29、今夜はホラーナイト?
「マスター、何かカクテルをお願い」
「はい、あの、味のお好みはありますか? あ、僕は、神族だと前にお話しましたが、サーチができないので、教えていただけると助かります」
「えっ? そうなの? じゃあ、甘すぎないもので、アルコールは弱めがいいわ。少し考えごとをしたいの」
「かしこまりました」
私は、マスターがカクテルを作る手元をぼんやりと眺めていた。素早い動きではないけど、流れるように仕事が進んでいる。動きに一切の無駄がない。
そして、ちょくちょく頭を上げて、店内の様子を見ている。私が手元を見ていることに気づくと、やわらかく微笑んだ。見られることに慣れているのだろう。
店員は、今日はカウンター内に2人、ホールに3人か。こないだより少ない。あ、時間が遅いからなのかもしれないわね。可愛らしい赤髪の少女もいなかった。
カウンターに座っている客は、私以外には4人いた。何かの魔道具を触っている人はピシッとしていたが、それ以外はボーっとくつろいでいる感じだった。
私と目が合うと、スッとそらされた。一人の世界を邪魔されたくないようだ。
「お待たせいたしました。ソルティードッグです。グラスのふちには、塩がついています」
「へぇ、いただくわ」
「はい、どうぞ」
私は、一口目の塩の辛さに少し驚いた。二口目は、その塩が絶妙なバランスでカクテルを引き立てていた。
「このフルーツは何?」
「はい、グレープフルーツという柑橘系のフルーツをジュースにして使っています。中の氷は、グレープフルーツジュースで作りました」
「へぇ、初めて聞いたフルーツだわ。あ、これって、ふちの塩がないと、ブルドッグというのよね? え? あれ? 何?」
「よくご存知ですね。僕の前世でも、ソルティードッグは有名ですが、ブルドッグはご存知ない方が多いんですよ」
「そう。私は、詳しかったのかしら…」
「ふふっ、素敵な方だったのでしょうね」
「ん? どうして?」
「僕の前世では、ブルドッグはバーにしかメニューにありません。お一人でバーに出入りする女性は、カッコイイですから」
「一人じゃなかったかもしれないわ」
「そうですね。バーでいろいろなことを語り合う、素敵な友人や恋人がいらっしゃったのでしょうね」
「あ……夢の中で、親しい男友達とバーに行ったことがあるわ。私の夢は…」
私が話すことを、マスターは、うんうんと頷いて聞いてくれている。言葉が詰まっても、無理に引き出そうとはせず、やわらかな笑みを浮かべて、私が続きを話すのを待っているようだ。
(ほんと、聞き上手よね…)
「ねぇ、マスター」
「はい、なんでしょう?」
「私は、思い出すべきなのかしら?」
マスターは、一緒、困ったような思案顔を浮かべた。そうよね、これでは意味がわからないわね。
「時を待つわけにはいかないのですか?」
(あ、話が通じていたわ)
「わからないの。でも、すべてを思い出すと封印が解けてしまうらしいわ。自然に任せると、まだ十年以上先になるみたい」
「十年以上先ですか。人族なら十年も経つといろいろと取り巻く環境が変わってしまいそうですね」
「ええ…」
「僕は、詳しいことはわからないですが、この街は、この星で一番多くの情報が集まります。学園にいる間に封印が解ける方が、国に戻られてからよりも不測の事態に対応しやすいかもしれませんね」
「そうね。さっき、占いの館のカースという幻術士に会ったわ」
「えっ!? カース、さん、ですか」
「やはりマスターでも驚くのね。彼は、ペンラート星という星の神の後継者らしいわね」
「え、ええ、カースさんはペンラート星の神よりチカラがある幻術士だと言われていますね」
「じゃあ、彼なら私の前世の記憶を思い出させて、封印を解くことが……その、不測の事態が起こっても対処する能力もあるのかしら」
「封印の解除は心配ですよね。ですが、彼にできないことなら、この星のどの呪術士や幻術士に任せても無理だと思いますよ」
「そう…」
ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン
外から低い鐘の音が聞こえてきた。
「マスター、何の音かしら?」
「あの鐘の音ですか?」
「ええ」
「あれは、一部の魔族への合図です。街には、闇のエネルギーを吸収したい種族がいるので、これからこの街に、闇エネルギーが放出されるんですよ」
「えっ?」
「人族には怖ろしく感じる外見の人達が、たくさん外に出てきますから、しばらくは店内にいてくださいね」
「外に出ると、人には害になるの?」
「いえ、それは大丈夫です。闇に弱い妖精や精霊は、寒気がするそうですが、ただそれだけですよ」
「そう」
「興味がありそうですね、ふふっ。隣の銅貨1枚ショップは、ガラス張りになっていますから、隣の店から外の様子が見れますよ」
「いえ、別に構わないわ。時間は長く続くの?」
「ん〜。朝の黄色い太陽が昇る頃には、すべて吸収され消え去っていると思いますよ」
「へぇ〜」
マスターは、テーブル席から声がかかって、私に軽く会釈をしてカウンターから出ていった。
この街の半数は魔族だと、誰かが言っていたわね。本来なら、魔族は太陽の光の届かない地底で生息している。なるほど、闇のエネルギーを吸収しなければならない種族もいるのね。
(そんなことより、封印だわ…)
やはり、ミューに相談してみないといけないわね。その前に、私自身の考えをまとめておかなければ…。
確かにマスターが言っていたように、この街には情報が集まっている。学園にいる間にと言われたけど、私は封印が解けないと、アマゾネスには戻れない。それが、十年以上先になるなんて…。
生まれたばかりの妹も、その頃には10歳を超えている。もし15年先になるなら……きっと妹が女王の地位を継承することになるだろう。私のことは、死んだことにでもすれば、何の問題もないものね。
(そうなると、私には戻る場所がなくなるわ)
私は、ソルティードッグを飲み干した。グラスのふちの塩が、舌をひりっとさせた。
「マスター、お代わりを……あれ?」
「お客様、マスターは今ちょっと近くまで出ています。すぐに戻ると思いますが……私でよければ、お作りします」
「そう、じゃあ、さっぱりしたカクテルをお願い。アルコールは弱めでね」
「はい、かしこまりました」
20代前半くらいの店員が、カクテルを作り始めた。テキパキと仕事をしているが、無駄な動きが多く、バタバタしているように見える。まだ慣れていないのだろうか。
(マスターと比べたらかわいそうね)
マスターは、見た目は、やはり10代半ばに見える。私より若く見えるから、話しやすいのかしら?
マスターがいないと急に居心地が悪くなったことに、少し戸惑いつつ、私は店員の手元を見ていた。見られることに慣れていないのか、彼は飾りフルーツを手から滑らせて落とし、作り直していた。
「お、お待たせいたしました。カシスオレンジです」
彼の顔を見ると、なんだか緊張しているようだった。私は、少し微笑んで、グラスに口をつけた。味は悪くはない。
彼は私の様子をチラチラ見ている。私の口に合ったか心配なのだろうか?
「飲みやすくて、爽やかな味ね」
「あ、ありがとうございます!」
彼は明らかに喜んでいるようだった。店員として、どうなのかとも思ったけど、まぁ、言っても仕方ないわね。
カランカラン
「いらっしゃいませ」
新たに来た客は、私の元へ真っ直ぐにやってきた。
「ローズ様〜、探しましたよぉ〜」
「あら、ミュー、どうしたの? 変な顔して」
「だって、だって、だって〜」
「ちょっと、落ち着きなさい」
「だって、今夜はホラーナイトなのに、ローズ様が寮にいないからですよーっ」
(ホラーナイト? 何?)




