36、封印に秘められた言葉
私はミューにどうしてもと言われて、卵料理を少し交換して食べていた。私の方はベーコンエッグ、ミューの方はベーコンとスクランブルエッグだった。
スクランブルエッグも美味しかったが、私はやはり、目玉焼きをとろりとベーコンに絡ませて食べる方が好きだった。
ミューは、目玉焼きを目玉のようで怖いと言っていたくせに、私とはんぶんこしたいと騒ぐので少し交換したのだ。
ミューは、フォークで目玉焼きをぐちゃぐちゃにしてから食べていた。そんなに怖いかしら?
そして、とろりとした卵に、しかめっ面をしている。
この世界では、卵を生食する文化はない。危険だからだ。半ナマの状態で食べることもない。この卵は、大丈夫なのだろうか? とても新鮮で美味しいと思うんだけど…?
「卵は、神族の一人が、地球の日本という国に買いに行っている。それを魔法袋で保存しているから、生食でも大丈夫らしい」
(頭の中を覗かれた?)
話しかけられた幻術士の方へ振り向くと、彼は隣のテーブルで、卵かけごはんを食べていた。焼き海苔や漬物、あと、冷や奴や焼き魚も見えた。和朝食だ。
「別に覗いているつもりはない。おまえは思念がダダ漏れなんだ。それに、焼き魚ではない。みりん干しだ」
「そ、そう。みりん干し……。それも日本のものね?」
「あぁ、少しあぶってあるのが絶妙だ」
「へぇ。和食ってこの世界の人の口にも合うのね」
「俺の口に合わせて、マスターが味を調整しているからな。最初は不味かった」
「そ、そう」
店は、そろそろバーの閉店時間らしい。客が重い腰を上げて、帰っていった。
マスターは、気を利かせてくれたのか、店員に休憩に行くようにと言って、外へ出していた。
「食べ終えた食器はそのまま置いておいてください。カフェの開店時間に片付けますから。2階に宿泊している人は今日はいませんから、ガス灯がオレンジ色になるまで、人は来ませんので安心してくださいね。では、ごゆっくり〜」
「あ、お会計は…」
「また今度でいいですよ〜」
やわらかく微笑んで、マスターは、何かの魔道具のスイッチを入れ、そのまま階段を上っていった。
幻術士は、和朝食を食べ終わると、私のテーブルへと移動してきた。
私はまだ、カフェラテを飲んでいたが、私のトレイを見て、食事が終わっていることを確認すると、彼は話を始めた。
「茶を飲みながらでいい。おまえに話しておくことがある」
私はカフェラテを一気に飲み干した。ミューは、ミルクティーのカップを握っていた。
「お願いするわ。記憶を思い出すために、私を前世に戻したのね」
「あぁ、思念だけだがな。そのせいで前世の記憶の方がおまえの頭の中で、今の記憶より鮮明になってしまったから、少し時間軸を調整した。少しずつ、前世の記憶は過去のことだと整理できてくるはずだ」
「確かに混乱したけど、今はもう大丈夫よ」
「まぁ、俺の仕事だ。失敗することはない」
(すごい自信…)
「前世に思念を戻して無事に帰って来させるなんて、ほんのひと握りの幻術士にしかできない高度な術ですよー、ローズ様〜」
「そう、なの?」
「ふん、閉鎖的なアマゾネスにも、一応少しは知っている奴がいるんだな」
そう言いつつも、幻術士は少し口元を緩めていた。
(喜んでいるのかしら?)
私の思念がまた漏れていたのか、ギロッと睨まれた。体調が悪そうな白い顔で睨まれると少し背筋が冷たくなる。身の危険を感じるのとは違った、ゾンビでも見たようなヒヤッと驚いたような感覚だ。
「つまらぬことを考える余裕ができたようだな」
「あ、失礼…」
「はぁ。単刀直入にいう。おまえの封印はまだ解けていない」
「えっ? なぜ? 前世の記憶は鮮明に戻っているわ」
「自分がなぜ死んだのか、わかっているのか?」
「えっと、隕石が近くに落ちて、火の手が広がって…」
「ローズ、そのとき死んだのは、おまえだけじゃない」
「あの店にいた人達も、でしょ?」
「あぁ、あの星にいたすべての生き物が死んだ」
「…………えっ? どういう意味?」
「地球といったか? あの星は、他空間での戦争に巻き込まれたんだ。おまえが最後に見たものは、どこかの魔導神が放った極炎魔法だ」
「壁が揺れていたオレンジ色の…?」
「あぁ、あの一撃で、あの星は消滅した。おまえが見た数十秒後には、あの星は爆発したんだ」
「えっ……ええーーっ!?」
私は、頭が真っ白になった。う、嘘っ! いやでも、確かにあのとき、魔法なのじゃないかと感じたわ。
でも、まさか、地球が消滅!?
「ふん、やっぱりな。それが条件だったようだな」
「な、何?」
「おまえの記憶が戻っただけでは、封印は消えなかった。まだ必要な情報が揃っていないということだ」
「え?」
「俺はおまえが眠っている間に、俺自身の思念を、おまえが居た星へと移動させた。ちょうど、おまえの思念がこちらに戻るのと入れ替わるようなタイミングでな」
「そんなこと、できるの?」
「簡単なことじゃない。かなり消耗する。だが、封印を解いてやると言ったからな。そして、あの星が消滅していることを知った」
「そ、そう。でも、魔法だとわかるの?」
「俺がそれで調査を辞めるわけないだろ。そこから時空を超えて、おまえがまだあの星にいる時間に移動した。すると、宇宙を様々な攻撃魔法が飛び交っていた。その一つがあの星に直撃したんだ」
「なっ?」
「あの規模の戦争は、おそらく神々の戦争だろう。運悪く巻き込まれたんだ。あの星の神に強大な魔導能力があるなら、星に結界やバリアを張って防げたはずだが、魔法のエネルギーとなるマナさえ存在しない星だからな」
「地球に、この世界のような神なんていないわ」
「いや、いる。すべての星は誕生とともに、それを統治し守る神が生まれる。神の命は星の命と繋がっているのだからな」
「じゃあ、地球の神は、死んでしまったの?」
「本来なら、完全に消滅しただろうが、希望を託したようだな。おそらく波長のあった数百人程度の魂に、仕組んだんだよ、封印をな」
「そんな……痛っ!」
私の右肩に、激しい痛みが走った。これは、封印がある場所。そして、右肩から、壁に一筋の光が投影された。
『地球の子よ、私はアース、地球の女神です。事情は思い出しましたね。どうか、地球を救ってください。魔法のある星に生まれし子よ、私が完全に消え去る前に、どうか手掛かりを掴み、回避する手段を探してください。頼みましたよ』
えっと、日本語…? しかも気の弱そうな真面目で地味な、どこにでもいそうな女性だった。
スッと映像は消え、映し出された壁から私の右肩に一筋の光が戻ってきた。
痛っ! 見ると、右肩には何か幾何学的な模様がついていた。焼印のようにも見える。触れると、まだ熱くて痛い。
模様に触れると、先程の念話のようなセリフが再び頭の中に流れた。
「封印は解けた。その右肩の印は、その女神が復活すれば消える。その印を持つ者がすべて死ぬと、地球の女神は完全に消滅し、地球は永遠に消滅する」
「えっ? じゃあ、この印がある間は、地球が復活できるの?」
「再び新たな星として、生まれ変わる可能性はある。その弱い女神は新たな星の神となる」
「そ、そんな……それでは地球を救うことにはならないわ。一体、どうすれば…」
「その手段を探せという無茶振りだ。救ってやることができても、おまえはもう地球には戻れない。美優は、そのまま天寿をまっとうする。おまえは、前世のあの時点までの記憶を持ったまま、この世界で天寿をまっとうすることになる」
「そ、そう…」
「だから、放っておいて構わない。おまえのマナの流れを遮断する封印は消えた。右肩の皮膚に焼印がついているだけだ。この焼印は、言葉を再現するだけのものだ。何の害もない」
(でも、そんな…)