから。祭りだからいいでしょ、教えてくれても〜」
「なんだか、視線を集めてしまったから答えにくいよ。またの機会にね」
そう言って、所長はやんわりとかわした。親衛隊の人達は、少しガッカリしているように見える。
(よかった、これで収まりそうね)
私はホッとした。安心すると、まだお腹が空いていることに気づいた。もう一本、串をもらおうかしら。
私は屋台に近づき、バーベキューを焼いていた色っぽい部長さんに声をかけた。すると、彼女はとても驚いた顔をした。
「私が焼いたのも食べるの? 先生のよりも、劣ることを確認したいわけ?」
なぜか彼女は、ケンカ腰だった。
「私の国は、女尊男卑だから、女性が焼いてくれたものの方が抵抗がないわ」
「ええっ? 貴女、もしかしてアマゾネスの王女!?」
「なぜ、女尊男卑だと言っただけでそうなるのかしら」
「い、いえ、ごめんなさい。アマゾネスの王女が学園に通っていると聞いたことがあって……。その人は、すごく喧嘩っ早くて危険なのだそうよ」
「そう……」
「何? なに? そんな噂になってるのかー?」
串をもらいに来たバートンが、不思議そうにしながら話に加わった。
「貴方も知らないの? ただの人族なのに、戦争慣れしているみたいで、人族が相手でも容赦なく斬りつけるそうよ」
「ん? 斬りつけたことがあるのか?」
「秘密裏に何人も殺されたみたいよ。学園の外で会ったら気をつける方がいいよ」
バートンは首を傾げていた。
なるほど……人の噂は、こうやって大きくなっていくのね。尾ひれがついて、話が大げさになる方が面白いから、だんだんとふくらんでいくのね。
私は、彼女から渡された串を、一口かじった。彼女がつけたソースは、よくある味だ。これも悪くない。
「この味も、美味しいわね。さっきのとは別のソースだわ」
「人族には、これなんだけど。先生〜!」
部長さんは、甘えたような声を出して、所長を呼んだ。所長は、アルフレッドやルーク達と、屋台の端にいた。彼女のうわさ話は、バートンにしか聞かれていないようだ。
「どうしました? 俺はそろそろ、本業に戻ろうと思っているのですが」
「さっき、この人の串につけたソースは何ですか?」
「何か、問題でも?」
「いえ、いま、私が渡した串は、さっきとは違うソースだと言っていたので……」
「ふふっ、彼女の口に一番合いそうなソースにしたんですよ。でも、その手に持つ串も、悪くはないでしょう?」
「ええ、美味しいわ」
所長は、私にやわらかな笑顔を向けた。すると、部長さんが少し嫌そうな顔をしている。嫉妬かしら。
「あー、それから、アマゾネスの王女は、この島では魔物しか殺していませんよ。自分の目で見ていないことを話すときは、気をつけてください」
(所長さん、聞こえていたの!?)




