54、怪盗の情報探し、ひと月が経過
『朝ですよ、授業のある人、起きなさい〜』
私は、頭の中に響くこの声に、まだ慣れることはできなかった。驚いて一気に目覚めてしまう。他の学生達は、だんだん慣れて、起きなくなってしまうらしい。
私は前世でも、目覚まし時計は、鳴る前のカチッと針が重なる音で目覚めていた。転生しても、妙なところを引き継いでしまったらしい。
あれから、ひと月ほどの時間が流れた。まだ怪盗を呼ぶ方法は、わかっていない。
一方で私は、この街にも少し慣れ、だんだん自分のペースがつかめてきた。
朝は、寮で朝食後、すぐに学校へ行く。授業前には、いくつかの部活が練習している。私は気分によってその中に、飛び入り参加するのだ。だいたいは、剣術系の部活の練習に混ざるが、たまに武術の部活を覗くこともあった。
その後は、何か授業に出席する。知り合いも増えてきた。やはり、前世の記憶があっても、女尊男卑の感覚は抜けない。そのためか、よく話をするのは女性ばかりだった。
週イチで、ホームルームがあるため、クラスメイトと会う。普通のクラスは、ギルドのミッションをみんなで受けようという話し合いが多いそうだが、ウチのクラスは、怪盗の話ばかりだった。
私以上に、クラスメイトの方が、怪盗の情報集めに熱心だった。アルフレッドが、そういうワクワク感を刺激するようなことばかり言っているからだと思うけど。
そして、何よりも困ったことに、みんなに、私が所長を気にしていることがバレてしまったのだ。
突然、アルフレッドが所長の話をした際に、私は顔が熱くなり……シャラさんやバートンにまで気づかれてしまったのだ。タクトやノーマンは、無関心だったようだけど。
「ローズちゃん、アマゾネスだから、何人でも結婚できるんだよね?」
「へ? いきなり、何よ、バートン」
「一人しか結婚しないなら複雑なんだけど、たくさんの男と結婚するなら、俺、所長さんのことを応援できると思うんだ」
(意味がわからない)
「バートン、ローズまで狙ってるのか?」
「当たり前だぞ。かわいい子に突撃するのは、男として常識だろ」
「トリ頭、ローズなんかに突撃すると、斬り捨てられるぞ」
「それはノーマンが弱いからじゃね? 俺は大丈夫!」
(全く意味がわからないわね)
「バートンは、シャラさんを狙ってるんじゃなかったかしら?」
「もちろん、シャラちゃんも大歓迎だ!」
バートンは、私とシャラさんを交互に見比べつつ、腕を広げている。どちらかが、その腕に飛び込むとでも思っているのかしら?
シャラさんは、完全に冗談だと受け取っているようだ。でも、たぶんバートンは、まじめに口説いていると思うんだけど。
「そういう、二兎追うものは……いえ、バートンの場合は、二人じゃないわね。大量にターゲットがいるものね」
「ん? ローズさん、二兎追うものって何?」
「ことわざかな? 二兎追うものは一兎も得ず、といって、欲張って追いかけていると、両方に逃げられてしまうということよ」
「へぇ、バートンはあちこちで声をかけて回ってるから、欲張りすぎで、彼女ができないのかもね〜」
「おわっふ! シャラちゃん、かわいそうな俺の彼女になって……」
「ならないよー。私は、ローズさんの初恋を応援するのに忙しいの」
「ええ〜、じゃあ、俺もローズちゃんの応援するからー」
なんだか、話が妙な方向へ進んでいった。シャラさんは、テキトーに受け流しているようだが……。
いつもなら、そろそろアルフレッドが止める頃なのに、あれ? どこに行ったのかしら。
教室の外に出てみると、アルフレッドは、男と話していた。あ! あれは、寮長だわ。
「おぉっ? ローズ、何かあった?」
「いえ、別に。アルフレッドが消えたからどこに行ったのかと思って」
「あー、ちょっと仕事なんだ。あっ、ローズも手伝う? 今夜は、街長が闇を放出する日だから、それに合わせて、ちょっとサプライズでお祭りやるんだよ」
「闇を放出? あ、闇族系に吸収させるのね。確か、先月、知人がホラーナイトだと騒いでいたわ」
「あはは、確かにホラーナイトだな。アンデッド系がウヨウヨするからな〜」
私はアンデッド系……幽霊は苦手なのに、どうしよう。変に断ると、アマゾネスなのに怖いのかと思われてしまうわね。
何か断る材料はないかと考えて、視線を動かすと、寮長とバチッと目が合ってしまった。
「そうだ、ローズ、ウチの部活に入らないか? 前に寮で勧誘したときは、まだ入学直後だったけど、少しは慣れただろう?」
「寮長、まだちょっと魔法がうまく使えないから……。もう少し落ち着いたら、考えさせてもらうわ」
「そうか、いい返事を待ってるぞ」
私は曖昧な笑顔を浮かべた。そういえば、寮長の部活って何だったかしら? 聞いた記憶がないような気がする。
「寮長の部活って、何をやっているのだったかしら?」
「話してなかったか? 魔道具研究会だ。新作魔道具の研究だぞ」
「新しい魔道具を……使ってみる部活?」
「ローズ、ラボさんとこは、新しい魔道具を開発しているんだ。ウチの所長が面白がって、いろいろな物を買ってるんだぜ」
「えっ? あ、そういえば、事務所には魔道具がたくさんあったわね」
(すごく、散らかっていたわね)
「リュウさんには、いろいろな意見をもらってるんだぞ」
「へぇ。えっと、リュウさん?」
「あれ? ローズは、所長の名前も知らなかったのか? 所長は、リュウって名だよ」
「そうなんだ。名前、知らないなと、思っていたのよね」
「ふぅん、ローズ、まだまだ先は長そうだな。頑張れよ」
「えっ!?」
「どうしたんだ? 先が長い? まさか部活に入るよりも探偵になりたいということなのか? まぁ、それも悪くないとは思うぞ」
なぜか、寮長がしょんぼりしているように見えたが、まぁ、気のせいかもしれない。私は曖昧な笑みを浮かべた。
「ラボさん、とりあえず、預かった魔道具は所長に渡しますね」
「あぁ、よろしくな。ホームルーム中に悪いな」
「大丈夫ですよー。ウチのクラスは、問題ないですから」
「そうみたいだな。荒れてるクラスは、ホームルームはいつも反省会だからな〜、あはは」
そう言うと、寮長は、ホールの方へと去っていった。
「アルフレッド、ホームルームって、何のためにやるのかしら」
「仲良くするためだぜ? 説明しなかったか? この学園は、すべての種族が親しくなることを目指して建てられたからな。ホームルームが、ある意味、一番大切な授業なんだよ」
「なるほど、確かに、互いに理解することができれば戦乱は起こらないわね」
「あぁ、このクラスは、ローズの封印のおかげで一つにまとまったよ。感謝してる」
「え? そんなの関係ないわよ。逆に私の方が、自分のことに巻き込んでしまったようで、少し心苦しいわ」
「へぇ、やっぱ、おまえ、いい女だな。あっ、変な意味じゃなくて、キチンとしているというか……」
なぜか、アルフレッドは慌てていた。よくわからないけど、まぁ、気にする必要もないわね。
「よし、みんな、今日は早く切り上げるぞ。暇な奴は手伝ってくれ。今夜の闇の放出に合わせて、祭りがあるんだ。今回は城壁内の店や事務所が、祭り実行担当なんだ」
「じゃあ、ミッション出てるか?」
「バートン、出てるはずだ。暇ならギルドにこれから行こうぜ。ランクは関係なく受注できるから、新人冒険者でも大丈夫だぜ」
アルフレッドは、私の方をちらっと見て、頷いた。これは、絶対に受注しろということね。
たぶん、私が所長と会う機会を作ろうとしてくれているのだと思う。シャラさんがニヤニヤしているから、きっと間違いないわね。
「じゃあ、ホームルームは終了! ギルドに行くぞ」
(初ミッションだわ……)




