100、ローズの一時帰国
「ミューさん、私が伴侶候補だと偽るわけにもいかないので、ギルドに相談してみてください」
「うん、そうだねー。でも冒険者なら、今すぐには動けないよねー。どうしよう……」
「ミュー、まさか、私の一時帰国の目的って、それ?」
「違いますよー。いや、違わないかも? いやいや違いますって。えっと、でも、メインの目的は別です。ここでは話せないですぅ」
ミューは、バタバタと落ち着きなく手足を動かしながら百面相をしていた。これは怪しい。ごまかしているのかしら。
「むむ? マリーさんから念話が来ました〜。ひゃー! めちゃくちゃナイスアイデアですよぉ、ローズ様、やりました!」
(慌てたり喜んだり、忙しい人ね)
「どんな入れ知恵をされたのかしら」
「所長さんですよぉ。いま、アマゾネスに潜入しているってマリーさんが言ってますぅ。マリーさんが、所長さんにも念話を送って、話をつけてくれるって」
「ええっ!?」
私はドキッとした。伴侶の話は忘れていたけど、でも、もし所長が本当に伴侶になってくれるなら、私はどんなに嬉しいだろう。
だけど、私が女王を継承するとアマゾネスから離れられなくなる。そうなると、所長に探偵事務所を辞めさせることになってしまう。
(彼の人生を大きく狂わせてしまうわ……)
「ローズ様、伴侶候補のフリですから、そんなに驚かなくてもいいじゃないですかぁ」
「あっ、そうだったわね。フリだものね……。いえ、ちょっと待ちなさい。お母様が連れて来いと言っているなら、フリではすまなくなるわよ」
「わっ、わわっ。マリーさんは大丈夫だって言ってるから、フリだとはバレないのかも」
「バレるわよ。アマゾネスには、真偽を判定する魔道具があるもの」
私達のやり取りを面白そうに眺めていた年配の男が、口を開いた。
「所長なら、いろいろな魔道具を持っていますから、その真偽を判定する魔道具が呪具じゃなければ、大丈夫だと思いますよ。魔道具の効果を及ばないようにする魔道具もありますし」
「呪具なら?」
「ええっと、その呪いをかけた呪術士の能力が低ければ大丈夫ですが……。でも、人族の国に、そもそも呪具があるとは思えませんけど」
「まぁ、それはそうね」
「じゃー、それで決まりですね〜。はぁ、よかったぁ。ミューは、ヒヤヒヤしていたんですよ〜」
「じゃあ、私達は失礼するわ」
「はい、あと、1〜2週間で調査の完了報告ができるかと思います。周辺国の状況もまとめておきます」
「わかったわ、よろしくね」
私達は、探偵事務所を出ると、そこにはマリーが、ニコニコとして待ち構えていた。
(この顔は、絶対悪だくみをしているわね)
「マリーさん、お久しぶりですぅ。突然の登場、コワイじゃないですかぁ」
「うふふ、ミューは臆病すぎるのよ。ローズなんて、平気な顔をしているわよぉ」
「それは、ローズ様が強いからですよー」
「ミュー、私よりマリーの方が圧倒的に強いわよ。私なんて簡単に殺されてしまうわ」
「え〜っ! ローズ様を殺しちゃダメですよー」
ミューは、なんだか変な方向に勘違いをしている。その様子を見て、マリーはさらに楽しそうに笑っていた。
「マリー、あまりミューをからかわないであげて。ミューは驚くと、騒がしいのよ」
「あら、やだわ。叱られちゃったわぁ。ふふっ」
ミューは、私達のやり取りを目をパチクリさせながら、ジーッと見ていた。手足は相変わらずバタバタと騒がしい。
「マリー、なぜここで待っていたの? ミッションはもう終わったのかしら」
「うん、終わったわよぉ。いつもなら、この後は、地底に戻るんだけど、今日はローズのそばが楽しそうだから、遊んであげるわぁ」
「私は学校に行くわよ? マリーも授業を受ける?」
「へ? ローズ様、ミューの話をお忘れですか? 一時帰国しますよ」
「えっ? 今から?」
「そうですぅ。だから、ミューはローズ様を探していたのですよ」
「でも、学校があるし……」
「学園には、先に届けを出してきました。だから、寮にも連絡がいくはずなので大丈夫ですよ。草原にワープワームが待っていますよぉ」
ミューは、強引に私を引っ張って、街から出る橋へと向かって行った。
「でも、クラスメイトには伝えておかないと、心配するわよ」
「大丈夫ですぅ。学園に届けたときに、シャインくんに会ったから、伝言をお願いしましたよ」
「シャインくんね……」
(忘れてしまいそうな気もするけど)
「ミュー、シャインに伝言なんて無理でしょ。あの子、赤ん坊だよ? 普通の守護獣なら、まだ人の姿になんてなれないくらい、赤ん坊なのよぉ?」
「シャインくんは賢いから大丈夫ですよぉ」
(まぁ、伝わらなくても、仕方ないわね)
街の外に出ると、草原にはアマゾネスのワープワームが、ワラワラと集まっていた。
そっか、街の中には天使ちゃん達がふわふわしているから、入って来れないのね。
「へぇ、アマゾネスのワープワームって、オッチャンなのねぇ。なんだか、濃い顔ねぇ」
「マリーのお母さんも、ワープワームを所有しているの?」
「ん〜、ママは持ってないわよぉ。でもドラゴン族は何人かが持っているわぁ。みんな女性に擬態しているわよ〜」
「へぇ、そっか」
私は、ワープワーム達に、マリーも運ぶようにと命じた。彼らは一瞬、嫌そうな顔をした。天使ちゃん達なら絶対にこんな顔はしない。お婆様に、厳しく教育するようにと、進言しようかしら。
私がそんなことを考えていると、思念を読み取ったのか、彼らの顔が引き締まった。
「じゃあ、行くわよ」
私達は、アマゾネスへ向けてワープした。かなり揺れる。天使ちゃん達とは、あまりにも力の差がありすぎるわね。
私達が到着したのは、アマゾネスの城に一番近い国境だった。マリーが一緒だから、城へのワープはできなかったようだ。
すぐさま国境の警備兵が、駆け寄ってきた。
「何者だ! あっ! ローズ様、失礼いたしました」
私は一瞬、戸惑いを感じた。もう随分長く離れていたような気がする。私の感覚は、女尊男卑を忘れかけていた。気を引き締めなければいけないわね。
私が何も言葉を発しないことに焦ったらしく、警備兵は、私に敬礼したまま、微動だにしない。
そうね、確かに一瞬でも、私に向かって何者だという問いかけは、無礼すぎるわ。以前の私なら剣を抜いていただろう。
「私が国境に現れたのが、おかしいか?」
私は、警備兵達に冷ややかな目を向けた。
「い、いえ。申し訳ありません」
警備兵達は、さらに緊張をしたようだ。そう、私はいつも、こんな感じだったわ。誰も寄せつけないことが、次期女王の威厳だと思っていた。ふっ、我ながら子供ね。
「ローズ様、怒っちゃダメですぅ。普通、こんなとこに王族は突然現れないですからぁ」
私は、ミューをチラッと見た後、警備兵達に向き合った。
「今日は、留学先で知り合った友と一緒だ。門を開けなさい」
「あ、あの、そちらの女性は……あの……」
警備兵は、仕事はキチンとしようとしているようだ。結界が弾いた者を、簡単に入国させるわけにはいかない。
「すごぉい、アマゾネスって、次期女王にも同行者が誰なのかと、尋問するのねぇ。ふふっ」
「マリー、これが彼女達の仕事よ。私の姿に化けた人が入国しようとするかもしれないでしょ」
「ふぅん。そんなのサーチすればいいじゃない〜」
「アマゾネスは人族なのよ。高度なサーチ能力を持つ者はいないわ」
「魔道具を使えばいいじゃないのぉ〜」
「そうね、そのうち、導入を考えるわ」
私は、オドオドしている警備兵に目を移した。私が見ると、シャキッと立つのね。
「同行者は、マリー、魔族よ。私が入っている寮の管理人の仕事をしているわ。私が世話になっているのよ。挨拶しなさい」
そう言うと、警備兵達は、マリーに向かって敬礼をした。マリーは楽しそうにその敬礼を真似ている。
「マリーは敬礼しなくていいのよ」
「うふっ、楽しいんだもの〜」
「マリーさん、入国許可がおりました。どうぞ」
ギィー
門が開くと、懐かしい景色が目に飛びこんできた。
(とても久しぶりな気がするわ)




