49、街長と幻術士と魔人
「ローズさん、リュックくんは、いつもこんな感じだから、気にしないで大丈夫ですよ。口説くのは、こんにちはの代わりみたいなものですよ〜」
「ルークさんも、彼と親しいの? くん呼びしてるけど」
「あー、そっか。えっと……あのバーには父さんが……じゃなくて、えっと、あー、話が難しいな」
(話してはいけないことがあるのかしら)
「ルーク、回りくどい言い方しないでもいいんじゃねーの? アイツも自分から言わないだけで、別に隠しているわけじゃねーぜ?」
「まぁ、そっか。そうだよね。言ってはいけないのかと思って、ローズさんに隠していたことがあります」
ルークは、まわりを確認していた。それぞれみんな行動に移っていたので、ここでボーっとしていたのは、採取班のガード担当の私達だけだった。
私は、ガード対象の採取班が少し離れてしまったのが気になったが……。
「ローズさん、あちらに歩きながらお話します」
「ルーク、一言で済む話じゃねーか。あのバーのマスター、ライトは、この街の長だ。そして、ルークの父親は、ライトの主君だから、親しい付き合いがあるんだ」
「えっ!? 街長って、頑固な爺さんじゃないの!? それに、神戦争を終結させた規格外の戦闘力があるはずじゃないの? マスターは、そんな感じは全くなかったわ」
「アイツは見た目はほとんど成長してないぜ。半分アンデッドだからな。本人は、渋いおじさまになりたいらしーけど。白魔導士だから、通常時の戦闘力は低い。怒るとハンパねーけどな」
「ええっ……」
「リュックくん、ローズさんはアンデッドが苦手みたいだし、そんなことを言うと……」
「事実じゃねーか。コソコソ隠すよーなもんじゃねーだろ。それに、コイツはライトとは同郷みてーだからな。隠し事なんてない方がいいに決まってんだろーが」
(あの優しそうな少年が……?)
確かに、マスターは、半分アンデッドだと言っていたわ。でも、怒ってもそんなに戦闘力なんて上がるものじゃない。私の頭の中では、あの少年の雰囲気と、街長の噂が、どう考えてもかみ合わなかった。
「じゃあ、ローズさんに関わっているライトさんの関係者の話も整理しておきましょうか。ローズさん、その封印を解いた幻術士のカースさんは、ライトさんの配下です。そして、そのカースさんを呼んだ探偵は……誰かに似てるんですよね」
ルークは、失礼なカバンをちらっと見た。まさか、所長がこのカバンだと言うんじゃないでしょうね。あまりにも大違いよ。
「ねぇ、シャインなら、探偵の素性を知っているんじゃない?」
「ほへ? ぼ、僕ですか!? はわわ、えっと……」
シャインくんは、困っている。ルークとカバンを見比べて、オロオロしていた。
「ルーク、探偵の素性を明かすのは営業妨害になるんじゃねーの? そんなことより採取班と、かなり離れちまってるぜ」
私達は、採取班の方へと少し急いだ。確かに離れすぎるのはマズイ。
歩きながら、私は混乱していた。でも、あのバーのマスターが、何か言いにくそうにしていたことがあったのを思い出した。
(自分が街長だとは言えなかったのか……)
どんな客がいるかわからない場所で、確かに素性を明かすのはマズイかもしれない。だが、隠されていたことに私は苛立ちと寂しさを感じた。
だけど、もし、あの時、街長だと明かされたら、そんな雲の上の神族に、気安く話しかけられなくなる。それにバーにも行きにくくなる。
彼はバーの仕事をとても楽しんでいるように見えた。だから、素性をあえて言わないようにしているのかもしれない。
(でも、近いうちに、一言文句は言いたいわね)
ということは、このカバンの主人はマスターだと言っていたわよね? コイツは、マスターの配下……街長の配下は、確か、有名なのは二人よね。
ペンラート星の神の後継者だと噂される幻術士と、女神様の魔力から生み出された魔道具から進化した魔人。
(もしかして、この失礼なカバンは……)
「ローズさん、ダダ漏れです……。そう、リュックくんは、女神様の魔力から生み出された魔道具『リュック』なんですよ」
「えっ? あ、また思念が漏れていたのね。ルークさんには、何でも知られてしま…………あっ! も、もしかして?」
「はい、聞こえてしまいました。だから、探偵の素性を聞き出そうと思ったんですけど……お節介でしたね」
「そ、そう。いえ……」
「大丈夫です。クラスメイトは誰も気づいていません。それに、ライトさんは念話が苦手だから、たぶんシャインもわかってないです。シャインはライトさんに、とても似ているので」
「そう……」
「リュックくんは、どこまでわかっているかは不明です。でも、魔人は感情を持たないから、たぶん理解はできていないと思いますよ」
「そう。ルークさんはアイツが所長さんだと思ってるの? ぜんぜん似てないわよ」
「そうですよね、人族からみれば、全く似ていないですよね。でも、俺、リュックくんの能力をサーチできないんですが、あの探偵の能力もサーチできなかったんです。俺、サーチ能力は高いのに…」
「それで、同一人物じゃないかと思ったのね」
「はい。でもまぁ、この街には俺が敵わない人も多いので、不思議なことでもないんですが」
「きっと、別人よ。見た目はごまかせても、性格までは変わらないわ。全くの別人よ」
「そうですよね。リュックくんはチャラ男ですが、あの探偵は落ち着いた雰囲気ですもんね。なのに、なんだか、引っかかるんですよねー」
ルークは、うーむと考えている。魔族の視点は、私とは異なるのかもしれない。
私達が話しながら向かっていたため、シャインくんとカバンとの距離が少し離れてしまっていた。
タクトは、私達の少し後ろにいる。会話を邪魔しないように下がっているのだろう。配下志願者としては、よい行動ね。
ドドドドッ!
突然、横から何かが突進してくるような音が聞こえた。それと同時に、地面が揺れた。地面の中に何かいる?
「採取班が、変なものを突いてしまったみたいですね」
そう言いつつ、ルークは嬉しそうな顔をしていた。
「何が出てくるの?」
「この島にだけ居る変異種です。ミミズが巨大化したんだと言われています」
「ミミズ!? えーっ?」
「美味しいんですよ。ついてますね!」
「食べるの? ミミズでしょ?」
キュルルと音が鳴った。ルークは、少し恥ずかしそうな顔をしている。
「すみません、想像するとお腹が空いてきました」
(ほんとに食べる気……のようね)
採取班が、ギャーっと叫び声をあげていた。私達は、慌てふためく採取班の方へと駆け出した。あれ? シャインくんとカバンが居ない?
地面から現れたミミズ……いや、ミミズじゃない。人の三倍ほどのワームだった。大きな口を開けて、威嚇している。人を丸呑みしてしまいそうな大きな口だ。
「ローズさん、行きましょう! 美味しそうですっ」
「ええっ? 不味そうだけど〜」
私は剣を抜いて、ワームに向かって行った。ふわっと魔力に包まれる感覚があった。振り返るとタクトがバリアを張ってくれたらしい。
「口の正面に立つと、だ液を飛ばしてきますから気をつけて。バリアを通り抜けて、服や皮膚が溶けますから」
「わ、わかったわ」
私はワームの後方へと回り込んだ。
ルークも剣を抜いていた。速い! ワームを引きつけ撹乱しているようだ。
私が、タン! と地を蹴ると、ルークはそれに合わせた。
そして確かな手ごたえと共に、ワームはドドッと崩れ落ちるように倒れた。
ルークは、すぐさま、ワームの頭を斬り落とし、火魔法で燃やしていた。
「頭は、すぐに毒性に変わるんですよ」
「そうなのね。しかし、一瞬だったわね」
「ローズさんが、一緒だと楽でした。一人だと、たまに逃げられるんですよね」
(こんなのをソロで狩るの!?)