17、ミューは、おばちゃん?
ミューに連れられて、私は、くいだおれストリートという通りを歩いていた。私は、ミューのことは私が物心ついた頃から知っているが、一緒に街歩きをするのは初めてのことだ。
彼女は、母にいつも便利使いされていた。私が子供の頃は、私の遊び相手を命じられていたのだろう。いつの間にか、私の方が見た目は大人になってしまったが…。
(ミューって何歳なのかしら)
「んん? なんですか? ローズ様…。いま悪いこと考えてませんでしたかー?」
「悪いことって?」
「ミューが、太るとか、ふとるとか、フトルとか…」
「そういう自覚あるのね」
「大丈夫ですよー。ミューは妖精の血が混ざっているから、いくら食べても、ふとらないんですから」
「そう…。ミューって、いくつ?」
「ブフォっ! な、なんですかー。変なこと聞くから、扉に激突しちゃったじゃないですかー」
「知らないわよ」
「はぁ、もう…。ローズ様はここで待っていてください。ミューは宿に部屋とってきますからね」
ミューは私から逃げるように、宿の中へと入っていった。宿の入り口に残された私は、宿の前に置かれた石造りのイスに座って、通行人の観察を始めた。
このストリートも、懐かしい気がする。このごちゃごちゃした雰囲気は、旅気分を高める。それに、この街では誰も私を気にしない。私は肩の力が抜けていくのを感じた。
(居心地がいい街ね)
私が何より気に入ったのは、この街の中では私は普通だということだ。私より強い者がたくさんいるのは、面白くないけど…。
アマゾネスに居たときは、私は常に次期女王候補という目で見られ、無言の重圧を感じていた。
私はその期待に応えようと、幼い頃からずっと武術剣術の訓練を受けてきた。女王となるための教養も、他種族との交渉方法も、ありとあらゆることを叩き込まれてきた。
こんな風に、どこかでぼんやりと座っているなんて、生まれて初めての経験かもしれない。
通り過ぎる人は、誰も私を怖れない。誰も私を知らない。私は自由だ。私は心が軽くなっていくのを感じた。
「ローズ様〜、お待たせしました」
ミューが、ニタニタしながら戻ってきた。何? その顔。
「何かいいことでもあったの?」
「ふっふっふ〜、わかりますぅ?」
「ニタついてるわよ」
「これがニタつかずにいられますかっ。ジャジャーン!」
妙な効果音と共に、ミューは手首を見せてきた。何がジャジャーンなのか、私にはわからない。
「何?」
「もう、ローズ様、ちゃんと見てくださいよ。ミューのブレスレットが二つになりましたよ」
「ん〜、アイテムボックスを買ったの?」
「違いますよー。コレクターブレスレットです。宿泊ポイントで交換したんです。この赤い石が、この宿のものですよ」
そういえば、ミューは見慣れない少し太い腕輪をしている。腕輪にはくぼみがいくつかあり、くぼみの一つに赤い石がはめ込まれている。
「コレクターブレスレット?」
「この街の永久特典を貯めるブレスレットです。一番最初は、石だけじゃなくて、コレクターブレスレットももらえるんです」
「へぇ…。で、ミューは、いくつなの?」
「ゲホゲホッ! ローズ様はなぜこの感動をぶち壊すようなことを言うんですかーっ。全然興味ないんですか」
「うーん、別に…」
「この石は、魔石ですよ。この街すべての飲食店10%引きだけじゃなくて、赤は確か攻撃力が1%アップするんです」
「そう。ミューの攻撃力が1%上がっても誤差の範囲じゃない。魔力が上がるならいいけど」
「じゃあ、次は魔力が上がる石をもらえるようにしますからね。ローズ様、責任とってくださいよ」
「どういうこと?」
「利用ポイントを貯めるんで…」
「あー、たくさん食べろってこと?」
「魔力が上がる石は、ファッションストリートですから、服を買ってオシャレなお姉さんになるんです」
「服なんて、必要最低限でいいわよ」
「ローズ様、この街ではオシャレなお姉さんの方がお得なんです。素敵なお兄さんに、ごはんをおごってもらえたりしますよー」
「は? なぜ男に媚びなければならないわけ?」
「違いますよー。媚びるんじゃなくて利用するんですよ。駆け引きですよー」
「そもそも、見知らぬ男と、なぜ一緒に食事をしなきゃならないの? ありえないわ」
「ローズ様、そんなこと言ってると、モテないですよ」
「必要ないわ」
「むぅ〜。まぁとりあえず、ごはん行きましょう。宿泊カードで半額ですし、さらにコレクターブレスレットで10%引きですからねー」
「はいはい」
(ミューが、こんなにお得好きだとは知らなかったわ)
私達は、ミューがオススメだという定食屋のような店に入った。なるほど、そういうことね。
この店は入店時にお会計をするようだ。一律料金で一人銅貨50枚。支払いはミューに任せた。ミューはカードとブレスレットを見せている。半額からさらに10%引きで二人分で銅貨45枚のお支払いだったようだ。
「半額50%引きと10%引き合わせて、60%引きにしてくれたらいいのにー」
なんだかミューがむちゃくちゃなことを言っているが、付き合っていられないので無視した。
店内は、混み合っていた。席に案内されるとすぐに、ミューが、いってきます! と、人混みに突っ込んでいった。
(ミューの行動を見ていると、おばちゃんのようね)
あれ? おばちゃんって…。これも前世の記憶なのだろうか。旅に行ったときの、おばちゃんパワーに絶句した光景が目に浮かんだ。
しばらくすると、ミューは大きな皿に料理をおてんこ盛りにして戻ってきた。
「あれー? ローズ様は取りに行ってないんですかー? じゃあ、これ、一緒に食べましょう」
「は? まさか、こんなに一人で食べるつもりだったの?」
「だって、食べ放題の店ですよ? もとを取らないとー」
飲み物は別料金らしく、ワゴンを押した女性が売りに来た。ミューがオススメだというリンゴッシュという飲み物を頼んだ。瓶入りでけっこうな量がある。
これは私が支払いをすることにした。ミューが口をもぐもぐしながら、カードを必死に見せていたおかげで、2本で銅貨10枚のところを半額の銅貨5枚になった。ブレスレットは、安すぎるものには使えないそうだ。
「ローズ様、ありがとうございます〜。貧乏なのに出してもらってすみませんー」
「食事代を出してくれたから、飲み物くらいは……ってか、ミューひとこと余計よ?」
「もう、怒ってないで早く食べてください〜」
「周りの人は、焦ってないわよ」
「ゆっくり食べてると、すぐにお腹いっぱいになるじゃないですか〜」
「あっ、そう…」
目をキラキラさせて、必死に食べるミューの姿は、見た目も少女だからだけど、とても幼くみえた。幼く見えるおばちゃんって…。
あ、そういえば、ミューは、実年齢はきっとおばちゃんだわね。50年前の神戦争の頃から働いているんだから。
この店の料理は、普通に美味しかった。でも、私としては、バイキング形式はあまり好きではなかった。
王女だからというわけではない。なぜか、戦場で飢餓状態から食べ物を奪い合う、魔物に見えてしまうのだ。まぁ、慣れてないだけかもしれないけど…。
「あら、ミューちゃん、久しぶりね」
ミューに声をかけてきたのは、20代後半に見える華やかで色っぽい女性だった。もう少し上かもしれない。
「わっ、ルシアちゃん、おひさ〜。あ、ローズ様、ルシアちゃんは、学校で教師をしてるんですよ」
「先生なんですね。明日から入学するローズです。よろしくお願い致します」
「うふっ、よろしくね。もしかして、兄貴が言ってたワケあり転生者さんかしら?」
(兄貴って……誰?)