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32、寮長ラボから部活の勧誘

『授業ある人、起きなさ〜い!』


 直接頭の中に響く声で、私は目が覚めた。あ、そっか。寮は、朝起こしてくれるんだったわね。


 学校の始業は、虹色ガス灯がオレンジ色になる時間だ。ミューが迎えに来ると言っていたのは黄色だったわね。黄色は、ランチ時じゃなかったかしら?


 私は、さっとシャワーを浴びて着替えを済ませると、寮の食堂へと向かった。


 食堂の入り口で少し戸惑っていると、背の高い男が声をかけてきた。


「ん? 見ない顔だな。新入りか?」


(上から目線で失礼ね……でも確かに新入りだわ)


「ええ、そうよ」


「ふぅん、そのトレイを持って行け。朝はバイキング形式だ。食べたいものを自由に食べればいい」


「朝食代は?」


「寮費に含まれるから、食べなきゃ損だぜ」


 そう言うと、その男は少年のようにニカッと笑った。


 ドクン


 なんだか先輩のような笑い方をすると思ったら、また妙な胸の痛みを感じた。はぁ、ほんとにもう…。


「ん? どうしたんだ? 体調悪いのか?」


「いえ、なんでもないわ。わかったわ、ありがとう」


 男にありがとうなんて言葉をかけることには、かなり抵抗があるが仕方ない。教えてもらったら礼を言うのは、人として当然の礼儀だ。


「そ、そうか、な、ならいいんだ」


 彼はなぜか、急にたどたどしい言葉遣いになった。まぁ、そういう人なのかもしれない。気にしないでおこう。



 食堂には、まだ時間が早いのか、たくさんの料理が並んでいた。ミューほどではないが、何を食べてもいいと言われると、少しテンションが上がる。


 私は、見たことのない料理を中心に、少しずつ皿に取った。卵料理だけでもかなりの種類がある。

 あ、そっか。いろいろな種族が寮にいるからかもしれないわね。


 適当な席に座って、食べてみた。まぁ、どれもそれなりだった。たまに驚くほど塩辛い料理も混じっていた。



「へぇ、結構ガッツリ食べるんだな。人族だよな? 青い皿の料理は、塩辛いから取らない方がいいぞ」


 さっきの男が、自分のトレイを持って、私の席の真ん前に座ってきた。勝手に目の前に座るなんて、なんて失礼なのだろう。


(いや、ここではそんなこと言っている方がおかしいわね)


「そう。確かに驚くほど塩辛い料理があったわ。次からは気をつけるわ」


「俺は、魔道具科3年Aクラスのラボだ。ここの寮長やってる。そっちは?」


「えっ? 何科とかは、わからないわ。ローズよ」


「学園に昨日入ってきた新入生か。落ち着いてるから、寮に移ってきた在校生か関係者かと思ってたぞ」


「昨日から入学したわ。でも、まだ何も説明を聞いていないから…」


「ローズ、今日はオリエンテーションだろ? そこで進級や授業のクラスの話があるぞ」


「いえ、今日は休みだと言われているわ」


「えっ!? Sクラスか! 今回は入学者が多いのに、すごいな。何をトップ取ったんだ?」


「そうなの? 算術と一般教養よ」


「頭いいんだな。へぇ、ウチの部活、入らないか?」


「えっ? 部活?」


「あぁ、俺が部長やってるんだけどな……主要メンバーがもうすぐ卒業しちまうんだよな」


「卒業?」


「もしかして、卒業もわかってないよな? ここは他の国の学校とは違うからな」


「どう違うの?」


「この学園は学びたいことを、学びたいだけ、学ぶことができるんだ。だから、卒業も自分のタイミングで可能だ。卒業証をもらうには、一年以上の在籍と評価上げが必要なんだぞ」


「えっと、私が聞いたのは進級条件かしら? クラス全員の評価Eをなくすことだったけど…」


「それは卒業と関係ない。Sクラスだけの進級条件だぞ。他のクラスは、何か自分の評価が一つ上がれば、上の学年に進級できるんだ。授業は、学年関係なく評価分けされたクラス別で受けるんだけどな」


「へぇ」


「ローズは、他に評価Aあるか?」


「言語学が評価Aだったわ」


「歴史学は?」


「えっと、評価Bだったと思うわ」


 ラボは目を輝かせて楽しそうにしている。なぜ、私の成績を聞いて楽しいのかしら?


「ローズ、俺と完全に同じだぞ。座学は、全て同じ授業を受けることになる。よろしくな」


「えっ? あ、はぁ…。えーっと…」


「あ、俺のことは、ラボでいいぞ。もしくは、寮長か部長…。あ、部長は部活に入ってからだな」


(部活? 妙なことは遠慮したいわ)


「さっきの魔道具科って、何? 私にも、科があるのかしら?」


「ローズは普通科だぞ。普通科を卒業すれば、専門的に学びたい学科に入れるんだ。普通科の9科目に加えて専門分野の授業を受けることができるんだぞ」


「へぇ」


「普通科の9科目をすべて評価Aにすれば、学長である女神イロハカルティア様の使徒の称号がもらえるんだ」


「女神様の使徒?」


「あぁ、そうなれば、女神様から仕事をもらえるんだぞ。神族と同じ地位や名誉を与えられるんだ。それに、望めば、種族変更や、記憶を保ったまま新しく生まれ変わることもできるんだ」


「すごい…」


「だろ? 俺は、あともう少しなんだ。歴史学と黒魔法が評価B、この二つだけなんだが……あと何年かかるか。入学したときは、武術以外はオールEだったんだぞ」


「すごく評価が上がったのね。長く学生をやっているの?」


「あぁ、だから寮長なんだよ。そろそろ20年になるな…」


「えっ?」


(ラボは、20歳前後に見えるのに?)


「あ、人族にはわからないよな。俺はハーフなんだ。父親は人族だけど母親は魔族。だから寿命は長いんだ」


「そ、そう。20歳前後に見えるから少し驚いたわ」


「まぁ、魔族の血が混ざってると、だいたいそれくらいで外見の成長は止まるからな。で、ウチの部活、入るか?」


「部活って、何?」


「ん? 部活自体がわからないか? そうだな、授業以外に、好きな活動をすることだ。ギルドのミッションのような仕事じゃないから、報酬は出ないけどな」


「そう。私は生活費を稼がなきゃならないから、時間がとれそうにないわ」


「俺のやってる部活は、金になるぞ?」


「報酬は出ないんじゃないの?」


「あぁ、報酬は出ないが、部活で作ったものを売れば金になるんだ」


「そう…」


「まぁ、まだ授業も始まってないからピンとこないよな。また、考えておいてくれよ」


「ええ」



 ラボは、他の寮生に呼ばれて、私から離れていった。あちこちから、声がかかっている。世話好きなのかしら?




 私がトレイを片付けて自室に戻ろうとしたときに、ミューが来た。約束の時間よりも早いような気がする。


「ローズ様〜、タイミングばっちりですねー」


「ミュー、約束より早いんじゃない?」


「ん? 広場のガス灯、もうすぐ黄色に変わりそうでしたよー?」


「そう? 朝食を食べている間に、そんなに時間が経ったのかしら?」


「むむっ? バイキングですか」


「ええ、いろいろな料理があったわ」


「ミューも、ここで朝食にすればよかったですぅ」


「ミューは学生じゃないでしょ」


「卒業生も、寮でご飯食べていいんですよ」


「寮費を支払ってないのに?」


「それが卒業証の威力なんですっ。だから頑張って卒業したんですよ〜」


「ふぅん」


「じゃあ、まず、ギルドから行きますよ〜」


「わかったわ」




 ミューと共に、オフィスビルのような塔へと移動した。階段で2階へと上がった。


「ローズ様、学生証ありますよね?」


「ええ、ミューがくれたブレスレットに入れているわ」



 近寄ってきたギルドの事務員さんに、ミューが事情を説明してくれた。すると、順番待ちをせずに、いきなりカウンター内の事務所へと案内された。


 学生証の提示を求められ、そして丸く黒い玉に手を置けと言われた。フワンと黒い玉から何かが私の身体を駆け抜けていったように感じた。


「登録者カードの発行は、順番にお呼びしていますが少し混み合っています。ガス灯が水色になるまでにはできると思いますから、その頃に受け取りに来てください」


「わかりました」


(それで、ミューは、先にギルドに来たのね)



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