4、胸の痛み
謁見の間で、私は何人かの男達から、サーチの光を当てられていた。正直なところ、とても不快だった。
だが、私の不調の原因を探るために、母が隣国から招いた呪術士だ。白魔導士ミューよりも呪いについては圧倒的に詳しいはずだ。
あわよくば、呪いの解除をしてもらえるかもしれない。少なくとも呪いの封印を、永久に封じることくらいはできるだろう。
(かなり、時間がかかるのね…)
母は、私と同じくせっかちな性格だ。まだなのかとイライラし始めているのが、少し滑稽だった。
このような人間観察ができるようになったのは、私が成長したということだろうか。
「まだ、時間がかかるのかしら?」
とうとう母は、我慢の限界を超えたようだ。
「女王陛下、申し訳ありません。ちょっとこれは…」
「これは、何だと言うのかしら?」
母が彼らを睨んでいる。彼らは、とたんに緊張し、不安げな表情を浮かべた。冷や汗をダラダラと流している男もいる。だが、誰も作業を再開しようとはしなかった。
「恐れながら申し上げます。王女様には、マナを通さない場所があります。なんらかの呪いの封印が施されているようです」
「ええ、それなら昨夜、白魔導士から報告を受けているわ。だから、貴方達を招いたのよ? それで?」
「それ以上は、我々には…」
「は? 呪術士でしょう? 原因はもう、わからなくてもいいわ。ローズから、その呪いを取り除いてちょうだい」
「いえ、それは、我々には…」
「まさか、できないと言うの? 貴方達、この大陸で一番の呪術国の呪術士でしょう?」
「はい、その中でも高位の者のみで、参上いたしました」
「それなのに、できないと?」
「申し訳ありません。これは、おそらく神が施した術。ならば、神でなければ対処のしようがございません」
「なんてこと……。一体、いつ、呪いなど…」
「かなり古きもののようです。ですが、王女様はまだ16歳。これは、もっと古き封印だと思われます」
「どういうこと?」
「女王陛下、我々には、これ以上はわかりません。申し訳ございません」
この大陸で最も優秀な呪術士にも、わからないだなんて…。それほどの呪いなのか。
私は、この封印が消え、呪いが発動してしまうと、一体どうなってしまうのだろう。自我を失って、誰かに操られるのだろうか。
(そんなことは絶対に嫌だ)
「貴方達で無理なら、一体どうすれば…」
私の嫌な予感は当たってしまった。彼らにもわからないのだ。呪いを取り除くことができないなんて…。
もし呪いが発動して、私が誰かに操られることになると、私はこの国にとって災いとなるかもしれない。
私は、この武闘系の国アマゾネスの中でも、かなり戦闘力は高い。次期女王となるために、幼い頃からずっと訓練を受けてきたのだから…。
そんな私が、秘密裏に敵国に操られでもしたら、この国は崩壊しかねない。
私がこの国の女王なら、私のような者を近くに置いておかない。何か理由をつけて、この呪いが国にとって害がないとわかるまでは、遠ざけようと考える。
おそらく、母も同じことを考えているだろう。私は母と似ているのだ。だから、よく衝突する。だが、この呪いの封印については、意見は一致するはずだ。
「私の呪いを取り除くことができる者は、どこにもいないということなの?」
「王女様、この大陸には、我々を超える者はおりません」
「じゃあ、あちらの大陸……王国側なら?」
「王国側は人族ばかりですから、我々よりはるかに劣ります。いるとすれば、地底に住む魔族の中に…」
「地底?」
「ローズ、地底はダメよ。魔族はチカラこそすべてだと考える種族だから、何があっても頼るわけにはいかない。つけ込まれてしまうと、国が滅ぶことになりかねないわ」
「あっ!」
「何?」
「地上にいますよ。圧倒的に高い能力を持つ幻術士が! 彼は、とある星の神だと噂されています」
「呪術士じゃなく幻術士? どこにいるの?」
「女王陛下、神族の街ですよ。ハロイ島にある湖上の街です。彼は、その街長の配下だったはずです」
「どこかの街長の配下をしているような弱小神なんて、あてにならないんじゃないかしら?」
「何をおっしゃっているのですか、女王陛下。その街長は『神殺し』の二つ名を持つ、女神イロハカルティア様の側近ですよ?」
母は、その呪術士の言葉遣いにカチンときたようだ。彼は、女尊男卑の国で、まさかの失言をした。もし母の機嫌が悪ければ、今頃、彼は命を落としていただろう。
呪術士も、自分の失言に気づいたようだ。一瞬にして、その顔は青ざめていった。
「女王陛下、無礼な言い方をしてしまい、申し訳ございません。大変失礼いたしました」
「今の情報に偽りはないでしょうね?」
「それはもちろんでございます。ただ、足を運んだとしても、なかなか会えないとは思いますが…」
「その街にいるのではないの?」
「彼は変わり者でしてね。人の思考を読むことができるためか、人嫌いなようで…」
「そう…。わかったわ。貴方達は、もうお引き取りいただいて構いませんよ」
「お力になれず申し訳ありません」
「約束の報酬は、お支払いします。この件は、くれぐれも内密にお願いしますわ」
「もちろんでございます。我々はまだ死にたくない…。報酬、ありがとうございます。失礼いたします」
兵から報酬の金貨を受け取ると、隣国の呪術士達は、そそくさと帰っていった。
「お母様、私をその島へ行かせるのでしょう?」
「なぜそんなことを言い出すの?」
「私の呪いの封印が解けたら、私はどうなるかわからないわ。そんな危険な者を、近くに置いておくことができるわけ?」
「嫌な言い方をするのね、ローズ。少し情報を集めるから、あなたは伴侶を…」
「選ばないって言ってるでしょ!」
「もし島に行くなら、なおさら下僕は必要でしょう?」
「邪魔なだけよ、必要ないわ」
そう言うと、私はくるりと母に背を向けた。
「ローズ、ちょっと待ちなさい!」
私は母の呼びかけを無視し、謁見の間から出ていった。
(はぁ、もう最悪…)
私はそのまま、訓練場へと向かった。頭の中がごちゃごちゃだった。何も考えたくない。もう限界だった。私は生まれてくるべきではなかったんじゃないか…。そんなことまでが、頭をよぎった。
ガラッ!
訓練場の引き戸を開けた。中では、アマゾネスの新兵が訓練をしていた。私が入ると、みな、訓練を中断して私に向かって敬礼をした。
「訓練を続けなさい」
「はい!」
私は、剣を振って、雑念を振り払いたかった。だが、新兵では、私の相手はできない。
(もう、ほんと最悪…)
そう心の中で呟いて、訓練場を後にしようとしたところに、一人の男がバスケットを持ってやってきた。
「ローズ様、軽食のお届けに参りました。遅くなり申し訳ありません」
「なぜ、あなたが持ってきたの?」
「食事の間では、来客が…」
「あー、お姉さんが何かやらかしたのね…」
「まぁ、はぁ…」
「ちょうどいいわ。相手をしなさい」
「えっ?」
「新兵しかいないのよ。彼女達よりはマシでしょ? 先輩」
「ローズ様、それはもう三年も前のことですから」
「ふっ、自信がないのかしら?」
「えっと、どうでしょう…」
「じゃあ、勝負ね。私が勝ったら、あなたは私の言うことを聞きなさい」
「ローズ様、勝負などしなくても、私は指示には従いますよ」
「どんなことでも、従うの?」
「私にできることであれば…」
「じゃあ、私の伴侶になりなさい」
「えっ?」
(わ、私は一体、何を言っているの?)
「あ、あれ? 私、何かおかしいわね」
「ローズ……さん、遅すぎます。なぜあの時、そう言ってくださらなかったのですか」
私は、強い胸の痛みを感じた。ドクドクと心臓が大きな音をたてている。
(こ、これって、もしかして夢の中の…)