43、シャラを追いかけてきた男
食べ放題の店を出て、私達はギルドのあるオフィスビルのような塔にやってきた。
城壁内の虹色ガス灯は、今は青色になっていた。夜なのにギルドが開いているのかと少し心配したが、一部の業務は時間に関係なく取り扱われているそうだ。
ギルドは、夜間は3階だけが開いているそうだ。1階から入ると、小さな卓上のガス灯と案内板が正面に置いてあった。小さなガス灯は、時計の代わりなのだろう。近くには警備員らしき人もいる。
「みんな、エレベーターに乗るぞ」
「アル、階段でいいんじゃないか?」
「ノーマン、知らないのか? この時間は、エレベーターしか使えないんだよ」
警備員らしき人は、やる気がないのか、こちらを見ているが何も言ってこなかった。
みんなでエレベーターに乗ると、降りることが出来る階しか、階数表示がないようだ。3階ギルド、4階レストラン、5階治療院、10、11階は展望レストランか。
「レストランと治療院以外のとこは、入らせてないようにしているってことか。こんな時間に、塔に来たことないからな」
「へぇ、ノーマンって意外に真面目なんだな」
「アル、それは俺を馬鹿にしているのか」
「いや、別に。まぁ夜間だと、この塔は怖い奴らが多いからな。来ない方が賢明だぜ」
「怖い奴らって?」
「ん? まぁ、ローズは怖がらないだろうけどな」
「意味がわからないわ」
「ローズさん、夜は、夜行性の種族が増えるんです。上のレストランは、魔族だらけになります。俺も夜の方が動きやすいですし」
「なるほどね」
(幽霊は苦手なんだけど……まぁ、幽霊は食事なんてしないわよね)
3階でエレベーターを降りると、たくさんの人がいた。私達を見て、腕章をつけた気だるそうな男が、こちらに近寄ってきた。
「時間外ですが、何のご用でしょうか」
「登録者カードの受け取りに来たんだけど」
「あー、そうですか。じゃあ、こちらへどうぞ」
邪魔くさそうにしながら、カウンターの方へと案内された。シャラさんが一緒についてきてくれた。他の4人は、知り合いと会ったらしく、エレベーター前から動かなかった。
ちょうど交代の時間なのか、私を案内した気だるそうな男はいつのまにか消えていて、ガタイのいい男と交代していた。
ゴツゴツしたイカツイ風貌に反して、彼の対応は丁寧だった。学生証の提示を求められ、そして登録者カードを受け取った。
「名前のところに触れると、測定した能力が表示されます。ギルドランクについては、あちこちに表が貼ってありますから、必要であればそちらをご覧ください」
「わかったわ」
「ローズさん、わからないことは遠慮なく私に聞いてね」
「ええ、ありがとう」
(測定した能力、きっとミューが見たがるわね)
「あの、もしかしたら、シャラ様じゃないですか?」
ガタイのいい男は、シャラさんをジッと見ていたが、少し緊張した表情で、シャラさんに話しかけた。
「シャラだけど……誰だっけ?」
「お、俺は、ロバタージュで助けてもらったフセです。あの、派手な裂傷を一瞬で治してもらって…」
(ロバタージュ? あ、商業の街ね)
「あー、酒場でケンカして斬られてた人だっけ」
「は、はい! 覚えていてもらえて嬉しいです。俺、シャラ様がハロイ島に行ったと聞いたから、あの、その……」
ガタイのいい男は、モゴモゴしている。なんだか見た目とは随分ギャップがあるのね。彼は人族ではない。魔族か、もしくは人族と魔族のハーフか。
「そう、こっちのギルドの方が仕事は多いもんね。もう、斬られるようなドジはダメだよ?」
「はっ、はい!」
そう言うと、フセは、顔を赤くしていた。一瞬怒っているのかと思ったが、違った。なるほど、シャラさんを追いかけて、ハロイ島に来たのね。
「ねぇ、あなたって魔族かしら?」
「あ、はい。俺は悪鬼族ですが、悪さはしませんから」
「シャラさんを追いかけてきたのはなぜ?」
「えっ、あ、わ、いえ、別に、追いかけてきた……というか……」
「私は、シャラさんとはクラスメイトなの。妙なことを企んでいるなら許さないわよ」
私がそう言うと、フセはギロリと私を睨んだ。一瞬、背筋がヒヤリとした。彼は、かなり強いわね。鬼系の魔族は、武闘系だから当然か。
「ローズさん、ふふっ、ありがとう。でも、この人はそんなんじゃないよ。悪鬼族なのに、すっごく気が弱いもの。私と目が合うだけで、すぐに目をそらすし」
「それは、彼がシャラさんに好意を抱いているからよ」
「えっ? そうなの?」
シャラさんが、フセに確認しようと目線を向けると、彼はまた赤くなっていた。赤鬼かしら?
「シャラ様は、命の恩人ですから」
小さな声でそう言って、シャラさんにペコリと頭を下げ、彼は奥へと引っ込んだ。
「ね? 恥ずかしがり屋で気が弱いでしょ?」
「うーん。もし、何かあったら私に言ってね。出来る限り、力になるわ」
「ローズさん、ありがとう。心強いよー」
私は、シャラさんにやわらかく微笑んだ。
「おーい、ローズ、終わったか?」
エレベーター前から、アルフレッドが叫んだ。そちらを向くと、手招きをしている。はぁ、失礼ね、その仕草。
シャラさんに促されて、私はエレベーター前へと戻った。ルークが目を輝かせている。楽しそうね。
「ローズさん、すごい発見ですよ! バートンさんが行っているらしき緊急ミッションは、怪盗からの護衛みたいなんです」
「ええっ!? あの怪盗?」
「ローズ、すげーだろ。俺達、めちゃくちゃツイてるぜ」
「場所は? どこの洞窟?」
「ローズ、それは怪盗を呼ぶ場所だろ。怪盗が狙うターゲットは、この街に居るらしいんだ」
「じゃあ、この街に怪盗が現れるのね」
「アルさん、怪盗よりも依頼者を探しましょう。呼ぶ方法がわかるはずです」
「ターゲットはこの街に居るが、怪盗を呼んだ依頼者は、どこに居るかなんてわからないぜ?」
「あ、そっか。じゃあターゲットに、狙われそうな手掛かりがないか、聞きに行きましょう」
「ふっ、ルーク、やっぱ頭いいな。ウチの探偵事務所にスカウトしたいくらいだぜ」
「ターゲットは誰なんだ?」
「ノーマンがひいきにしている大商会だ」
「イビル大商会か?」
「あぁ、予告状では、社長個人と店のどちらが狙われているかは不明らしい。本店がロバタージュにあるから、本店が狙われている可能性の方が高いけどな。支店と、社長の邸宅はこの街にある」
「怪盗は予告状を送っているの?」
「王宮の記録では、見せしめのときは予告状をばら撒いていたらしいが、今もそうみたいだな。本物じゃねぇか。ワクワクしてきたぜ」
「なるほどな。大商会はどこも、悪どい商売をしているからな。狙われて慌てふためいているか。ふん、ざまぁみろって感じだな」
「ひいきにしているのに、ざまぁみろなの?」
「ぼったくられてるんだよ、いつもいつも。おまえには理解できないだろうがな」
「失礼な言い方ね」
「おまえら、ケンカしてないで行くぞ。警備員を緊急ミッションで大量に雇っているなら、社長は邸宅に、この街に居るだろうからな」
「そうね、狙われる相手の手掛かりを聞きに行くなら、早い方がいいわね」
「そんな社長なら、心当たりが多すぎるかもしれませんけどね」
「ルーク、冷静に痛いところを突かないでくれ。わずかでも、手掛かりが欲しいんだからな」
タクトがアルフレッドをキッと睨んだ。だが、もう慣れたのかアルフレッドは、素知らぬ顔をしていた。
「アルさん、すみません。俺、思念読み、頑張ります」
「そっか! ルークはすごい能力があるんだった。ますますスカウトしたくなってきたぜ」
「あはは、光栄ですけど、俺はそういうのは……」
「冗談だって。じゃあ、みんな行くぞ」
私達は、ギルドを後にして、イビル大商会の社長の邸宅へと急いだ。
(何か手掛かりが、つかめればいいけど)




