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6、クッキーの甘さと後悔の涙

「ローズ様、いつでも大丈夫です」


「じゃあ、私から行くわよ」


 私は、タンッと地を蹴った。


 彼女は、目が良いだけじゃなく敏捷性も高い。私の剣は、簡単に避けられる。そして、打ち込む場所を探す一瞬の隙を突かれて、いつも私は負けるのだ。


(ならば、正面から力で押し切る!)


 いつもと違う私の動きに、彼女は一瞬ためらった。だが、彼女はフェイントにも高い対応能力がある。身体の向きを変えて重心をずらし、軽く私の剣を受け流した。


 そして、瞬時に反撃の一撃を繰り出した。相変わらず、速い。私はギリギリのところで、剣を受け止めた。


「ローズ様、今日は動きが違いますね」


「寝不足だから、鈍いのよ」


 彼女は、ふっと笑っていた。私が冗談を言ったとでも思ったのか。寝不足なのは事実だ。それに、反応が遅いことも自覚している。




『ローズさんは、素直すぎるんです。攻めようとする方向を一瞬チラッと見る癖があるんですから』


(えっ? な、何?)


 頭の中に、あの頃の先輩の声がよみがえった。すっかり忘れていたことだ。


『剣を上から下に縦に振った後の、次の動作が遅いです。肩に力を入れすぎているんです』


(りきむ癖は直したわよ)


『左側にこられると過剰にガードする癖がありますよ。左側にフェイントをかけると、簡単につられますね』


(確か、人は心臓を守ろうとするからだって言っていたわね)




「ローズ様、どうかされましたか」


「ちょっと考え事…」


「今日は、やめておきましょうか。体調がお悪いと聞いていますし…」


「大丈夫よ。どうすれば貴女から勝ちを奪えるかを考えていただけだから」


「あら、頭で考えていても、あまり意味はありませんよ」


「感覚だけでは、貴女に勝てないじゃない」


「ふっ、光栄です」



 近衛兵達も注目している。彼女は、私の剣術の師匠でもある。武術学校を卒業してからは、かなり彼女にしごかれた。


 彼女は感覚派だ。しかも剣術の才に恵まれた、天才タイプだといえる。すべて感覚で掴み取れというのが、彼女の指導方針だ。


 逆に、先輩は理論派だった。努力して剣術を身につけた秀才タイプだといえる。

 だから、彼の指導は、あの頃の私には素直に受け入れられない、ただ苛立つだけのものだった。そんな小難しいことを言われても、わからないしできない。そう、私は感覚派なのだ。


 でも、今の私には、先輩の指摘は理解できる。あの頃に繰り返し言われた3つの欠点、私はそのひとつしか改善できていないんだ。


(ちょっと気をつけてみようか…)



 私は模擬剣を構え直した。彼女は、ジッと私を見ている。私は、彼女の左側にフェイントをかけた。でも、彼女はつられない。私がチラッと右側を見たためだ。

 彼女は、右側からの攻撃に備えて身体の向きをわずかに変えた。


(フェイントはやめた)


 私は、彼女の左側から横に剣を振り抜いた。彼女の腹に当たった衝撃が私の手に伝わってきた。私の予想よりも、ガッチリとらえていたようだ。

 もし、模擬剣じゃなければ、彼女は瀕死の重傷を負っただろう。


 カハッ…。左腹を強打され、彼女は床にひざをついた。


 おおぉー!!


 見ていた近衛兵達は、どよめいた。驚き、ポカンとしている者もいる。新兵達からは、拍手をもらった。



「大丈夫? 立てるかしら」


「ゲホッ、は、はい。問題ありません。ローズ様、お見事です」


「貴女、新兵達が見ているからって手を抜いたわね。私にそんな気遣いは無用だわ」


「えっ? ローズ様…。ふっ、ローズ様こそ、そんな気遣いは無用ですよ。完全に、私の負けです。模擬剣でなければ、今頃、生死のふちを彷徨っているところでしたよ」


「そう? たまたまよ」


「そんなことはありません。ローズ様は、完全に私の動きを見てから、ご自身の動きを即座に変えられた。あっ! と思ったときには、私はもう腹に剣を受けていました」


「じゃあ、そういうことにしておこうかしら。手合わせありがとう。勝ち逃げさせてもらうわ」


「はっ、こちらこそありがとうございました」


 私は、床に置いていたバスケットをつかみ、訓練場を後にした。




 キィ〜、バタン!



 自室に戻ると、扉を乱暴に閉めた。初めて彼女に勝てたことで、私は高揚していた。でも、すぐにスーッと、その興奮は冷めていった。


(とりあえず、食べなきゃね)


 私はバスケットをテーブルに置き、中身を取り出した。紅茶の入った水筒と、サンドイッチが入っていた。


 私は、サンドイッチを食べながら、ボーっとしていた。味なんてわからない。食べると空腹だったことに気づいた。私は一瞬で平らげた。そういえば、昨夜からロクに食べていなかったわね。


 皿をバスケットに戻そうとして、バスケットの底に、クッキーが入っていることに気づいた。


(食事の間の料理人が、なぜクッキーなんて?)


 私は、クッキーも手に取って、口に放り込んだ。あ! この味って…。慌てて、クッキーを見てみると、いびつな形をしている。そして、私が好きなチョコチップが入っている。


(先輩のクッキーだ)


 あの頃も、練習後にもらったっけ。先輩のクッキーは、とても優しい味がする。クッキー生地の甘さが控えめだから、チョコチップの甘さが際立つ。


 美味しいのに、見た目がいびつな形なんだ。見た目が最悪だと、あの頃の私は文句を言っていた。でも、味は好きだったから、文句を言いながらも、いつも完食していたのだ。


(はぁ……最悪…)



 私は、ベッドに突っ伏した。どうしてだろう? 涙が出てきたのだ。しかも止まらない。胸が苦しい。なぜ、私にこんな感情が芽生えたのだろう。

 夢のせい、そうだ、あの夢のせいだ。いや、違う。あの夢は最近のこと……三年前にはあんな夢は見ていなかった。


 私は自分がわからなくなった。これは、封印が解けて呪いが発動してしまったということなのか? こんな余計な感情は、弱さにつながる。私を弱体化させて操ろうという呪いなのだろうか。


 そして、涙が止まらないまま、私は眠りに落ちた。




 また、夢を見ている。そう、私はなぜか夢の中にいるとわかるようになっていた。なにかを遠くから眺めているような、そんな不思議な感覚なんだ。


 夢の中の私は、男友達と海辺にいた。私達は少し大人になっていて、砂浜に座って昔話をしていた。男友達は、いま付き合っている恋人と結婚することになったらしい。


 彼から打ち明けたいことがあると言われて、久しぶりに会ったようだ。それがまさかの結婚報告で、夢の中の私は、目の前が真っ暗になっていた。


 そして、彼は信じられないことを言い出した。ずっと私のことが好きだった、そんな告白をされたんだ。私も彼のことが好きだった。でもそんなこと、今さら言えない。


 思わず私は、なぜその恋人と結婚するのかと聞いていた。彼女が積極的に近寄ってきて、好きだと言われて流されて、その結果、子供ができたのだそうだ。


 そして今は、私への気持ちも変わらないけど、彼女と生まれてくる子供を大切にしたいと言っていた。


 夢の中の私は、お幸せに、と笑顔を向けた。でも、心の中では泣いていた。私は後悔していた。激しく後悔していた。




 コンコン! コンコン! コンコン!



 私は、しつこく叩かれるノック音で、目が覚めた。私の意識が浮上し始めると同時に、扉が開いた。


「ローズ様、大丈夫ですか!」


「誰?」


「爺でございます、ローズ様」


「何? 扉を開けることを許していないわよ」


「女王陛下からお許しをいただきました。何度ノックしても、お返事がないので…」


「疲れて寝てたのよ」


「それなら、安堵いたしました。成人のお誕生日の晩餐会が、もう始まっております。正装で大広間に来るようにと、女王陛下からのお言葉でございます」


「わかったわ」


「では、爺は扉の外でお待ちしております」


(すっかり忘れていたわ)



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