13、驚きと混乱、そして…
塔の7階の役所受付には、たくさんの人がいた。皆、空中に浮かぶ四角い何かをジッと睨んでいる。
(何をしているのかしら?)
「こんにちは。本日はどのようなご用件ですか?」
地味な制服を着た女性が、私に声をかけてきた。
「この街の学校に留学に来たんですが…」
「紹介状や推薦状などはお持ちですか?」
「えっ? い、いえ…」
「はいはーい! ありますよ〜」
そう言うと、ミューは何かの書状を魔法袋から取り出した。そんなもの、いつの間に?
アマゾネスの国印のある紙だ。おそらく母が何かを書いたのだろう。しかし、なぜ私ではなくミューに渡すんだろう。
「なるほど…。こちらの書状はいったんお返しします。手続きのときに提出してください」
そう言うと、女性は黒い半玉をポンと叩いた。すると、数字が空中に浮かんだ。
「こちらが受付番号になります。左右どちらかの手で触れてください」
私は、右手を番号に近づけると、右手の甲に数字がピタっと、くっついた。
(な、何?)
「弱い呪いの一種ですが害はありません。その表示板で呼び出しますので、その番号が表示されたら、受付にお越しください」
「は、はい」
みんなが睨んでいるのは、呼び出し番号の表示板か。なんだか、区役所みたいだな。えっ? 区役所って……何?
私はまた謎のワードに頭を抱えた。この街に入ってから、なんだか私はおかしい。あの妙な精霊が何かしたのだろうか。風船のようなバリアのせいか?
でも、ミューは平気な顔をしている。この街に耐性があるのかもしれない。
「どれくらい待ちですかー? いま、虹色ガス灯は、オレンジ色でしたけど〜」
(何? 虹色ガス灯って?)
「そうですねー。学校関係は混んでまして……緑色か水色になるかもしれません。順番が近づいたら、手の番号は赤く変わりますから、それを目安にお戻りください」
「夕方近くになるんですねー。わかりました〜。ごはん食べて、宿探しして少し仮眠できますね」
「街の散策をするのも楽しいですよ」
「いま、上は混んでますよね?」
「そうですね…。役所が混む日は、展望レストランは満席だと思います」
「うーん、じゃあ、ローズ様、ワンコインショップで買い込んで、足湯につかりながらランチしましょうか〜」
「ミュー、意味が全くわからないわ」
「ふっふっふ、ミューにお任せください〜」
ミューと共に、エレベーターで塔の1階に降りた。エレベーターボタンを見た感じでは、塔は11階建で、地下まであるようだ。
だが地下へのボタンは小さく、なんだか触れてはいけないような気がする。おそらく、何かの忌避魔法がかけられているようだ。
(地下は入らせたくない場所のようね)
そして、塔から出ると、鮮やかなオレンジ色に灯るガス灯が目についた。
「ミュー、さっきの虹色ガス灯って、あれのこと?」
「そうですよー。この街のあちこちにあるんです。時間とともに虹色の順番に変化するんですよ。赤色が一日の始まりで、オレンジ色、黄色、緑色、水色、青色、紫色の順ですよー」
「紫色の次は赤色?」
「はいー、正解です。学校や役所はオレンジ色になると始まって、水色で終わるんですー。だから、ギリギリでしたよー。もう少し遅かったら、役所の今日の分の受付は終了だったかも」
「えっ…」
「危なかったですね〜」
「あ!」
虹色ガス灯の色が黄色に変わった。太陽のような元気が出てくるような黄色だ。
「うげっ! 学校はランチタイムです〜。ローズ様、早く! 急ぎましょう」
「どういうこと?」
「この広場を囲む城壁のすぐ外には、学校があるんです。ワンコインショップが、学生だらけになる〜」
よくわからないまま、ミューに促されて城壁へと小走りで移動した。塔の建っている場所は広場になっている。そしてミューが城壁と呼ぶ壁がぐるりと広場を囲んでいる。
その壁沿いには、ズラリと店が並んでいるようだ。その一つに向かっているらしい。
「よかった〜。学生より先に着いたー」
そこは、レンガ造りでアンティーク調の、オシャレな店だった。看板が二つ出ている。
ガラス張りの店がミューの言うワンコインショップのようだ。なんでも銅貨1枚と書いてある。
もうひとつの店はカフェのようだ。夜はバーになるようだ。店の入り口には、何かの自販機が置いてあった。全部売り切れの表示が光っていた。キチンと管理できてないわね。
あれ? なぜ、私は自販機だとわかったんだろう? 見たこともない機械…。えっ? 機械? この世界に機械など、あるはずがないわ。機械があるのは……あ!
(そっか、わかったわ!)
夢の中に出てきたのだ。自販機も、さっきのエレベーターも、あのオフィスビルのような建物も。
私はようやくスッキリした。あの精霊に妙な幻術でもかけられたのかと疑ったが、あの夢だ。
だとすると、あの夢は予知夢なのだろうか。この街のことを…? でも、夢の中では剣も魔法もなかった。この街には、魔法があふれている。いったい…。
ミューが、店の扉を開けた。
カランコロンと鳴り響く音が、昭和レトロだ。えっ? 昭和レトロって……何?
私は頭が混乱していた。ふっと思いつく言葉が、わからないのだ。私は誰かに、既に乗っ取られて……操られているのだろうか。
ミューは、そのまま左側の店へと入っていった。でも、私は、なんだか何かに導かれるように、右側の店へと入っていった。
「いらっしゃいませ」
その店は、入ってすぐのところにバーカウンターがあった。左側にはテーブル席があり、半分ほどの席は空いていた。
店員の数は、店の大きさからして多いような気がした。これから混む時間帯になるのだろうか。
しかし、なんだろう? とても落ち着く。この店は、すごく懐かしい感じがする。
「ここは、食事もできるかしら?」
「はい、軽食でしたらご用意できます。おひとりさまですか?」
「いえ、連れがもう一人いるわ。隣の店に入っていったんだけど」
「ふふ、そうですか。テーブル席だと、これからの時間は学生達が押し寄せてきますから、カウンターでいかがでしょう?」
「そうね」
私は、手近な場所に座った。バーカウンターのほぼ真ん中あたりだ。奥には、常連らしき客がいる。男性ふたりだ。どちらも戦闘力が見えない…。私は少し距離をとりたかった。
カウンター内には、私に声をかけてきた少年の他に、4〜5人の若い男がいた。忙しそうに調理をしている。
「何にしましょう? あ、役所の待ち時間ですか」
「ええ」
少年は、私の右手を見ていた。いや、少女なのかもしれない。私よりかなり若く見える。アマゾネスなら11〜12歳、でも、アマゾネスは老けて見えるんだったわね。
目の前の少年か少女かわからない店員は、私より戦闘力はかなり低い。やはり、まだ子供なのだろう。
「お嫌いなものはありますか?」
「特にないわ」
「かしこまりました。お連れ様の分もご用意しますね」
「ええ」
私は、この店員を気に入った。常に笑顔で接客していて気分がいい。上っ面だけの笑顔ではないのは見ればわかる。この仕事を楽しんでいる姿勢にも好感がもてる。
(少年なのか、少女なのか、気になるわね)
「ローズ様〜、突然消えたから焦りましたよ〜」
「ミューの分も頼んでいるから、座りなさい」
「はいー」
「お待たせいたしました。オムライスです」
(なんだか懐かしい…?)
「えー! なんでマスターがこんな時間にいるのー?」
「ふふ、今日は困った猫さんが……あ、噂をすれば」
(えっ? マスター?)
カランコロンと扉が開いて入ってきたのは、猫耳の獣人の少女だった。
「む? なんじゃ? おぬしは」
「初対面で、そんな言い方…」
(この少女も、戦闘力が見えない)
「ふむ。自分では気づいておらぬようじゃな。地球からの転生者よ」
(な、何を言ってるの?)




