47、登校時の騒動
「ローズ、そろそろ行かないと遅刻よぉ〜」
「もうそんな時間? じゃあ行くわね、マリー」
「はいはーい、いってらっしゃーい」
笑顔で手を振る管理人マリーは、普通の少女に見えた。でも確かに、まわりにいる学生達は、彼女に気を遣っているようだ。
(妙な気遣いをされるのも、居心地悪いわよね)
学園の門をくぐると、十数人の人だかりが目についた。なんだか嫌な予感がする。私は、その人だかりに近づいて行った。
「僕は、ほんとに見てないから」
「見てなくてもわかるだろ? 獣人のくせに、なんだよ。だいたい、おまえみたいなガキが学校なんか来るんじゃねぇよ」
「僕、これでもキミより長く生きてるもん」
「うぜーんだよ」
小さな男の子を、4〜5人の男が取り囲んでいる。もしかして、シャインくん? 小さな男の子はうつむいていて、顔が見えない。
私は取り巻きの一人に声をかけた。
「一体、何の騒ぎなんですか?」
「あぁ? いつものことだ。あのチビ、しょっちゅう誰かに絡まれてるんだよ」
「なぜ?」
「さぁな。まぁ、嫉妬だろうな。あのチビ、やたらと女の子にモテるからな。と言っても、ペット扱いされてるけどな」
「そう……」
やはり、シャインくんだ。イジメられていると言っていたのは事実のようだ。男の嫉妬か……。
関わるべきではないと思ったが、入学式の日に握られた小さな手を思い出した。種族的にはまだ赤ん坊だったわね。赤ん坊なら、すぐに泣きべそをかくのは当たり前だわ。
私は、彼らに近づいた。サーチができない私には、相手の戦闘力はわからない。下手をすれば剣を抜くことになるかもしれない。私は剣術は評価C。この学園には、私より強い者は多い。
「あなた達、何を騒いでいるの? そろそろ始業の時間よ」
「なんだ? おまえ。新しい教師か?」
「私は、学生よ。あなた達もでしょ? さっさと自分の行くべき場所へ移動しなさい」
「ほぅ、優等生のお嬢さんか? ふん、俺達に遊んでほしいのかぁ? くっくっ」
(無礼ね……)
小さな男の子が顔をあげた。私を見て、あっ! と小さな声を出した。やはり、シャインくんね。
「はぁ? 知り合いか?」
「あら、おはよう。シャインくん」
「おはようございます、えーっと……」
「ふふっ、ローズよ。ミューの友達」
「あー! ミューちゃんと仲良しのお姉さん」
私はやわらかな笑顔を浮かべた。そうしないとシャインくんは怖がる。
「シャインくん、授業は?」
「はい、今日は座学を何か受けようと思いまして」
「じゃあ、一緒に行きましょう。私、まだ校内よくわからないのよ」
「じゃあ、ご案内します!」
シャインくんはホッとした顔をしていた。だけど、取り囲んでいた男達は、しつこかった。
「また、女に世話されてるのか! クソガキ」
後ろから怒鳴られ、シャインくんは、びくっとしていた。こんなんだから、イジメられるんだろうけど……。
「あなた達、頭が悪いのね。今の私の話を聞いていて理解できなかったのかしら。私は、彼に校内の案内を頼んだのよ?」
「なんだと? おまえ、女のくせに生意気な……ヒッ」
私は無意識のうちに剣を抜いて、その男の首に刃先を当てていた。
「女のくせにだと!? 小さな子をいじめて楽しんでいるクズがっ!!」
私は、我慢の限界を超えていた。私からは、殺気が溢れていたのだろう。剣を当てている男の額には、脂汗が流れていた。
他の男達も微動だにしない。賢明な判断だ。向かってこられると、他の男達も斬ることになる。
「あぅ、お姉さん、怒らないで。コイツら、何もわかってないんです」
「シャインくん、下がってて」
「えっ? あ、はい、あの、えっと……」
ふわっと、魔力の流れを感じた。シャインくんが、バリアを張ってくれたようだ。
「くっ、クソ!」
男達は、まだ微動だにしない。
「あっれ〜、ローズちゃん、朝から何やってんだ」
お気楽な声が聞こえたが、無視した。
「ローズさん、学園内で乱闘騒ぎはよくないですよ。やるなら門の外の方がいいです」
声のした方を見ると、ルークとバートンがいた。妙な組み合わせね。タクトも少し離れた所からこちらを見ていた。
「あー! ルーク様だぁ」
「シャイン、おはよう。ローズさん、剣をおさめてください。授業が始まりますよ」
私はそう言われて、仕方なく剣を下ろした。脂汗をかいていた男は、緊張が解けたのか、腰が抜けたようにへたり込んだ。
「て、てめぇ……」
「私の価値観だけで判断するなら、おまえのようなクズは斬り捨てる。だがここは学園だ。今回は見逃す。次はないと思いなさい!」
「偉そうに何者だ! 人族のくせに魔族に刃向かうとは……」
「この学園では、すべてはみな平等だという理念じゃなかったかしら。頭の悪い男ね」
「お、おまえ、何人も殺してるだろう。女の分際で、異様な殺気を放ちやがって」
(やはり、斬るか……)
「ローズさん、ダメですよ。学園内で殺すと停学になります。やるなら門の外で……でも授業が始まりますよ」
ルークが私の前に出てきた。そして、男達をぐるりと見回した。
「あなた達に言っておきます。もし彼女に仕返しや闇討ちをしようとするなら、クラスメイトとして、俺が許しません。俺は、彼女に算術を教わらないと進級できないので」
「はぁ? ガキが舐めたことを。何者だ?」
「俺は、ルーク。大魔王メトロギウスの直系の子孫。父はクライン、母はルーシー。そしてこの子、シャインは俺の第1配下候補だ。この子を潰す気なら、悪魔族が敵になると思いなよ」
「えっ……」
ルークの発言に、その男達だけでなく、まわりにいた学生達も凍りついたようだ。私にはよくわからなかったが、悪魔族が地底の魔族の中で、揺るぎない地位にあることだけは理解した。
あちこち、ざわざわしていた。大魔王の孫だというだけでなく、ルークの両親も有名なようだ。
「ローズた〜ん!」
人だかりの中から、見覚えのある男が飛び出してきた。陶酔しきったような目つきだ。気持ち悪い。確か、王宮仕えの貴族の息子だったかしら。アルフレッドが、粘着質だと言っていた男だ。
「ローズたん、見てたよー。もう俺、興奮が止まらないよ。カッコいいね、ローズたん、クールで残忍な目をして、クゥ〜、いいね! たまらないよ〜」
「何、その呼び方。気持ち悪いわ」
「気持ち悪い? あーん、ごめんね。俺、ローズたんみたいな女性にめちゃくちゃにされ……」
ゴチンと、アルフレッドが殴っていた。いつの間に現れたのかしら。
「ヒューズ! ローズは俺のクラスメイトだ。妙なことを言うなよ。無礼打ちにされるぞ」
「いいっ! いいね、それ! みがわりのペンダント、買っておかなきゃ。いや、やっぱり蘇生してもらう方がいいかな〜」
(この人、頭おかしい……)
「はぁ、さっさと散れ」
「たとえアルフレッド様のご命令でも、俺は……」
「じゃあ、私の命令なら従うのかしら」
「ローズたん! ローズたんの命令なら俺、何でも従うよ。だから、今度一緒にお食事でも〜」
「ヒューズに命じるわ」
「きゃぁ〜、俺の名前を呼んでくれたっ! はいっ、ローズたん、なんなりと〜」
「今後一生、私の前に姿を見せないで」
「えっ!? ええ〜! それだと、一緒にお食事できないじゃない〜。ローズた〜ん」
ぎゃーぎゃー騒ぐ彼を無視して、私は、くるりと向きを変えた。
「シャインくん、案内よろしくねー」
「は、はいっ」
校舎内に入り、掲示板で今日の授業を確認した。
「シャイン、この一般教養の授業って、飯が食べられるやつだよね?」
「えっ? あ、はい、たぶん」
一般教養の授業は、Fクラスになっている。評価はEまでだったはずだけど、書き間違えかしら?
「ローズさん、Fはクラス関係なしの、フリークラスなんだそうです。面白いことをやるクラスだと母が言っていました。みんなで授業を受けませんか」
「ええ、いいわね」
シャインくんも、オドオドしながら頷いていた。
(飯? 調理実習かしら?)




