56、喫茶店で、花の話をする
私達が、店から出ると、店の前の荷物はさらに増えていた。なんだか、火薬のような臭いがする。まさか、武器が入っているんじゃないでしょうね。
「これを運べばいいのだな」
そう言ってタクトが荷物に手をかざした瞬間、アルフレッドが叫んだ。
「タクト、やめろ! 魔法を使うと爆発する」
その声にビクリと驚いて、タクトは手を下ろした。
「これだから、この街を知らないバカは困るんだ。魔法を使えるなら、ミッションになるわけないじゃないか」
ここぞとばかり、ノーマンは嫌味を言う。タクトは、そんなノーマンを冷ややかな目で睨んでいた。
たぶんこの場にルークがいなければ、ノーマンは殺されていたんじゃないかと思うくらい冷酷な目だ。
その目から逃れるように、ノーマンは荷物を持って運び始めた。予定図のとおりに、配置しなければならないようだ。
私も、アルフレッドの指示で、荷物の木箱を運んだ。街のあちこちに運び終わると、予定図の場所には、別のミッションを受注した人がやってきた。
結局、私達の仕事は、城壁内の何ヶ所かにどんと置かれた荷物を予定図の場所へ運ぶだけだった。ただ、荷物ごとに細かく指示されていて、間違えて運び直したりと、少し大変だったのだが……。
仕事が終わると、探偵事務所へと戻った。この後は、祭りの人の整理を頼まれたが、しばらくの間、空き時間があった。
「みんな、ありがとう。早く終わって助かったよ。予定図に合わせて振り分けるのは面倒だったでしょ。次の時間まで、1階でゆっくり待っていてくれるかな?」
「所長、ちょっと腹減りましたよ〜」
「ふふ、アルは成長期かな。皆さんで軽食を食べて待っていてください」
「やった〜。所長のおごりですねー」
アルフレッドは、所長としゃべるときは子供のようだ。所長はやわらかな笑顔で、受け止めている。
ふと、私は所長と目が合った。彼は一瞬、戸惑ったような顔をしたが、すぐにいつものやわらかな笑顔を見せた。
(私が、ジッと見過ぎていたのかしら……)
私も笑顔を返し、そしてジッと見過ぎないようにしなければと、反省した。つい、前世の感覚が出てしまうが、私はアマゾネスなのだから……。男に媚びるような真似はできないわ。
1階の喫茶店で、私達は軽食を食べながら、この後の祭りの話をしていた。この店の客は、やはり、年寄りと子供が多い。私達の世代は他にはいなかった。
「この店って、客層が極端だよなー」
「バートン、ここはアルコールを出さないから、こうなってんだよ。年配の人に居心地のいい店らしいぜ」
「じゃあ、なぜチビっ子も多いんだ?」
「ここに来れば、年寄りがおごってくれるからじゃないか? よくチビっ子の集団が、タダ飯を食いに来てるよ」
「それだけじゃないだろ。俺が幼い頃からこの店は年寄りだらけだったから、よくこの店に居なさいと言われたよ。その頃は、2階3階は花屋だったから、ここにガキを預けておかないと、花屋が困るんだと母親が言っていた」
(一時的な託児所みたいなものかしら)
「ノーマンは子供の頃からおとなしそうだけどな。確かに、花屋は子供達が騒ぐと大変だな」
(なぜ花屋で騒ぐと大変なのかしら?)
「あ、ローズさんはご存知ないですよね。たぶん、魔族の国の花を扱う店だったんだと思いますよ」
「ルーク、さすがだな。だが、地底の花だけじゃなく、クリスタルの花も置いてあったらしい。この街の湖底には、この湖を守る氷の精霊ルー様の住処もあるから、氷のクリスタルの近くに咲く魔石の花だよ」
「じゃあ、子供は危ないわね」
そう返事をしたものの、私は、ノーマンやルークの話に全くついていけていなかった。地底の花や魔石の花が、子供には危険だということなのか……いや、子供が花を荒らすという意味かしら。
「ローズさん、魔族の国の花を知らないよね? 意味わかんないよね。魔石の花は知ってるー?」
「シャラさん、地底の花は知らないわ。クリスタルの近くに不思議な花が咲くのは知っているわ。私の国の近くにあるルー雪山の地下には、氷のクリスタルの泉があるから。魔石の花は燃料でしょ?」
「そうそう。魔石の花は、ガス灯に使えば百年以上は灯をともす魔力があるよね。マナが凝縮されているから、エネルギーとして他にもいろいろ使えるよ。クリスタルになる前のものだけど、やっぱ、直接触れると、その魔力適性がないと火傷しちゃうよ」
「火傷……だから、子供には危険なのね」
「うん、下手すると死んじゃうこともあるからね」
「だから、子供はここに預けられたのね。地底の花も危険なのね」
「地底の花は、人族を食べる種類があるから、騒ぐと刺激しちゃうのよ」
「えっ! 人族を食べる花?」
(人喰い花なんて、なぜ売っているの!?)
「シャラさん、そいつらは自分より弱いものにしか噛みつかないですから、基本、人族でも大人は襲わないですよ」
「ルーク、でも、親戚のおじさんが襲われて腕を失ったことあるよ?」
「あー、ビビると過剰防衛するからかな? たまに変な個体はいますが、そんなに怖がらなくて大丈夫です」
ルークは、その花を全く怖れてはいないようだった。魔族にとっては、ただの花なのかもしれないけど…。
「そんな危険な花を買ってどうするの?」
「食べるんだよー。魔導系の人は、地底の花を食べると身体の中のマナの流れがよくなるんだって。あ、ローズさんも食べればいいんじゃない? まだ魔法がうまく使えないでしょう?」
「えーっと、ただの人族が食べても大丈夫なのかしら。私は魔導系ではないわよ」
すると、アルフレッドが、店のマスターに何か話をしに行った。ちょっと嫌な予感がするわね。
「そういえば、さっきの荷物からは、少し火薬の臭いがしたけど、大丈夫かしら」
「アル、この後の祭りって何するの? 街長が闇を放出するのに合わせるってことは、もしかして、あの火の花?」
「あぁ、そうだよ。さっきの木箱は、女神様の城から運ばれた荷物だ。中には、花火玉が入ってるんだ。それを、打ち上げる祭りだ」
「えっ!? 花火大会なの?」
「ローズ、花火を知っているのか? もしかして、地球の祭りか?」
「ええ、でもなぜ? あ、そういえば……」
「あぁ、神族が、前世の国に買い付けに行くみたいだぜ。だからこの街には、いろいろな星の祭りが開かれるんだ」
「へぇ、さすが神族の街ね」
(花火が見られるなんて、楽しみだわ)
私は、ワクワクする高揚感と、懐かしさを感じていた。そういえば、前世では、よく花火を見に行っていたわね。
そして、忘れた頃に出てきたのが、さっきの地底の花料理……。やはり、アルフレッドは注文していたのね。
「うげっ、アル! なんでサラダで注文するのよー。普通、炒め物でしょ」
「サラダの方が、より効果があるはずだぜ。みんなも食うよなー?」
なんだか、シャラさんもノーマンも、しかめっ面をしている。それに、ルークまで、引きつった顔だ。
サラダということは、生食なのだろう。私にはどの部分が地底の花なのかはわからないが、見た目は色とりどりで、キレイなサラダだった。
「とりあえず、ローズはいっぱい食えよ。シャラも、ノーマンも、魔導系は食えよ」
アルフレッドは、器用に取り分けていた。王族なのに、そんなことまで普通にできるのね。
そして、私は目の前に置かれた皿に少し驚いた。食べてみて、それは確信に変わった。
(完全に、魚のカルパッチョだわ)
サラダ仕立てになっているため、葉物が多いカルパッチョだった。この魚のような味のものが、地底の花らしい。
そういえば、私が知る限りでは、この世界には魚を生食する文化はない。だから、シャラさんやノーマンは嫌な顔をしているのだろう。
(すごく、美味しいわ)