31、ミューに相談した結果…
ミューが注文したつまみは、私がほとんど食べてしまった。私に食べ物を与えて、彼女は考えごとをしていた。こういう光景は、なんだか懐かしい。
私は、子供の頃、ミューの家に遊びに行くと、たまに大量の食べ物を与えられたことを思い出した。
『ちょっと仕事があるからこれを食べて待っていて』
確かそんな感じのことを言われた記憶がある。
(ミューは、まだ私のことを子供扱いしているのかしら?)
そういえば、ミューの年齢を私は知らない。聞いてもいつも、はぐらかされてしまう。見た目は少女のままだ。妖精の血が混ざっていると、この姿で成長が止まってしまうのだろうか?
そういえば、この店で会った猫さんも、オババと呼ばれていたわね。猫の妖精っているのかしら?
(見た目が少女だからといって、妖精とは限らないわね)
なんだか、私は妙なことを考えていた。まさか、カクテル2杯で酔ったのだろうか。
(はぁ……らしくないわね)
「ローズ様、封印を解くのは、あの幻術士がやってくれるんですか?」
突然、ミューが真面目な顔をして、話し始めた。そうか、私が与えられたつまみを食べている間に、ミューは考えをまとめたのね。
「ええ、そうだと思うわ。覚悟ができたら、探偵を通じて呼べと言われたわ」
「そう、ですか…。ミューが今まで調べた結果を報告します」
「うん、お願い」
「ローズ様は、16歳になる少し前から、妙な夢を見るようになったんですよね」
「ええ」
「ローズ様が15歳の頃、封印があることにミューは気付きましたが、ローズ様が生まれたときに健康診断をしたときには封印はなかったのです。もしくは、隠れていたのかもしれません」
「ん? 隠れていた?」
「生まれたときは、普通いろいろな検査をします。妙な封印があると、それを怖れてその赤ん坊が始末されることが多い。だから、すべてわかった上で、ある時期までは封印は現れないように仕組まれていたと思うんです」
「そんな高度な呪術なんて…」
「よほどの高位の者にしかできません。でも、神が施した術なら、その赤ん坊を守るためには、当然のことらしいのです」
「そう」
「ミューは、ローズ様の夢の話を聞いて、もう、すぐにでも封印が解かれるのじゃないかと思っていました。でも、全くそんな気配はなく、封印は安定しているんです。ミューにはわからなくて、いっぱい調べました」
「ん?」
「おそらく、封印が現れてから夢を見始めるまでの期間と同じくらいの時間をかけて、ゆっくりローズ様は忘れた記憶を思い出す仕掛けみたいです。だから、最大で15年かかるかもしれないのです」
「あの幻術士も、十数年かかると言っていたわ」
すると、ミューは、パッと嬉しそうに顔を輝かせた。予想が当たったかのような少し得意げな表情を浮かべたが、すぐに顔を引き締めていた。
「もし15年近くかかると……そんな長い期間ローズ様が国に戻れないなら、女王候補は別の方に権利が移動してしまうかもしれないのです」
「生まれたばかりの妹も、その頃には今の私と同じくらいだものね」
「はい。その際には、おそらくローズ様は死んだということにされてしまうので、アマゾネスには戻れなくなります。もし、戻ろうとすると……」
「殺されるのね、邪魔者は」
「…………おそらく…」
ミューは苦しそうな表情を浮かべた。はぁ、もう、ミューったら…。ミューが殺されるわけじゃないのに……本当に、甘いんだから。
(ミューは、私の育ての親みたいなものだからね…)
少し重苦しい沈黙の後、ミューが再び話し始めた。
「ローズ様、ミューは全力でサポートしますから……ローズ様がおかしくなっても見捨てませんから…」
「ミュー、何を言ってるの?」
「だから、だから、だから、ミューはローズ様の味方ですからーっ!」
「えっ……あ、ありがとう」
私がありがとうを言うと、ミューは少しフニャリと笑った後、パチンと自分の頬を両手で打ち、顔を引き締めていた。
(何してるの? ひとり芝居?)
「コホン、ローズ様!」
「ん?」
「封印を解いてもらいましょう。早い方がいいです。留学は一年程度の予定なんです。何か異変が起こっても、ここにいる間は、国にはバレません。一年以内になんとか対処できればいいので…」
「対処できなかったら?」
「この島にいて対処できないなら、どこにいても対処できないのです。ローズ様がおかしくなっても、ミューは見捨てませんからっ!」
ミューは、私がおかしくなる前提で話をしている。そこを指摘しようかとも思ったけど、ミューが真剣な顔をしているから、茶化すのもマズイか…。
「わかったわ。ミューの言う通りにするわ」
「本当ですかっ!」
「ええ」
すると、ミューは、パァーッと明るい表情を浮かべた。さっきまでの真剣モードがお芝居だったのかと疑いたくなるくらい、ケロッとしている。
(切り替えが早いわね)
「そうと決まれば、今夜はもう遅いですから、明日、その探偵事務所に行きましょう。ミューもついていきますからね」
「私、一人でできるわよ?」
「ミューは……いらないのですか」
なぜか、ミューは急に泣きそうな顔をしている。えーっと、本当に感情の起伏の激しい人ねー。
「いらないとは言ってないけど、私一人で大丈夫よ?」
「探偵さんは、イケメンなんですよね?」
「へ? どういうこと?」
「ミューも見たいんですっ」
(そっか……ミューはイケメン好きだった…)
「ミューは、草原の精霊のファンなんじゃないの?」
「あー、ヲカシノ様のファン歴は長いですよー。でも、ミューの知らないイケメンがこの街にいるかもしれないんですよ?」
「探偵さんのファンクラブはないと思うわよ?」
「必要なら作るからいいんです〜」
「そ、そう…」
(た、たくましいわね)
「ローズ様はSクラスだから、明日のオリエンテーション日は、学園お休みですよね?」
「明日は休みよ。オリエンテーション日?」
「Sクラスは、クラス長がもうオリエンテーションをしたはずなのです」
「誰が誰をフォローするかの担当は決めたけど…」
「それでいいんです。じゃあ、明日、一緒にギルドの冒険者登録と、探偵事務所に行きましょう。学生証があれば、ギルドは優先登録できるのです」
「ん〜、学生証があるんだし、ギルドの冒険者登録なんて、急ぐ必要あるかしら?」
するとミューは、信じられないという顔をした。本当、感情の起伏が激しいわね。そんなに驚いた顔をしなくても…。
「ローズ様、ギルドの冒険者登録をしないとミッションが受けれませんよ? 貧乏なローズ様は、たちまち食べることにさえ困るようになりますよ」
(また、貧乏って言う…)
「あー、まぁ、そうだったわね」
「それに、Sクラスは授業が少なくて暇ですから、ミッションをたくさん受注する時間がありますからね。ミューは、学生してたときに大金持ちになったんですよ〜」
「ミューも、Sクラスだったの?」
「ミューの頃は、実はクラス制じゃなかったので、今の学園の仕組みは全く知らないんですぅ」
「ん? 詳しそうだけど?」
「頑張っていろいろ調べたんです〜」
「そう」
「じゃあ、明日は、ガス灯が黄色になる頃に、寮に迎えに行きますからね。それまでに朝食は済ませておいてくださいね」
「わかったわ」
そして、私達はお会計をして店を出た。私が飲んだカクテル代もミューが支払ってくれた。
ギルドのミッションを受けたら、最初の報酬で、ミューに何かしてあげなきゃいけないわね。
学生寮に戻ると、管理人さんが、おかえり〜と声をかけてくれた。私は、ただいまと返事をした。ただそれだけのことなのに、私はあたたかい気持ちになった。
自室に戻って、私はベッドに突っ伏した。その後は、朝まで記憶がない。
(一瞬で、寝てしまったのね…)