5、三年前の告白
私が見る夢にはいくつかのパターンがある。なぜか、先輩と話した夜には、夢の中でも男友達と話をしていた。
夢の中の私は、男友達に対する恋心に気づいた日に、彼から恋人ができたのだと告げられる。告白する前に失恋してしまうのだ。そのときに感じた胸の痛みは、朝、目が覚めるとともに忘れてしまう。
でも、いま、私は気づいたのだ。
これは……この胸の痛みは、夢の中で感じた痛みと同じだ。私は恋をしているんだ。私は……私は、先輩のことが好きなんだ。
(おかしい、こんなこと……ありえない)
やはり、呪いのせいなのだろうか。
私の種族、アマゾネスの女性は、恋愛感情などは持たない。そもそも、男はすべて下僕なのだ。対等であるわけがない。ましてや、心を奪われることなど、ありえない。
恋愛というものは、下等な他の種族がするものだと、母から教わったことがある。アマゾネスに生まれた男は、下等な生き物だ。だから、彼らも恋愛感情を持つらしい。
私は、アマゾネスの次期女王だ。まさか、そのような下等な種族と同じ感情を抱くわけがない。
「それは、どういう意味かしら? あの時というのは?」
「反論のような言い方をしてしまいました。ローズ様、申し訳ありません」
「責めているわけではないわ。私の記憶を整理したいのよ。呪いのせいか、頭の中がごちゃごちゃなの」
「えっ? そうなのですか…。心配です、無理はなさらないでください」
ドクン!
また、私の胸が痛んだ。心配だと言われたその言葉に返事をするかのように…。まさか、音が聞こえていないだろうか。
彼は、私をとても心配そうに見ている。でも、私のこの感情には気づいていないようだ。当然か…。
アマゾネスの女性は、同じアマゾネスに生まれた男を、人扱いさえしないのだから。
「それで、あの時というのは?」
「あ、はい。武術学校の頃のことです。今から三年ほど前、私が16歳の成人を迎えたときに、ローズ様に私の想いを告げました」
「私が13歳の頃ね?」
「はい」
「あなたが、私に何を言ったのかしら」
「えっ……えーっと…」
「忘れたの?」
「いえ、鮮明に覚えています」
「話してちょうだい」
私は、全く覚えていなかった。あの頃は、先輩は、私にとっては越えることのできない壁だった。
何度対戦を挑んでも、必ず私が負ける。そして、彼は勝つと、ニカッと子供のように無邪気に笑うのだ。
その顔に、あの頃の私はイライラした。でも、なぜか、妙な胸の違和感も感じていたのだ。
今思えば、私は、あの時から先輩に恋をしていたんだ。私は、その違和感の原因を知らなかっただけなんだ。
「ローズ様、大変無礼な話なのですが…」
「構わないわ。私は自分の頭の整理をしたいのよ」
「かしこまりました、お話いたします」
私は頷いた。先輩は少し黙った後、口を開いた。
「あの頃、私は、いくつかの家の伴侶にというお話をいただいていました。私の母は、その中からもっとも地位や名声の高い家を選ぼうと、いろいろと検討していたようです。男は20歳をすぎると、そのような話はなくなります。だから、若いうちにと母も考えたようなのです」
「そう」
「ですが、私は、ローズ……さんのことが…。コホン。私はローズ様に、恋をしていました。ローズ様の模擬練習のお相手をすることが楽しくて仕方なかった。ずっと、一生、ローズ様のお力になりたいと思っておりました」
私はドキッとした。だが、平静を装った。
「それで?」
「はい。それで、ローズ様に、私の想いを告げました。私を伴侶の一人に加えていただきたいと申し上げました」
ドキン! 私は、強い痛みを感じた。
「私は何と答えたの?」
「はい……ローズ様は、そんな将来のことは考えていられないと、おっしゃいました。伴侶となる男は、お母様が、女王陛下が適当に選ぶんじゃないかと…」
(あー、そんなことを言った気がする…)
「そう、それで?」
「私は悩みました。ローズ様が成人になられる頃には、私は19歳になってしまう。そのときに、私が選ばれなければ……私が20歳になってしまえば、おそらく家を追い出されることになります。アマゾネスの国を出るしかなくなる…」
「まぁ、普通は出て行くわね」
「はい、そんなときに、女王陛下から、伴侶の話をいただきました。私の母は舞い上がり、その場ですぐに了承したようです。私は、ローズ様のことを話しましたが、母は聞き入れてはくれませんでした」
「そうね、男が意見を言っても無駄だわ」
「ですが、私は少し落ち着いて考えていて、これが最善だったと気づきました」
「どういうこと?」
「女王陛下の伴侶になれば、ローズ様のお力になることもできます。近くにいることで、お支えする機会もあるかもしれない。それに、女王陛下は、ローズ様と似ていらっしゃる。だから…」
「だから?」
「ローズ様への気持ちは変わりません。ですが、今では女王陛下のこともお慕いしております。ただ……あの時、ローズ様が伴侶になれとおっしゃっていたら、私はどれほど幸せだったでしょう」
「そう…」
私は、過去の自分を呪いたくなった。なぜ、伴侶の一人に加えると言わなかったんだろう。そうすれば今頃…。
「申し訳ありません、ローズ様。お優しいですね、そんな顔をさせてしまって、本当に申し訳ありません。私はどうすれば…」
私が自分を責めていたのを、同情だと勘違いしたのだろう。彼は……先輩は、オロオロとし始めた。冷静沈着な人なのに、そんなに狼狽するだなんて…。
「そんなんじゃないわ。気にしないで」
「はっ、ありがとうございます」
「あの頃の私は子供だったのよ。先輩のことを伴侶にすると言っておけばよかったわね」
「ローズ様…」
「もう、いまさらだわ。あなたは母の伴侶ですものね。母の所有物を、母の存命中に奪うことなどできないわ」
「ええ、他の種族のような離縁はできません」
「そうね、それに先輩は、私の妹の父親だもの。母の寿命が尽きても、他の誰かの伴侶にはなれないわ。女の子なんか授からなければ、いつか自由になれたのに…」
「ローズ様…」
「まぁ、いろいろと整理できたわ」
「お役に立てて、よかったです」
そう言うと、彼はニカッと子供のように笑った。
ドクン!
私は、また強い胸の痛みを感じた。そう、この顔だ。私が好きな先輩の笑顔。
「あ! し、失礼しました。下品な笑い方を…」
「別に構わないわ」
ガラガラッ!
訓練場の引き戸を開けて、何人かの近衛兵が入ってきた。それと同時に、訓練をしていた新兵が訓練を中断した。
「近衛兵が来られましたね。では、私は失礼いたします」
「ええ」
彼は、私にバスケットを渡すと、丁寧にお辞儀をして、訓練場から出て行った。
(これって夢と同じじゃない……はぁ、最悪)
「ローズ様、訓練ですか? よろしければ、私がお相手を務めさせていただきたいのですが」
私を見つけた近衛兵の一人が、声をかけてきた。彼女は、近衛兵の中でも剣筋が鋭く、ダントツで優秀だ。この城の中で、私が勝てない唯一の兵だ。
「そうね、いいわよ」
私は、バスケットをその場に置いた。先輩が持ってきたバスケットだと意識する自分に苛立ちを感じた。
(考えていても仕方ないわね)
私は、模擬剣を手に取り、近衛兵達の方へと向かった。新兵達が注目しているのがわかった。
ぶざまに負ける姿を、新兵達に見られるのも抵抗がある。でも、だからと言って、彼女達を訓練場から出すわけにもいかない。
(もう、どうでもいいわ)
私は、目の前で構える近衛兵を見た。彼女は余裕のある笑みを浮かべている。彼女は、私には越えられない壁だった。先輩と同じだ。
そこで私は、ハッとした。なぜ、先輩の顔を思い出すのだろうか。
(壁を越えなければ!)