57、闇の放出と通行整理
「ローズさん、平気なの?」
「ええ、魚のカルパッチョみたいで、とても美味しいわ」
「ローズ、そのセリフ、所長が聞いたら喜ぶぜ。この花は、サラダ仕立ての方が美味いって言ってるのは、所長だけなんだよなー」
「えっ!?」
私はまた顔が熱くなった。なんというか……マズイわよね。すぐ赤くなるのは治せないのかしら。
そんな私の様子を見て、アルフレッドは、にやけている。面白がって、わざと所長の話をしているのね……。
「アマゾネスのくせに、おまえ、おかしいだろ」
ノーマンには冷ややかな目を向けられた。確かに、おかしい。それに、こんな無礼な発言も、聞き流せるようになってきた。これは、私の成長なのか? 逆に、アマゾネスとしては悪い変化なのだろうか。
(はぁ、考えていても仕方ないわね)
「またノーマンは、すぐローズちゃんに絡むんだから。ノーマンもローズちゃんを狙ってるのか」
「狙ってるわけないだろ、トリ頭! おまえもローズと一緒だ。頭、おかしいだろ」
「んん? ローズちゃんと俺、似てるってことか? 嬉しいことを言ってくれるじゃねぇか」
バートンは、なぜか嬉しそうな顔をして、私の方を向いた。はぁ……私はどんな顔をすればよいか、わからない。
「ノーマン、そんな失礼なことばかり言ってちゃダメだよ。言葉は自分に返ってくるんだって、呪術士の子が言ってたよ」
「それは、呪術だろうが。俺にはそんな術は使えない」
「違うよ、言霊っていうんだって」
「そ、それって呪詛じゃねぇか。もうそんな話はやめろ。今夜は、アンデッドがウヨウヨするんだからな。妙なモノに取り憑かれたらどうするんだよ」
ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン
低い鐘の音が聞こえた。これは、闇の放出を一部の魔族に知らせる合図だったかしら。
「この音って……」
「あぁ、街長が闇を放出する合図だぜ。この音の少し後に、塔の上から放出されるんだ」
「塔に、闇を吹き出す場所があるの?」
「いや、街長はワープワームを使って塔の上空へ移動するんだ。ローズは、もしかして何も知らないのか?」
えーっと、あ、そうだわ。街長はワープワームの所有者だわ。街長はあの店のマスターなのよね。
だから、前にこの音を聞いた後、店からマスターは居なくなったんだわ。お届けものと言っていたのは、闇を届けたということなのかしら。
「うーん、どうなのかしら」
「街長は、深き闇を蓄えてるんだ。彼は、半分はアンデッドだからな。で、闇をときどき放出しないと、勝手に漏れてきてしまうらしいんだ。一方で、闇を吸収したい種族もこの街にいる。だから、合図をして、たまに放出してるんだよ」
「アルフレッドは、詳しいのね」
「まぁな」
「ローズさん、街長に、闇を街に放出することを提案したのは、アルさんのお爺さんなんですよ。そのおかげで、この街に住む闇系の種族は闇エネルギーを吸収できて安定するようになったんです」
「へぇ、ルークさんも詳しいのね」
「俺は魔族ですからね。それまでは、闇系の種族は、エネルギーが減ると、人族を襲っていたようなんです。人族って、だいたい闇を抱えているから、それを闇ごと喰らっていたようです」
「ええっ! そ、そう……」
私は頭の中に、ゾンビに襲われる映像が浮かんだ。前世で見た映画の一場面だ。
「それが闇の放出のアイデアで、一気に解消されたんだそうです。闇系の種族も、街長の闇を吸収してエネルギー補給だけじゃなく、成長もできるようで少しずつ強くなっていってるんです」
「魔族の国ではゴミ以下だった種族が、ゴミ並みになった程度だろ? たまに、変異する個体もあるみたいだけど」
「ノーマンさん、アンデッドをゴミ扱いしない方がいいですよ。今夜は彼らは強いはずです」
ルークにそう指摘されて、ノーマンはギクリとしていた。確かに、闇エネルギーを吸収したばかりのときは、きっと普段とは格段に戦闘力も違うだろう。
コツコツコツ
喫茶店のカウンター内の階段を下りてくる足音が聞こえた。それだけで、私は少しドキッとしていた。
「皆さん、そろそろ、人の流れ整理のお仕事をお願いしても構いませんか」
「えっ? 所長、もう、ですか? さっき鐘の音が鳴ったばかりですよ。今頃、城壁内の広場は、アンデッドだらけでは……」
「ええ。まだ城壁内の広場へ入らないようにとの案内と、城壁内から出ていく魔族との間でトラブルが起こらないように、通行整理です。この店の横の大通りへの通路は、魔族の通行口になっているので、祭り客には別の通路へ回るよう案内をお願いします」
「所長、ゴネる人がいたら適当に殴ってもいいですか」
「うーん、そうならないように、魔族の三人は、能力が見えるようにしておいてもらえると助かります。アルとローズさんは、剣と盾を装備してください。抑止力になりますから」
「私とノーマンは、案内だけでいいんですよね」
「はい、皆さん、できる限り穏便にお願いしますね」
私達は、指示された城壁内から外に出る通路へと移動した。外は、少し暗く、霧がかかったような幻想的な雰囲気に変わっていた。
(闇が放出されたのね)
この街は、中心部にオフィスビルのような塔があり、その塔のある広場を囲むようにして城壁がある。塔が城という位置付けなのだろうか。
この街は湖上にあるが、街に繋がる橋は8つある。そして、その橋から中心部へ向かう大通りも8本ある。城壁から放射状に大通りがあるというつくりになっている。
8本のうち、2本が、闇を吸収した魔族が城壁内から外へ出ていく通路になっているようだ。私達が通行整理を依頼されたのは、そのうちの1本だった。
「ここは出口なので、城壁内に入りたい人は他に回ってください」
たくさんの祭り目当ての客に、みんなで声を出して案内をした。念話を使えばいいのではないかと思っていたが、受信する能力のない人も大勢いるのだそうだ。
(前世のイベント会場と同じね)
だいたいゴネるのは、弱い者達だった。おそらく、サーチ能力のない者達だ。
彼らは、見た目で判断するのだろう。ルークに絡んでいこうとする者もいた。
魔族は、ルークやタクトをチラリと見て、おとなしくなる者も多かった。
ゴネる人族は、私やアルフレッドが対応した。私は、ルールを無視しようとするマナーの悪い人族の多さに驚いた。
魔族はチカラこそすべてだという文化だ。そのため、自分より強い者には従う。改めて、ルークやタクトが強いのだとわかった。バートンは、口で言いくるめているようだったが…。
(統制という点では、魔族の方が優れているみたいね)
私は多くの人族に、苛立ちを感じた。男よりも女性の方が、私をイラつかせる人が多かった。男に媚びて自分の意見を通そうと、けしかける女性が目立つのだ。
(プライドはないのかしら)
私が苛立ち始めると、祭り客からは、私への非難の声も聞こえてきた。
私がブチ切れそうになったとき、タタタとこちらに駆け寄る足音が聞こえた。現れたのは、この街に来たばかりのときに会った猫耳の少女だった。
「何を揉めておるのじゃ?」
(あー、相変わらず、上から目線の猫さんね)
「通行整理をしているのですが、なかなか聞いてくれない人が多いんですよね」
彼女は、私の顔をチラリと見て、眉をひそめた。何? 私の能力不足だと言いたいの?
少女はゴネていた人達をグルリと見渡し、そして私達に向かって大きな声で叫んだ。
「この通路は、もうじき変異種アンデッドが通るのじゃ。警備は終わりじゃ。ここにいると、喰われるから逃げるのじゃ」
すると、ゴネていた人達は、一斉に慌てて走り去った。
「えっ?」
私も慌てていると、少女はニヤリと笑った。
「嘘じゃ。嘘も方便というやつじゃ」
(な、何? この猫……)