44、怪盗を目撃!?
私が今まで来たことのないエリアに、イビル大商会の社長の邸宅はあった。高級住宅街のような、大きな館が集まるエリアだ。
「大きな館ばかりね」
「ローズさん、このあたりには、金持ち商人が集まっているんだよ。ベアトスさんの貴金属店があるからだと思うよー」
「クマさんマークの貴金属店? ベアトスさんと大きな館に、何か関係があるの?」
「商人達が、買い付けに行ったり、加工を頼んだりするのに便利だからじゃないかな? あと金持ち奥様の買い物も、近いと頻繁に行けるから」
「ふぅん、そうなの」
「ふふっ、ローズさんは貴金属には興味なさそうだね」
「私は装飾品より、剣や盾の方が気になるわ。シャラさんは貴金属に興味があるのかしら?」
「うーん、私は貴金属よりも、流行りの服の方が気になるかな」
「あー、私、服を買わなきゃと思っていたんだったわ」
「じゃあ、近いうちに一緒にショッピングしようよ〜」
「ええ、いいわね。楽しみだわ」
イビル大商会の社長の邸宅に通じる小道には、ズラリと警備員が並んでいる。私達が通ろうとすると、目つきの悪い男に呼び止められた。
「この先は、個人の邸宅です。ご用件は?」
私が返事をしようとしたのをさえぎるように、アルフレッドが前に出た。
「俺はアルフレッド。俺の爺ちゃんは、イビルの会長と親しくしていたんだけど。ちょっと探しているものがあって、ここまで来たんだ」
アルフレッドは、かなり高圧的な言い方をした。表情もいつもと違って、人を小馬鹿にしたような顔をしている。初対面でこれは、かなり感じが悪い。計算してのことだろうか。
「アルフレッドさん、えーっと、商人仲間ということですか」
「は? 俺が商人に見える? 王宮の王族だよ。国王は、俺の爺ちゃんの兄貴だ」
「えっ!? それはそれは、失礼しました。どうぞ、お通りください」
目つきの悪い男は、コロッと態度を変えた。そして、媚びへつらうような笑顔を浮かべている。この男は、臨時の警備員ではなく、イビル大商会の関係者のようだ。ミッションの冒険者なら、こんな顔はしない。
「おい、みんな行くぞ」
私達に向かってそう言うと、アルフレッドは急に足早に歩いていった。私達は、慌ててその後ろを追いかけていった。
目つきの悪い男のそばを通り過ぎるとき、何かボソっと言っているのが聞こえた。聞き取れなかったけど、良い言葉ではないだろう。
「何? アルフレッド、さっきの……」
「あぁ、商会の奴らには、上からガツンと言わないとな。使えるもんは使う。ローズ、そんな怖い顔するなよ〜。交渉術みたいなもんだからさ」
「何か計算してのことだとは思ったけど…」
「ローズさん、差別意識の高い人族は、魔族と同じです。チカラを見せればおとなしくなる。遠慮したり下手に出ると、つけあがります」
「そう、ね。ほんと、ルークって大人ね」
「いえいえ〜」
ルークは、また照れた様子で、頭をかいていた。こういうところは、10歳の男の子だわね。ふふ、かわいい。
邸宅の門の手前で、再び警備員に呼び止められた。商人ではなさそうだ。ギルドに緊急ミッションとして集めた冒険者のようだ。
「ご用件と、身分証の提示をお願いします」
アルフレッドは、今度は素直に、ギルドの登録者カードを提示していた。
「ちょっと探しているものがあって、イビルの社長なら知っているかと思って来たんだよねー。すんごい警備員がたくさんいるから驚いたよ」
「冒険者か。いまはタイミングが悪いな。出直す方がいいぞ」
「うーん、ちょっと急ぎなんだけどな」
「今は、誰も通すなと言われているんだが……ん? ちょっと待て」
邸宅から出てきた黒い服の男が、警備員達に何か指示を与えているようだった。
「アル、どうする? ここまで来て引き下がるなんて言わないだろうな」
「当たり前だ。いざとなったら強行突破するぞ。ノーマン、全員に結界張れるか?」
「あのなー。バリアじゃねぇんだから…。動く者に結界を張るのは無理だからな。タクトに頼めよ」
「わかった。じゃあ、ルーク、頼めるか?」
「アルさん、タクトは、たいしたバリアは張れないですよ〜。魔防バリアはマシかもだけど」
「こんな人族だらけのとこだから、十分だぜ」
アルフレッドが直接タクトに頼まないのは、ルークに言う方が早いからだろうけど……本人が睨んでいることに気づいてないのかしら。
「あー、おまえら、ここの警備は解除されたよ。ただ、社長は機嫌が悪いんじゃないかな。やはり、出直す方がいいぞ」
「そうか、ありがとうな」
さっき、アルフレッドと話していた男が戻ってきて、私達に警備の解除を伝えた。ということは、やはりロバタージュにある本店に怪盗が現れたのね。
「ローズ、どうする? 本店がターゲットだったみたいだな」
「そうね。何かを盗まれた直後なら、話は難しいかしら」
「いや、逆に今なら喋ってくれるかもしれない。俺、探偵事務所の見習い探偵だからな」
「学生としての方が良くないか? 怪盗研究会とか適当に部活名を名乗っておけば」
「ノーマン、部活名はマズイ。部は申請が必要だから、部の証がある。見せろと言われたらおしまいだ」
「じゃあ、サークルはどうだ? サークル活動なら自由だろ」
「そうだな、それでいこう!」
警備員達は解散し、次々と私達の前を通って、この場から離れていった。邸宅の中からも、たくさんの冒険者風の人達が出てきた。
「あれ? 嬉しいな、ローズちゃん、シャラちゃん、迎えに来てくれたのかー」
「バートン! おまえ、学校サボって何やってんだよ」
「おわっ? アル、何を怒ってんだ? 自由練習は、自由なんじゃねぇの」
「あのなー、フリー練習だったが、参加自由という意味じゃねぇぞ。ったくー」
「アル、怒っても無駄だ。トリ頭は……あ! 何? 鳥?」
ノーマンは、空を見上げて固まっている。だが、ノーマンの目線の先には、特に何もいないようだが…?
ドドドドッ!
「な、何? 銃声?」
「たぶん連射型の魔道具だ。何があった?」
邸宅から、派手な音がしていた。ふわふわと浮かぶ何かに向かって、撃ち落そうとしているようだ。
ふわふわと浮かぶ何かは、その攻撃を遊び感覚で避けているように見える。あれは、人なの?
「あ! アイツだ! 金髪で、銀のハーフ仮面、怪盗アールだ」
「えっ!? ロバタージュじゃなかったの?」
「ターゲットは両方だったんだ。って、ちょ、うわぁ」
「タクト、みんなにバリア!」
「ルーク様、私には、あの……」
この場にいた冒険者達は、あちこちでバリアを張っている。
だが、私達は、まだ張れていない。
邸宅からは異常な魔力を感じた。正気か? こんな場所で大規模な攻撃魔法を放つ気なのだろうか?
(バカじゃないの!?)
私は盾を構え、シャラさんの前に立った。ないよりはマシという程度だ。シャラさんを守れたら、彼女が回復してくれるはず。
「ローズさん?」
「シャラさん、何とか防ぐわ。命を貴女に預けるわ」
「えっ!」
「私が死んだら、蘇生魔法よろしくね」
「そ、そんな……うん、わかったわ」
そして、その時は来た。巨大な炎が邸宅から立ち昇り、次の瞬間、全方位へと一気に放たれた。
私は、盾を持つ手に力を込めた。激しい爆音が辺りに響き渡った。
(あれ?)
だが、予想していた衝撃は来なかった。もしかして、私は再び、炎に焼かれて気づかないうちに死んだのだろうか。
顔を上げると、私の目の前には、金髪の男がいた。その男は私達の前で、マントを広げていた。
「えっ……」
男は、私達の方を振り返った。顔の上半分を覆う銀色のハーフ仮面をつけた明るい金髪の背の高い男だ。
そして、口元にやわらかな笑みを浮かべ、彼はその場からスッと消えた。
(怪盗に、助けられた!?)