3、ローズ16歳の誕生日
コンコン
「ローズ様、おはようございます。朝食の準備が整いました」
扉をノックする音で、私は目を覚ました。昨夜はミューと長話をしたせいで寝不足だ。
結局、ミューにもわからないという結論だったが、私にはひとつの成果があった。この1ヶ月ずっと妙な夢をみるのは、おそらく私に何かの呪いの封印があるためだと思う。
もしかすると、その封印が解けて、呪いが発動するときが近いのかもしれない。
コンコン
「ローズ様、お目覚めですか。体調はいかがですか」
扉の外からは、爺の声が聞こえた。私のお婆様の一番下の弟だ。爺と呼んではいるが、母よりも若いそうだ。
彼は、武闘系のアマゾネスに生まれた者としては珍しく、魔導系の能力が高い。そのため、他家の下僕には出されず、ずっと家に置かれているのだ。
コンコン
「ローズ様、おはようございます。あの…」
「爺、いま起きたわ。コンコンコンコンと、しつこいわよ」
「申し訳ありません。お部屋に入ってもよろしいですか」
「好きにすれば」
「はい、失礼いたします」
そう言うと、ギィーと扉を開けて、爺が入ってきた。その表情は、とても心配そうに眉がへの字に下がっていた。
「白魔導士ミュー殿から聞きましたが、お加減はいかがでしょうか」
「寝不足だけど、問題ないわ」
「そうですか、よかった。ローズ様、16歳のお誕生日おめでとうございます。あんなに小さかったローズ様が、こんな素敵な成人になられて、爺は感無量でございます」
「そう、ありがとう」
私は思わず、ありがとうなどという言葉を使ってしまった。爺は驚いた顔をして、じわりと涙を浮かべている。
「ローズ様に、そのような言葉をかけていただけるなんて……爺は、もういつ死んでも悔いはありません」
「大げさね。まだ何か用? ないなら着替えるから出ていきなさい」
「かしこまりました。お顔を見て、誕生日のお祝いを申し上げたかっただけでございます。朝食の準備が整っております。失礼いたします」
まだ、うるうるしながらも、爺は丁寧にお辞儀をして、部屋から出ていった。
そうか、私は16歳になってしまったんだ。伴侶を選ばなければならない、その期限が来てしまった。
以前の私なら、適当に母が選べばいいと思っていた。でも、妙な夢のせいで、それはおかしいと思うようになっていた。これがもしかすると、洗脳されているということなのかもしれない。
(考えていても意味がないわね)
私は着替えをすませ、食事の間へと向かった。
「おはようございます」
そう軽く挨拶して、私は自分の席についた。夕食と違って、朝食は各自が自由な時間に食べている。
同じテーブルには、珍しく一番上の兄がいた。名家の娘の下僕になっているが、その娘と共に来ていたようだ。
「ローズさん、成人になられたそうね。おめでとう」
「はい、ありがとうございます。お姉様は、もしかしてそのことで、わざわざ朝から来られたのでしょうか」
「うふふっ。ローズさんが、まだ誰も伴侶を選んでいないと聞いて、気になってしまったのよ」
「ええ、まだ選んでおりません」
「貴女につり合うような男は、そうはいないですものね。どのような条件を出していらっしゃるのかしら?」
彼女は、私にとって、義理の姉にあたる。兄は、彼女にとって一番最初の伴侶だそうだ。
彼女の家はこの国で一二を争うほどの資産家だ。その名家を継ぐ彼女は、非常に人気がある。伴侶という名の下僕の数も、すでに二十を越えているそうだ。
「条件ですか…」
「あら? 条件に合う者が居ないから、選んでいないのじゃないの?」
「しいて言うならば、私より強い者、ですわ」
「えっ!? なぜ?」
「弱き者に、かしずかれることには疲れました。私よりも、何か秀でた能力のある男にしか、興味はありませんわ」
「まぁ〜! なんて素晴らしいことでしょう。ローズさんのような方が、妹で嬉しいわ。そうね、強い者をかしずかせる方が、気分が良くてよ! 素晴らしいわ」
なぜか、義理の姉は、私の意見に興奮気味に賛同してくれた。それを見ていた兄も、うんうんと笑顔を浮かべている。平凡な兄は、きっと面白くないんだろうけど…。
私はとっさにこんな返答をしたが、正直なところ、何も考えてはいなかった。
ただ、こう答えておけば、伴侶を選んでいない理由になるような気がしたのだ。
「ローズ、あなた、そんなことを考えていたの? それならそうと言えばいいのに」
「何? 盗み聞き?」
「あなたねー、その言葉遣い、どうにかならないかしら」
突然、母が話に割り込んできた。来客中かと安心していたのに…。なんだか私は嫌な予感がした。
「お母様、朝食は終わったのでしょう? なぜ食事の間にいるの?」
「はぁ、私を邪魔者扱いするのはあなたぐらいだわ。反抗期かしら? あなたに来客よ。食事が終わったら、すぐに謁見の間に来なさい」
「伴侶は選ばないわよ」
「まったく…。来客は、男性ばかりだけど、あなたの伴侶候補ではないわ」
母は、チラッと義理の姉に目を移してそう言った。彼女に聞かれたくないことのようだ。
義理の姉はギクッとして立ち上がり、慌てて頭を下げていた。女王陛下への態度としては、彼女は失格だ。普通なら真っ先に立ち上がり、敬意を表するものだ。
彼女は、名家のお嬢様であることから、自分より上の地位の者への礼儀ができていないところがある。
そんな彼女の慌てた様子に、母は、軽蔑するような目を向けていた。母は、彼女のことを以前からよく思っていないのだ。
「わかったわ」
私が反論をやめたことに、母は少し驚いたような顔をした。そして、忘れていたことを思い出したかのように、言葉を続けた。
「それから、ローズ、お誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「じゃあ、すぐに来なさいよ」
そう言うと、母はくるりと背を向け、食事の間から出ていった。
義理の姉は、ふぅ〜と息を吐いていた。彼女は、母のことが苦手なようだ。
私は、カップに残っていた紅茶を飲み干して、立ち上がった。
「ローズ様、朝食もあまり召し上がっておられないのではないですか」
「待たせると、うるさいでしょ」
「では、軽食をご用意しておきます」
「あー、そうね。来客の応対が終わったら、すぐに訓練場に行くわ。そちらに運んでおいて」
「はい、かしこまりました」
私は、さっきの嫌な予感がまだ消えていなかった。なんだか妙な胸騒ぎを感じながら、謁見の間の扉を叩いた。
コンコン
「ローズ・シャリルが参りました」
ギィ〜と、扉を開けたのは、妹の父親だった。彼は、私の武術学校での先輩でもある。
彼と目が合うと、私はまた、胸に妙な痛みを感じた。これも、ミューが言っていた呪いの封印のせいなのかもしれない。
「ローズ様、どうかされましたか? やはり体調が…」
「大丈夫よ、ありがとう」
「いえ、失礼いたしました」
私は、母の居る王座へと、赤じゅうたんの上をゆっくりと歩いていった。私が通ると、兵は順に私に対して敬礼をしていく。
「ローズ、こちらへ来なさい」
「はい、かしこまりました」
私は、返事をしながら来客を見た。男ばかりが十数人いた。半数以上はおそらく護衛だろう。
彼らは、私が目を向けていることに気づくと、軽く頭を下げた。その挨拶で、彼らはアマゾネスの国の者ではないとわかった。
「昨夜、白魔導士ミューから報告をもらって、隣国から来ていただいたのよ。彼らは呪術士よ」
「皆さま、初めまして」
「王女ローズ様ですかな。これはなんとお美しい! 女王陛下もお美しいが、タイプの違う美人ですな」
(お世辞? うっとうしいわね)
私は、かろうじて笑顔をつくった。
「では、始めてください」
母の指示で、彼らは、私に向けて何かを始めた。
(いきなり、サーチ?)