58、猫耳の少女ティアの正体
「嘘も方便って、なぜそんな日本のことわざを知っているのかしら。猫さんは、一体何者なの?」
「むむ? 妾は、謎の美少女じゃと、以前教えなかったか?」
「それは聞いたわ。女神様の飼い猫なのでしょ? でも、ただのペットがそんなことまで知っているなんて……。それに、今の対処も知恵がまわるというか……」
「ティア様、白状したらどうですか?」
「な、なんじゃ? ルークまで……妾が、腹黒じゃと言うのか。妾はこんなに毎日よいこにしておるというのに……」
(そんなこと言ってないわ)
猫さんは、オヨヨヨと大げさに傷ついたそぶりを見せた。だが、なんだか芝居がかっている。
ルークは、この猫さんの正体を知っているようだった。やはり、ただのペットというわけではないようだ。少女はかなり頭が良い。それに、すべてを見通しているかのような不思議な目をしている。
そこにフッと突然、バーのマスターが現れた。それと同時に、テニスボールに赤黒いふわふわなドレスを着せて人形にしたようなものが、たくさん浮かんでいた。
このボールみたいな生き物は、確か、街の中にもチラホラ居たわよね。まさか、ワープワーム? それにしては、とても愛嬌がある。かわいい癒し系な感じだわ。
(アマゾネスのワープワームとは随分違うけど)
「ティア様、こんなとこで何をしているんですか。あ、皆さん、こんばんは。すみません、彼女がご迷惑を……」
「ライトはしょぼいのじゃ! 妾は迷惑なことなどしておらぬ」
「マスター、猫さんは助けてくれたんですよ。誘導を聞いてくれない祭り客に、ここを変異種アンデッドが通るからと嘘をついて」
「嘘ではないのじゃ。ライトは変異種アンデッドだから、妾の言ったことは本当になったのじゃ!」
「ティア様、でも、ライトさんは誰も喰わないですよ?」
「うぬぬぬー、ルークはひどいのじゃ。そう言わねば、ゴネた奴らは逃げないのじゃ」
猫さんは、しょんぼりと打ちひしがれたような……いや、やはり芝居がかって見えるわね。わざと道化を演じているのかしら? ふふっ、かわいい。
「あの、マスター、このふわふわ浮かんでいるのは、マスターのワープワームかしら」
「ええ、そうですよ。生首みたいで気持ち悪いでしょう?」
「えっ? 確かに生首にも見えるけど……。テニスボールみたいでかわいいですよ? マスターに擬態しているのよね。なぜ、手足がないのかしら。それになぜ飛べるの?」
「僕が半分アンデッドだからでしょうね。魔族の国では、僕は死霊と呼ばれていますから」
「半分アンデッドというのは、片親がアンデッドなの?」
「いえ……。怖い話だから、やめておきましょう。お祭りの日ですし」
「そう……わかったわ。あ、こんな話し方は、失礼でしたわね。マスターは、街長なのに…」
「えっ!? 聞いちゃったんですか。隠しているわけではないのですが、客商売なので、知られない方が店をやりやすいというか……」
「じゃあ、話し方は、今まで通りでいいかしら?」
「ええ、もちろん。その方が、気が楽ですから」
(ふふっ、不思議な人)
ひゅ〜 ドドーン! ドーン!
「わっ! 始まったのじゃ。妾は先約があるから、さらばなのじゃ」
そう言うと、猫耳の少女は、タタタとどこかへ走り去ってしまった。その姿をため息をつきながら、マスターが優しい目で見送っていた。
かわいいヤンチャ姫という感じね。しかし何者なのかしら……。私はなぜか、とても引っかかりを感じた。
「皆さん、僕も失礼しますね。祭りの日に猫さんを放置すると、大変なことになってしまいますので……」
そう言うと、マスターは、やわらかく微笑んで、スッとその場から消えた。ワープワームも消えていた。
「ライトさんとティアさん、鬼ごっこですね〜。大変そうです」
ルークも、やれやれという顔で笑っていた。
「今夜は、街長がティアちゃんの監視係なのね、ふふっ」
「シャラさん、いつもティアさんには監視係がつくの?」
「お祭りのときは、誰か神族が監視しているそうよ。彼女はお祭り好きだから、羽目をはずしちゃうんじゃないかしら」
「シャラ、それは違う。祭りの日は、普段よりも彼女が狙われるから護衛だよ。彼女は護衛を嫌がるから鬼ごっこになってしまうみたいだけど……」
「アル、どうして? 女神様を狙うなんて……あっ……」
シャラさんは、しまったという顔をして私達を見回した。そして、ホッとした顔をしていた。
(いま、女神様って言った?)
「シャラ、セーフじゃないぞ。ローズは知らなかったはずだ」
「げっ、あはは。もう、知らないフリはやめようよ。みんな知ってたんでしょ?」
「シャラさん、ティアさんが女神様本人なの?」
「あー、えーっと、どうだったかなー? 女神様の飼い猫じゃないかなー」
「シャラ、全然ごまかせてないぜ。ローズ、これはこの街の住人は、秘密にしていることなんだ。じゃないと彼女だけじゃなく、彼女と一緒にいる子供達まで狙われやすくなるからな。まぁ、しょっちゅう姿を変えているらしいけど」
「ん? こないだもあの姿だったわよ? でも、まさか……驚いたわ。だから芝居くさいセリフだったのね」
「もっとチビ猫のときもあるし、妖狐のときもある。話すと独特だからわかるんだけど、見た目はわからないぜ」
「へぇ、でも、狙われるって誰に?」
「ローズ、やはりアマゾネスだから知らないか。この島には、かなりの星から神々が来ているんだ。隙があれば暗殺しようとしている奴も多いらしい」
「そ、そうなの……」
「まだ、神戦争は、完全に終結していないんだよ」
私は驚いた。神戦争なんて、50年前に終わったものだと学んでいた。それなのに、まだ、密かに続いていたということなのか……。
狙われているのに、なぜ女神様はこの街にいるのだろう。城にいれば、侵略者は入れないのに。
「ローズさん、また思念が……」
「あ、漏れていた?」
「考えごとをするときは、体内のマナを循環させれば思念が漏れることはないです。と、言ってもまだ難しいかな」
「ルークさん、難しいわ……」
「ローズちゃん、気にしなくてもすぐにマナの循環はできるぞ」
「バートンは、マナの循環で常にバリアを張っているからだろうけど、それは人族には無理だぜ」
「アル、気合いと根性だぞ」
「無理だからー。それよりルーク、ローズが何だって?」
「あー、はい、なぜ女神様は狙われているのに城じゃなくてこの街にいるのかって…」
「それ、私も不思議だと思ってたんだぁ。配下にすべて任せて城でゆっくりしていたらいいのに」
「彼女は、妖精だからジッとしていられないそうです。それに、彼女がこの街にいるから、逆に城は狙われない。そしてこの街には完璧な警備体制ができています。結果的に、ここにいる方がみんなの負担が少ないんだと爺ちゃんが言っていました」
「へぇ、大魔王様がそんなこと言うんだ」
「シャラさん、爺ちゃんは女神様のことは嫌いじゃないみたいです。だから、この街にいるときは彼女が狙われたら助けてやれと言ってました。でも、街長のことは嫌いみたいですけど……」
「えっ? でも街長は、ルークのお父さんの配下なんでしょ? なぜ嫌いなんだろう」
「俺もよくわからないけど、父さんの配下になる前から嫌いみたいです」
「ふぅん」
街長のあのふんわりとした雰囲気からは、嫌われそうな所は思い当たらなかった。あ、もしかしたら、死霊だからという差別意識なのかもしれないわね。
喫茶店の前であれこれと話をしていると、所長が2階から下りてきた。
「皆さん、お疲れ様でした。お仕事はこれで終了です。あとはお祭りを楽しんでくださいね」
「はい、お疲れ様でした〜」
所長は、にこやかに笑うと、どこかへと歩いて言った。やはり、私は目で追ってしまう……。
「あ! わかったぞ、謎の一つ!」
突然、アルフレッドが叫んだ。
(な、何?)
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この話は、『カクテル風味のポーションを〜魔道具「リュック」を背負って行商する〜』の50年後の世界を舞台にしています。その話では、バーのマスターが主人公です。先月完結済みですが、よかったら覗いてみてください♪