62、光の印、神族のチカラ
「俺はどうすればいいんだ……ユーリスが魔物に堕ちたなんて……」
バートンは、呆然としていた。でも先程までとは違って、目は、しっかりと見開いている。呼びかけに気づかない、うつろな目をしていたときは、さっきの黒い炎に乗っ取られていたのだろうか。
「方法は、二つあります。いずれも、彼女は再び死ぬことになってしまいますが……」
「マスター、ユーリスさんが生き返る方法なの?」
「ローズさん、残念ながらそうではありません。今の不完全な状態の命が終われば、新たに生まれ変わることができる……その時期を操作するだけです」
「マスター、それって、意味ないんじゃないのかしら」
「ローズ、魔物に堕ちたら、もう人には戻れないぜ。生きるための狩りではなく、殺すことを楽しむようになれば、どんどん生き物としての格が下がるからな」
「ん? よくわからないわ」
「ローズさん、たとえ魔物に堕ちても、人の命をもてあそばなければ、次の生まれ変わりで、魔族になれることがあるんですよ。ライトさんは、それをしようと考えているんです」
「マスター、ユーリスは助かるのか?」
バートンは、パッと顔をあげた。そして、すがるような必死な顔をしている。
「二つの方法があります。一つは、こちらのゾンビ化した彼女を浄化して消し去る方法、もう一つは、生まれ変わった彼女を討伐する方法。どうしましょうか」
「ユーリスを殺すか、魔物のユーリスを殺すか、ってことなのか」
「ええ。一方が消えればもう一方も消えます。天寿をまっとうするより、殺された方が生まれ変わるのは早いですし、何より……やはり急ぐ方がいいです」
「魔物のユーリスが、暴れ回らないうちにってこと?」
「はい。もうすでに、危険な存在になっています」
バートンは、足元に転がってこちらを見上げているゾンビ状態の彼女を見ていた。そして、小さな声で呟いた。
「ユーリスが苦しくない方で……。あ、それから、次に生まれ変わったユーリスを見つけられるようにしたいんだけど……って、むちゃくちゃなことを言ってるよな、俺……」
マスターは、一瞬驚いた顔をしていたが、少し考え、そして、口を開いた。
「リュックくん、出てきて!」
(えっ、失礼なカバンを呼んだ?)
すると、マスターの肩ベルトの一部がスッと消えた。さっき、紐を出していた小さな箱のようなカバンが消えたのだ。
そして、目の前に、アイツが現れた。アイツは、あんなに小さなカバンなんだ。
もしかして、さっき、バートンの魔法袋からユーリスさんを取り出したのは、彼なのだろうか。普通、魔法袋を装着した状態で、他者がその中身を取り出すことなんて、できない。
魔道具から進化した魔人なら、魔道具の上位種といえる。だから、魔道具から進化した魔人は、すべての魔道具を支配することができるのだと、この街で聞いたことがある。
彼は、私をチラリと見たあと、クラスメイトを見回した。そして、ため息をつき、口を開いた。
「バートン、無茶ぶりじゃねーか。本気かよ。その女にいくら未練があるからって、やりすぎじゃねーの」
「俺、ユーリスとは幼馴染だからさ。すぐ迷子になるから、俺が守ってやらないと……って子供の頃の話だけど」
「おまえ、女100人作るって言ってたじゃねーか」
「彼女はたくさん欲しいのは普通だろ。でも、嫁はユーリスだけでいいんだぞ」
バートンは、チャラチャラしているけど、実は一途なのかしら? でも、一途なら、彼女がたくさん欲しいというのは、意味がわからない。やはり、種族が異なると価値観はバラバラね。
「それで? まさかの魔物に……」
「リュックくん、そういう言い方はダメでしょ。ユーリスさんを見つけて印をつけてきて」
「はぁ……ったく。おまえ、お人好しすぎねーか」
「僕が関わることができるのは、ほんのひと握り。それは、縁だと思うんだよね。彼女は、その縁を持っていたってことだよ。リュックくん、早く行ってきて」
「はいはい、ご主人さまー」
そう言うと、カバンはその場からスッと消えた。
マスターは、ジッと、ユーリスさんを見ていた。私は、思わず手に汗を握っていた。かなり長い時間に感じた。ピリピリとした緊張感が漂っていた。
彼女の臭いが、ツンとした刺激臭を帯びた。すると、彼女は、ゆらゆらと立ち上がった。あれ? 腰の辺りが光っている。
「バートンさん、印が付きました。彼女を浄化してもいいですね」
マスターはいつもより強い口調で、バートンに話しかけた。バートンは、力なく頷いた。次の瞬間、マスターは、右手を彼女に向け、白く強い光を放った。
(えっ? 聖魔法?)
強く白い光がおさまると、そこにいたはずのゾンビ化したユーリスさんは消えていた。間違いなく聖魔法だ。マスターは、半分アンデッドなのに、聖魔法を操るのね。
「バートンさん、こちらへ。早く!」
マスターに急かされ、バートンは慌てて彼女がいた場所に立った。マスターは、すぐに、バートンを包むように、何かバリアのようなものを張った。その中で、さっきの光がまだキラキラと輝いている。
そのとき、カバンが、音もなく戻ってきた。
「リュックくん、印はどこに?」
「あー、うーん、ケツかな? 皮膚の薄い場所があまりなかったからな」
「リュックくん、あのねー……」
「無理言うなよー。あんなすばしっこい影トカゲを殺さねーで、印だけをつけるなんて、めちゃくちゃ難しかったんだからな」
(影トカゲ?)
しばらくすると、バートンのいる、さっき彼女がいた場所が急に光り始めた。下から上へとミストのような光が上がり、バリアに反射して、スゥーっと、バートンに吸収されていった。
(なんだか、幻想的でキレイ)
マスターは少し何かを確認をしていたようだが、軽く頷き、バートンのバリアを解除した。
「バートンさん、ユーリスさんは、魔物の方も消えました。彼女の記憶は、ほとんど消えてしまいましたが、バートンさんに関しては、僅かに残った状態で生まれてくると思います」
「えっ! マジ? 俺のこと、覚えてるのか」
「はい。リュックくんが、彼女とバートンさんとの縁を繋ぎましたから、バートンさんのことは記憶に残るはずです。おそらく十数年の時間が必要ですが、彼女が生まれ変わったら、バートンさんに印が浮かびます」
「いま、つけてくれた印が、ケツに浮かぶのか」
「彼女の方は、お尻のようですが、バートンさんは、右の脇腹に光の印が落ち着いたようです」
「じゃあ、ユーリスが生まれたら俺はわかるんだな。えっ? 光の印ってことは、神の印?」
「うーん、リュックくんの印です。神ではないので、ただの目印の役割だけですが、バートンさんなら、その印から彼女の居場所を見つけることができるでしょう」
「あぁ、うん、できるはず」
「でも、彼女がバートンさんを受け入れるかはわかりません。一方的に押しかけて嫌われると、縁は切れ、印は消滅しますから、彼女に接触するタイミングは気をつけてくださいね」
「わ、わかりました〜。やっぱ、すげぇな。こんなことができるなんて、神族ってすげぇ」
「ふふっ。さぁ皆さん、50年祭の真っ最中ですよ。楽しんでくださいね〜」
私達は、マスターとカバンに挨拶をして、店をあとにした。
カバンが何か言いたげにしていたが、私は気づかぬふりをした。私は、彼がすごい神族なのだとわかった。だからなのね。あんな失礼なことをしても、許されると思っているんだわ。
「さぁ、みんな、花屋に行くぞ!」
「バートン、急に元気になったな」
「アル、十数年って、何年だ?」
「トリ頭、生まれたての赤ん坊を口説きに行く気か? 成長する時間を考えれば、まぁ、30年以上先の話だな」
「ノーマン、賢いな。30年か。もうすぐじゃないか〜」
(30年が、もうすぐなのね……でも元気になってよかったわ)




