28、ペンラート星の神の後継者
「ローズさん、解除するかしないかは、今すぐに決めなくても大丈夫ですよ」
探偵事務所の所長は、やわらかな笑みを浮かべていた。だが、幻術士は違った。せっかちな性格なのかもしれない。
「おまえが覚悟できないなら、俺はこの話は聞かなかったけとにするから。他を当たればいい」
「今すぐにという決断は、私にはできないわ。国から一緒に来た人にも、意見を聞きたいから」
「そう、それなら俺とは縁がなかったということで。じゃあな」
すると、ルークがこちらへバタバタと走ってきた。
「ちょっと待ってください、カースさん。彼女の前世の記憶を取り戻し、封印を解くことができるのは、この星には、貴方しかいないでしょう」
(えっ? カース? 隣国の呪術士が言っていた人?)
「クラインの息子か、ふぅん、10歳になってこの街に来たのか」
「そうです。ローズさんと同じクラスメイトです」
「クラインの息子、おまえはどちらだ?」
「どういう意味ですか?」
「ローズの味方なのか? それとも進級がかかっているからなのか? 一応確認するがSクラスなんだな?」
「そうです。Sクラスです。連帯責任があるから、進級できないのは困ります。でも、こんな不気味な封印を持つために、国を追われたローズさんのことも心配です」
「ふぅん、おまえは優等生だな。ルーシーに似たか。クラインは、おまえぐらいの頃は、しょっちゅう配下に甘えていたけどな」
「それは、父が、ライトさんのことを亡き父親に重ねていたからだと思います。ライトさんは、父クラインの父親、つまり俺の爺さんに似ているそうですから」
(ライト? どこかで聞いた名前だわ)
私はこれまでの記憶をたどってみたが、思い出せなかった。まぁ、ライトという名は、アマゾネスにも大勢いる。私が耳にした人のことだとは限らないわね。
「俺は、忙しいんだ。女神からも、ごちゃごちゃつまらぬことを頼まれるんでな」
(女神様のことを、女神と言った? この人は一体…)
「幻術士さん、彼女に少し考える時間をくださいよ。その代わり、面倒な仕事、少し引き受けますから」
「へぇ、眼鏡探偵、どういう風の吹きまわしだ? 頭でも打ったのか?」
「幻術士さん、女神様の口真似をしないでください。感じ悪いですよ」
「は? おまえのその話し方の方が、感じ悪いじゃねぇか。探偵ごっこもいい加減にしておけよ?」
「ご忠告ありがとうございます。ごっこではなく、本気で探偵をしておりますから」
「あっそ。じゃあ、一度だけだぞ。覚悟ができたら、眼鏡探偵を通じて俺を呼べばいい。占いの館に来ても会わないからな」
カースと呼ばれた幻術士は、私の方をちらっと見て、そう言った。
「ありがとうございます、カースさん」
「はぁ……名を呼ぶな。幻術士と呼べ」
「わかりました、幻術士さん」
私がそう返事をすると、幻術士はスッとその場から消えた。
(えっ!?)
「ローズさん、たぶんワープですよ。彼は、幻術を使って隠れたり、異次元にスッと入ってしまうこともあるので、まだ近くに居るかもしれませんが…」
「そんなことができるなんて……なんだか神みたいね」
「ふふ、彼は神かもしれませんね。バラすと叱られるので、俺の口からは言えませんが」
「ローズさん、カースさんは、ペンラート星の神の後継者なんです。でも本人は、それを嫌がってこの星にいるみたいです」
「ペンラート星? ルーク、有名な星なの?」
私は、他の星に関する知識は、ほとんど持っていない。有名な星なのだろうか?
「えっ? ご存知ないですか」
(聞いたこともないわ…)
「ローズ、まじか? アマゾネスは、ほんとに閉鎖的なんだな」
「アルフレッド、あまり私の国を卑下しないでくれる?」
「あー、いや、悪気はないんだが、驚いただけだ」
「ローズちゃん、魔族は全員知ってるし、人族もほとんどが知ってるぜ。俺も顔は知らなかったけど、カースって奴が、ペンラートの幻術士なのは知ってるよ」
「ペンラートって?」
「ローズさん、ペンラート星は、青い星系の星なの。住人のほとんどが幻術士か呪術士なんだって。ペンラートから移住してきている人は、みんなすっごく能力が高いの」
「シャラさんも知ってるのね」
「うん、魔導系なら人族でも全員知ってると思うよ。ペンラートの普通の住人でも、この星では、高位の呪術士だよ。あ、占いの館で働いてる幻術士や呪術士は、ほとんどがペンラートからの移民だそうよー」
「そうなのね」
「そのペンラート星の神よりも、カースさんの方が能力が高いそうよ。だから、カースさんが神の後継者になるべきなのに、嫌なんだって」
「じゃあ、さっきの幻術士さんは、そんな幻術・呪術の星のトップってこと?」
「ええ。だから、あらゆる封印や呪いを解くことができるの。呪いなら強烈なものでも、ほとんど消せるみたい。消せないのは、一部の神の術だけだそうよ」
「そ、そう…。雲の上すぎる人だわね」
「この街には、たくさん、雲の上すぎる人がいるよー」
「そうなのね」
私は、あまりにも自分とは掛け離れた話に、頭がクラクラしてきた。本当にこの街には……いえ、この世界には、私の知らないことが溢れている。
「さぁ、そろそろ夜も遅くなってきたから、皆さん、帰る方がいいんじゃないかな。また何かあれば気軽に立ち寄ってくださいね」
「そうだな、みんな、今夜はこれで解散しようか。明日は学園は休みだから、明後日また学園で会おうぜ」
アルフレッドがクラス長らしく、解散の挨拶をした。所長にも帰るように言われたから、みんな、おとなしく指示に従っていた。
(やっと、解放されたわ)
「ローズさん、気持ちが決まったら、アルに伝えてください。さっきの幻術士と連絡を取りますから」
「はい、所長さん、ありがとうございます」
私がそう挨拶すると、所長はやわらかく微笑んだ。一瞬少し驚いた表情を浮かべたようにも見えたが…。
(アマゾネスが、男に礼を言ったから驚いたのかしら?)
そういえば、私は探偵事務所の所長や、あの幻術士に、アマゾネスと名乗ってはいない。
幻術士だけでなく、所長も私の頭の中を覗くサーチ能力があるのかもしれない。もしくは、会話から判断したのかしら?
(はぁ、こんなことは考えていても、仕方ないわね)
「じゃあ、また明後日ねー」
クラスメイトと別れて、私は城壁内の広場を学生寮に向かって歩き出した。
驚くことが多いけど、私はアマゾネスとしての誇りを忘れてはならない。男に甘えたり媚びたりするような、無様な真似はしない。自分のことは自分でキチンと考えなければ…。
広場の虹色ガス灯は、鮮やかな青色だった。空を見上げると、夜の太陽は赤かった。
アマゾネスでは、夜は青い太陽が昇り、気温が一気に下がる。でも、この島は、あまり下がらない。昼間は少し暑い。これくらいの気温が、私には心地よかった。
そのまま、まっすぐに帰ろうと思っていたが、ふと、あのバーが目についた。
今の私は、頭の中がごちゃごちゃだった。少しゆっくり考えたい。誰もいない寮の自室に帰るよりも、あの店の方が落ち着けるような気がした。
カランカラン
「いらっしゃいませ〜」
「こんばんは。カウンター空いてるかしら?」
「はい、大丈夫ですよ」
マスターは、やわらかな笑みを浮かべ、お好きな席へと言った。
今夜は、店は静かだった。一人で来ている客や、テーブル席で、ひそひそ話しているカップルばかりだ。
私が、出入り口に近いカウンター席に座ると、すぐにマスターが、ころっとしたかわいいグラスで、水を出してくれた。
「どうぞ〜。ご注文があれば、お呼びくださいね」
私は、ニコリと笑顔を返した。そっか、水だけを飲みに来る人もいるって、前に店員が言っていたわね。
私は、水を一口飲んだ。
(ふぅ〜、美味しい)