39、すべてが同じなわけではない
私は、完全に自分の恋心に気がついた。
剣を交えると、口で語るより多くの会話ができる。彼の剣が、私は好きだった。あたたかく、寂しい剣だ。そして、大きな安心をくれる。
きっと、私と彼は似ている。
彼も、何かに縛られている。私がアマゾネスに縛られているように、何か逃げられない役割を持つのだろう。
そして、孤独と戦っている剣だ。私と同じく自分の居場所を探しているのかもしれない。
(そういえば、名前も知らないわ)
「ふふ、ローズさんは予想以上でした。俺は貴女の剣が好きですよ。最初の一撃で、まっすぐな、迷いのない人だと思いました。初撃が一番よく性格がわかりますからね」
ドキン!
(剣が好きって……いや、ただ、褒めてくれただけね)
「所長さん、ありがとうございます。私も所長さんの剣は好きですよ。どこに打ち込んでも、必ず受け止めてくれる安心感があったわ。隙のない、勝てない相手だと思った……でも、なんだか私達、少し似ているわね」
「そうですね。ローズさんのことは初めて見たときから、自分に似ている部分があると思っていましたが、剣を交えると、より一層それを感じましたね。ますます興味がわいてきましたよ」
「えーっと、興味ですか?」
「ふふ、俺、ローズさんのことを気に入ってるんですよね」
(えっ!? それって……)
ジッと、まっすぐに見られて、私は頬が熱くなるのを感じた。眼鏡の奥の瞳が優しい。あれ? 以前に会ったことがあるかしら? なんだか少し……いや、前世の記憶と混ざっているのかもしれないわね。
「所長〜、ローズをスカウトする気ですか。探偵なんて、女の子にはできないですよ〜」
(何? やはりアルフレッドは男尊女卑?)
「アル、その言い方は、男女差別ではないですか。ふふ、探偵事務所にスカウトするのもいいですね」
「うん? 気に入ってるって、そっちの意味ですか? 所長、ローズがアマゾネスだってわかってますか」
アルフレッドは、とても驚いた顔をしていた。
そうね、アマゾネスは恋愛はしない。それに、男はすべて下僕だと考えている。そんな女尊男卑の種族の女を気に入ったなんて…。
「わかっているよ。でもアル、それは差別だよ。アマゾネスだからといって、すべてが同じなわけではない。偏った価値観を押し付けるのは、どうかと思うんだよね」
「あー、所長はまたそれですかー。こないだ、魔道具から進化した魔人に絡まれたときも、同じことを言ってましたよね。魔人だからって、すべてが同じなわけではないって」
「そうでしたっけ? まぁ、女神様が生み出す処刑人と呼ばれる魔人は、すべて同じですけどね〜」
「その魔道具から進化した魔人って、失礼なカバンのこと?」
私は気がつくと、話に割り込んでいた。この街に来てすぐに、あのバーで会った失礼な男のことかと確認したかったのだ。
「カバン? あー、確か魔法袋が魔人化したんだっけ? 小悪魔レイって」
「小悪魔レイ? 女性なの?」
「ローズ、魔人に性別はないんだぜ? 男の姿をしているときもある」
「やはり……」
「ローズさん、魔道具から進化した魔人は、この街には何体かいますよ。すべてが同じではありません。性別のある魔人もいますよ」
「所長、それはおかしいですよ。王家に伝わる伝承でも、そんな魔人は記録されていません」
「アルのお爺さんならご存知だと思いますよ。特殊な育てられ方をすると、異質な魔人が生まれてしまうこともありますからね」
「あ、そっか。所長は神族だった。神族っぽくないから、すぐに忘れてしまう…」
「ふふ、褒められたのかな?」
「親しみやすいってことですから。俺も所長を見習って、だいぶ変わりましたからね」
「アルは、この街に来たときと比べると、確かに、かなり変わりましたね〜。あ! 俺はそろそろ行かないと。ローズさん、ありがとうございました。皆さん、お邪魔しました」
そう言うと、所長はにこやかに微笑み、ホールから出て行った。私は、彼の後ろ姿を目で追ってしまう自分に、苛立ちを感じた。
(マズイわね……私はアマゾネスなのに)
「そういえば、バートンはどうしたんだ?」
「トリ頭なら、昨日ギルドで見たけど」
「ノーマン、もしかして、アイツ、緊急ミッションを受注していたか?」
「3階だったから、そうかもな」
「いきなり、サボりかよ。まぁ、今日はクラス単位の剣術フリー練習だからいいけど」
この後、私達は、剣術の練習を始めた。それぞれ担当を決めていたから、私はシャラさんに付いた。
まずは、剣の握り方からおかしかった彼女に、子供の頃に近衛兵から指導されていたように、一から教えた。
私は子供の頃、確か3歳の誕生日から、剣の練習がまるで楽しい遊びかのように指導されていたのだ。
「ローズさん、楽しいっ!」
「シャラさん、楽しむことが一番だわ。あ、背筋を伸ばして。落っこちちゃうわよ」
「はーい。あははっ」
ホールの横には、銅貨1枚ショップがあった。そこで、持ち歩き用の皮の水筒と、チョークのようなものを買ってきたのだ。中に水を入れると、皮袋はまるで水風船のように、ふくらんだ。
「ルーク、あいつら、何やってんだ?」
「んー、バランスの練習じゃないでしょうか。ノーマンさんも、やってみますか」
「誰があんなこと」
「でも、理にかなってますよね。へぇ、人族の訓練っておもしろいですね」
「アマゾネスだけだろ」
その水風船は、いま彼女の頭の上に乗っている。チャポチャポと歩くたびに揺れるので、落とさないようにするにはバランス感覚が必要。頭上の水風船を落とさないようにしながら、私が床に描いた線の上を歩く遊びだ。
だがこれは意外と難しい。前を見ていないと水風船が落ちるし、下を向かないと線が見えにくい。バランス感覚と視野を広げる訓練だと近衛兵は言っていた。
「暇なとき、やっておいてね。じゃあ、次は、剣を使ってみましょうか」
「はーい」
シャラさんは、頭の上の水風船、皮袋の水筒を掴むと、持っていた魔法袋にサッと入れた。
(私も魔法袋が欲しいわ)
ミューがくれたアイテムボックスがあるけど、魔法袋は中身がすぐにパッと出てくるし、触れるだけでサッと収納できる。いちいち開いて収納する必要がないのだ。
でも魔法袋は、腰に下げて使うため、盗難の危険が高い。一方、装着型のアイテムボックスは、主人と認識した者の魔力を使わないと開かないので、盗難の危険は少ない。
だから、貴重品は、アイテムボックスに入れる方がいい。いま、私の荷物はすべてアイテムボックスに放り込んであるんだけど。
「ローズさん、これでいいかなー?」
「ええ。自由に打ってきて。私は防御だけをするわ。私に当てることができたら、評価Dになれると思うわ」
「え〜っ? いいの? 模擬剣でも当たると怪我するよ」
「大丈夫よ。怪我をしたら、シャラさんが治してくれるのでしょう?」
「うん、任せて!」
シャラさんは、私の予想よりも格段にセンスがよかった。冒険者一家だったわね。でも、彼女は私の予想よりも格段に体力がなかった。
「ローズさん、もう無理……」
「よく頑張りました。明日は筋肉痛かしらね。シャラさんは、もう少し体力をつける方がいいわ。あと、腕力もね」
「うん〜。よく言われるよー」
「でも、センスは悪くないわ。もう少し腕力をつければ、すぐに評価Dに上がるわよ」
「えっ? ほんとに? 戦闘は諦めろと言われてたよ?」
「本当よ。戦闘民族の私の言うことが、信用できないかしら?」
「あはは、ローズさん、なんだか雰囲気変わったねー」
「そう?」
「うん、なんだかお茶目になったよー」
「お茶目?」
「うんうん、親しみやすい感じというか……。ちょっと近寄りがたい雰囲気だったから」
(えーっと、これは褒めてくれたのよね?)