20、魔法学園の入学式
王国の第11王子だと名乗った失礼な男に、下品な笑みを向けられて、私は不快だった。
私はサーチ魔法を使ってみた。なるほど、多少は腕が立つようだ。だが、私と互角といったレベルだ。街の中には、もっと強い者がたくさんいる。
(巨大な王国の王族か……下品ね)
私は、ふぃっと背を向けて、その男から離れた。すると、ありえないことに、追いかけてきたのだ。
「ちょっと、キミ、何? 挨拶もなく去るつもり?」
「無礼だとでも言うのかしら?」
「キミね、今、俺が素性を教えたのにそんな態度? 女のくせに、いったい何様のつもりだ?」
(最低ーー!)
王国も男尊女卑か。ここまであからさまに卑下されると、我慢の限界だわ。斬り捨てようか…。いやでも、学園内で…。
「ちょっと、あなた! なんとか言いなさいよ。せっかくパーク王子のハーレムの一員に選ばれたのよ?」
「そうよ、光栄に思いなさい。あなたのようなダサい娘にも、声をかけてくださったのよ」
「まさか、断ろうだなどと、無礼なことを考えているんじゃないでしょうね」
一緒にいた女性達は、口々にありえないことを言っていた。この女性達は正気なのだろうか。もしかすると、呪術で操られているのかもしれない。
「興味ないわ。では、ご機嫌よう」
私は、再び彼らに背を向け、スタスタと歩き始めた。ちょっと待て! と叫んでいるが、私は無視した。
私は入学式の会場の案内がでているホールへと入った。
(あら…)
受付らしき場所で、見知った顔を見つけた。彼も私を見つけ、ニコッと笑った。
「ミューちゃんと一緒にいた人ですよね。無事に、この場所にこれてよかったです」
「シャインくん、ありがとう。あ、先輩だったわよね、ごめんなさい」
すると、シャインくんは首をふるふると振っている。
「みんな、僕のことはそう呼ぶので、それで大丈夫です」
「そう、じゃあシャインくん、ここでお仕事?」
「はい。入学式はよく乱闘騒ぎがあるので、たくさんの人がギルドのミッションを受注して、手伝いに来ています。なんか、初日に格を示したがる人が多いんだそうです」
「へぇ…」
「特に魔族は、チカラこそすべて、というタイプが多いので、上下関係をつけたがるみたいです」
「そう。でも、乱闘になったらシャインくん、危ないわ」
「ん?」
伝わらなかったのかシャインくんは、きょとんとして首を傾げている。そういえば、シャインくんのサーチはしていなかったわね。
どわっ! とホール内に歓声が上がった。
「あー、もう衝突しちゃった。でも先生達がいるからいっか」
「ケンカ?」
「ですねー。獣系の魔族は今、魔族の国で覇権争いの戦争中らしいです」
「そう……あっ!? 室内で魔法?」
入学式の会場で、しかもホール内なのに、炎の玉が空中に浮かんだ。もう一方では、氷の刃が浮かんでいる。
すごい魔力の振動を感じ、私は恐怖で背筋が凍った。
私はとっさにシャインくんを背にかばった。
「えっ? あの…」
「シャインくん、あんなのぶつかったら衝撃波でこの辺りも吹き飛ばされるわ! ジッとしてて」
「もしかして、かばってくれてるんですか」
「ええ」
「ありがとうございます。嬉しいです。みんな僕をいじめるから…」
「そう、なの?」
シャインくんは、うんうんと頷いて、私の手を小さな手で握った。もしかして……懐かれてしまった?
その瞬間、炎と氷が激突し、衝撃波が広がったが…。あれ? 吹き飛ばされた人達がいる中で、私には衝撃波は届いていない。
(えっ、うそ)
私は、バリアに守られていた。私はこんな魔法は使えない。ということは…?
「このバリアは、アナタがが張ったの?」
「えっ! あ、はい。すみません。勝手なことをして…」
みるみるうちに、シャインくんの目には涙がたまってきた。えっと、もしかしたら、私の言い方がキツかった?
「あ、ありがとう。助かったよ。そんな泣きそうな顔しないで」
そう言って、頭をそっとなでた。昨夜、赤毛の女の子がやっていたのを思い出したのだ。
すると、シャインくんは涙をいっぱいにしながら、頷いている。繋いでいた小さな手に、キュッと握りしめられて、私は少し指が痛かった。
キーンと妙な音が聞こえたあと、一人の女性がホールの舞台に立っていた。
「あーあー、マイクのテスト中〜」
すると、会場内がシーンと静まり返った。
「ふふっ、今回の新入生は、おとなしくてよかったわ。学園長のイロハカルティアです。皆さん、これより入学式を始めます。と言っても、長話はしません。この学園で皆さんが学びたいことを学び、ご自身の目標を達成できるよう、頑張ってください。楽しい学園生活を!」
(もしかして女神様?)
短い学園長の挨拶のあと、学園の説明がいろいろと続いた。そして、式のあとに試験があると告げられた。
「シャインくん、いまの女性が女神様?」
「はい。そうです。あっ、すみません、僕…」
シャインくんは慌てて、握っていた手を引っ込めた。そして不安そうな顔をしている。そうか、この子は自分に自信がないのね。
オドオドしているから、いじめられてしまうのかもしれない。それに、ほんの少しキツイ言い方をすると、涙がブワッと出てくる。傷つきやすい子なのね。
(なんだか小動物みたいね)
「じゃあ、シャインくん、試験に行ってくるわね」
「はい、頑張ってください」
私はニコリと笑顔を作った。シャインくんは、ホッとした顔をしていた。
まずは、この場で、剣術の試験があった。試験官との1対1の対戦形式だった。
そのあとは、結界だらけのホールに移動して魔法の試験があった。私は魔法を使えない。ただ魔剣は使えるから、持つ剣に火をまとわせてみせた。
さらに、校舎の中に入って、筆記試験があった。様々な種族の言葉の言語学、この星の様々な国や種族の歴史学、そして計算の算術、それから一般教養のような常識の試験があった。
それにしても……式が始まる前のケンカは、何だったのだろう。ケンカしていた男達は、叱責された様子もないし、誰も怒らない。自由なのか? こんなことにイチイチ怒っていられないのかもしれない。女神様も、こんな吹き飛ばされるような凄まじい魔法を見ても、逆に、おとなしいと言っていた。
そして、クラス分け。私はなぜかわからないが、一番上のクラスになっていたのだ。だが、パッとしない結果のはずだ。
(いったい、どういうこと? 母の文書のせい?)
私は、役所に提出した母が書いた文書に、私の取り扱いについての指図があったのではないかと疑った。
「皆さん、個人の成績表が出来上がりました。学生証にデータを送りましたから、各自確認してください。確認方法は、ギルドの登録者カードと同じく、名前のところに触れて魔力を流せば表示されます。今日は、これで終了です。明日は朝から登校してください。では、皆さん、さようなら」
(はぁ、なんだかスッキリしないわ)
「おーい、おまえ、何ボーっとしてんの」
突然、なれなれしく声をかけてきた男には、私は見覚えはなかった。誰? 話したことあったかしら?
「えーっと、誰?」
「おいおい、名前を聞くときは自分から名乗るもんじゃないのか」
「知り合い、ではなさそうね」
「何言ってんの? 同じクラスになったじゃん。クラスみんなで飯行こうって言ってたのに、聞いてなかったわけ?」
「あ、考え事をしていて…」
「ふぅん、まいっか。俺は、アルフレッド。名前が長いから、アルって呼んでくれ」
「えっ? アル?」
私は息が止まりそうなほど、ドキッとした。
「あぁ、おまえは?」
「私は、ローズ・シャリル」
「ん? ここでは、家の名は言わない方がいいぜ。素性がバレる」
「そ、そうね、わかったわ」
(アル……先輩と同じ名前…)