11、草原を守る精霊
緑が鮮やかで美しい草原に、爽やかな風が吹き抜けた。なんだか視線を感じて振り返ると、そこには10歳くらいに見える男の子がいた。
あ、アマゾネスは老けて見えるとミューが言ってたっけ? ということは少年はもう少し上なのかもしれない。
(草原でひとりで遊んでいるのかしら)
すると、少年はフワッと一瞬で私達の目の前に移動してきた。私は、とっさに腰の剣に手を触れた。
私が警戒したことに気づいたのか、少年は少し距離をとった。そして、やわらかく微笑んで私を見ている。
とても可愛い少年だ。もう少し成長すれば、誰もが振り向くようなイケメンになるだろう。
しかし、彼の戦闘力が見えない。まさか、全く戦えないのだろうか。
「ふふっ、ボクのサーチは終わったのー? 初めましてだねー。そのハーフの子の友達?」
「えっ? えーっと…」
私はミューの方を見ると、ミューが緊張した顔をしている。あれ? 緊張じゃなくて……ミューは顔が赤い。一体どうしたんだろう。
すると、ミューは小声で、彼は『夢の国の王子』なのだという。全く意味がわからない。
「あー、警戒しなくていいよー。ボクは、この草原を守っている精霊だよー。その子が言ってるのは、ボクのあだ名だよ」
「えっ!? せ、精霊? だから戦闘力が見えないのね」
「ふふっ、お嬢さんは箱入り娘なのかなー。国から出たことがないんだね。精霊くらいで驚いていたら、この島では大変だよー」
「な、何? その言い方! 失礼じゃないの」
「ローズ様、私達の方が失礼ですよ。精霊は神が作り出した、いわゆる分身みたいなものだから……神に近い存在ですよ」
「知ってるわよ。でも、男のくせにこんな上から目線で…」
「ローズ様、ほとんどの国は、男尊女卑ですからー。そんなことで、いちいち怒ってたら大変ですよ」
「そ、そうだったわね」
私達が小声で話しているのを、精霊はニコニコしながら見ている。
そのとき、空の一部がグニャリと歪んだ。これは転移魔法の歪みだ。その歪みからゾロゾロと20人ほどの人が現れた。
すると少年は、ニヤリと好戦的な表情を浮かべ、その姿を変えた。20歳前後に見える大人の姿だ。とんでもない美形だ。
「キミ達、ここから動かないでね。他の星から、侵略者が来ちゃった〜」
その言うと、彼は私達に向けて何かを放った。逃げる間もなく、私達は彼が放った甘い香りの風船のようなものの中にいた。
「ミュー、こ、これって…」
「チョコレートの香りですねー。いい匂い〜」
「じゃなくて、捕らわれたんじゃないの」
私は、この風船から出ようとしたが、出られない。油断した。アマゾネスの次期女王ともあろう私が、簡単に捕まってしまうなんて、なんて恥さらしなのだ…。
「これは、たぶん防御結界ですよー。精霊ヲカシノ様は、精霊の中で、最も結界をつくる能力が高いのです」
「防御結界? 防御バリアじゃなくて?」
「あ、バリアかもしれません」
「どう違うの?」
「うーん。バリアは狭い範囲に、結界は広い範囲に張りますけど……ここの人達はちょっとおかしいのでミューにはわからないですー」
「おかしいって、どういう意味?」
「異常って意味です〜」
「ん? わかるように説明して」
「うーん。バリアは、普通、狭い範囲で張りますよね?」
「そうね、戦乱時には、魔導士が、兵ひとりひとりに防御バリアを張るわね」
「結界って、特定の種族が入れないように広域で張りますよね」
「そうね、アマゾネスの国境では、結界魔導士によって、魔物が入れないようにしてあるわ」
「でも、ここでは、街長は、この街全体を覆うバリアを一瞬で張りますし、精霊ヲカシノ様は、侵入を防ぐ結界以外に、何もかも防ぐ結界も張ることができるんです」
「えっ? えっと、結界が侵入だけじゃなくて、攻撃も防ぐってこと?」
「そうなんです〜。だから、この風船は、結界だと思うんですけど…」
「ミュー、根本的におかしいわよ。バリアも結界も、透明で硬い板状でしょ。この風船は柔らかいわよ」
「それに、いい匂いですよねー」
「こんな柔らかい素材で……こんなバリアも結界もないわよ」
「だーかーらー、ここの人達は、おかしいんですってばー」
すると、少年の声が聞こえた。
『もーいいよ〜』
頭の中に直接響く不思議な声だった。その少し後に、風船がパーンと割れた。彼は元の少年の姿に戻っていた。
「えっ? あの侵略者というのは…?」
「あー、うん。帰ってくれないから、さよならしたよー」
見ると、さっき空が歪んだ下の草原には戦乱のあとがあった。草原は一部が焼けていたが、人の姿はない。
「えっと…」
「お嬢さんは、アマゾネスかなー?」
「ええ、そうよ」
「じゃあ、話しても大丈夫だね。襲撃者は、斬って焼き払ったよ。一部は逃げたけどねー」
「えっ? 逃してもいいの?」
「逃がす方がいいんだよー。襲撃したら仲間が殺されたって伝わるからね」
「そんなの伝わったら、報復にくるじゃない」
「ふふっ、報復に来てくれたら楽しいでしょ。じゃないと、門番だけしてるなんて、退屈だよー」
(な、何? この精霊…。頭がおかしい)
私が、再び警戒したことを察知したらしく、少年の姿の精霊は、私達から少し距離をとった。
「やだなー。そんなに警戒しないでよ。湖上の街に来たんでしょ? ボクより怖い人いっぱいいるよ? アマゾネスの王族が来るなんて珍しいね。でも、男を捕獲しに来たわけじゃないんだね」
(なぜ、王族だとわかるの? 頭の中を覗かれたか)
「なっ? 捕獲って…。そんなことするわけないじゃないの!」
「ローズ様、ご隠居様が女王のときに、一度、神族の街の街長から叱られています」
「ミュー、どういうこと?」
「えっと……大量に若い男を捕獲して…」
「えっ!?」
「でも、その結果、アマゾネスの国力は上がったみたいですよー。アルの父親もこの街から捕獲したハーフだそうですよ」
ドクッ!
ミューは、何も知らないから平気で先輩の名前を出すわね。いちいち反応する私がおかしいんだけど…。
「ハーフって、人族と魔族のハーフ?」
「うーん、よく知らないです〜」
精霊は、興味深そうに私を見ていた。また覗かれた? 今の私の動揺にも気づいているのかもしれない。もし話題にされたら、ミューに知られてしまう。
「お嬢さんは面白いねー。ほんと、箱入り娘なんだね。しかも、秘密を抱えて…」
「ちょっと、変なこと言わないで!」
「ふふっ、じゃあ、お嬢さんの勘違いだけ教えておいてあげるよ。戦闘力が見えない生き物は存在しないよ」
「えっ? いきなり、何?」
「さっき、ボクをサーチして誤解していたから。これは教えておかないとね。そのハーフの子もわかってないから」
「じゃあ、見えないのは…」
「相手が隠しているんだよ。戦闘力が見えない相手にケンカ売っちゃだめだよ。圧倒的な力の差があるから、サーチ魔法をかけても見えないんだよ」
「それって、あなたが私より強いって言ってるわけ?」
「ふふっ、うん、そうだよー。アマゾネスの人達は、自惚れが強すぎるんだよ。世間知らずなんだ」
「なんですって!? 我が一族を愚弄する気か」
「事実だよー。ふふっ、街に入るんでしょ? 早くしないと入学手続き終わっちゃうよー」
私はこの精霊に殺意を抱いた。でも入学手続きは、今日中に終えなければならない。そもそも、締切時刻も知らないんだ。急ぐ方がいいかもしれない。
私は、精霊をキッと睨んだが、彼はニコニコしている。まぁ、この街には長期滞在するんだから、今でなくてもいいか…。
「ミュー、行こう」
「あ、はいはい。じゃ、ヲカシノ様〜」
ミューは、名残惜しそうに精霊に手を振っている。
私達は街への橋を渡った。街のシンボル塔が、より大きく見えてきた。
(あの塔……なぜ知ってる気がするんだろう)




