1、誕生日の前日
初めまして。
どうぞ、よろしくお願いします。
今年は特別な年……明日で私は16歳になる。
私の家には何代も前からの決まりごとがある。16歳になる誕生日には、伴侶を決めなければならない。これだけなら、よくあることかもしれない。
私の家……私の種族は、この世界で有名な女尊男卑の種族アマゾネス。そのため選ばなければならない伴侶は、夫という名のいわゆる下僕。肩書きだけで判断し、一生、下僕として使う者達なのだ。
しかも選ぶのは、ひとりではない。通常は、複数人を生涯の伴侶として選ぶことになる。志願者が多い場合は、その数が十を超えることも珍しくはないのだ。
「やはり、顔も知らない人を選ぶなんておかしいと思うの」
「また、その話? ローズ、今はその気がなくて構わないのよ。選ぶことに意義があるの」
「顔も知らないのよ? おかしいでしょ」
「先月までは、適当に選ぶと言っていたじゃない。どうして急にそんなことを言いだすの?」
「知らない人達と、明日から同じ部屋で暮らすのでしょう? そんなの絶対に嫌!」
「ふぅ……男なんて服と同じよ? いろいろな服を着て街を歩きたいでしょ」
「見ず知らずの人達とは暮らせないわ」
「人ではないわ、下僕よ? 好きに躾ければいいのよ。なぜローズは、そんなおかしなことにこだわるの?」
「だから、嫌なものは嫌なの!」
バタン!
私は、母のいる部屋から飛び出し、自室に戻った。
すぐに母の下僕が私を追いかけてきた。そう、私の父という立場の、母の下僕。
コンコン
「何の用?」
「ローズさん、少し話してもいいですか」
「入りなさい」
「失礼します」
父は、そう言って入ってきたものの、言葉選びに困っているようだった。
「説教でもするつもり?」
「いえ、まさか。ただ、なぜそのように急に嫌だと言いだしたのか…」
「それを聞いてこいと命じられたのね」
「はい…」
私は、ふぅ〜っと、ため息をついた。その質問の答えは、実は私にもわからないのだ。
最近、私は毎晩のように、同じ世界の夢をみるようになっていた。
その夢の中では、私には、対等に話せる男友達がいた。住む家はとても狭く貧しいようだ。
だが、家族は皆、対等に話し、笑い合い、ときには父から叱られる。そして、父と母はつまらない口げんかもする。
両親がケンカの後に、互いに愛しているとささやいている姿を、こっそり覗き見したこともある。
夢の中の私は、そんな世界で、それを当たり前の日常として過ごしていた。
朝、目が覚め、朝食を食べる頃には、この夢のことは忘れている。でも、ふとしたときに思い出すようになってきたのだ。
「なぜだかわからないわ。でも嫌なのよ」
「伴侶にしたい者がいるのですか? それならその者も、ローズさんの伴侶に加えましょう」
「そんなの、いないわよ」
「ふぅむ……困りましたね。この1ヶ月ほど、ローズさん、いつもと様子が違いますよ。悩み事でもあるのですか?」
「悩み事……」
「ええ、差し支えなければ、話してもらえませんか」
「そんなもの、ないわ」
「そうですか……でも」
「もういいでしょ、出て行きなさい」
「いや……はい、かしこまりました」
そう言うと、父は私に丁寧に頭を下げ、部屋から出ていった。
これが、私が物心ついた頃からの当たり前の日常だった。
圧倒的な女尊男卑の種族。たとえ、実の娘に対してでも、躊躇なくかしずき、どんな暴言に対しても反論することは許されない。
(夢の中の世界なら、こんな態度をとると、きっと父に叱られる)
私は、自分の中に、もう一人の自分がいるような違和感を感じた。
この星の他の種族には、女尊男卑の種族はいない。多少のカカア天下な種族はあるかもしれないが、アマゾネスほどの女尊男卑はいないと言われている。
幼い頃からずっと、私の種族だけが特別だと誇らしかった。成人して、他の種族と関わることになっても、その気高さを忘れてはいけない。間違っても男に媚びてはならない。そう教育されてきた。
アマゾネスは、女の子がなかなか生まれない。何かの呪いだとも噂されているけど、10人に1人程度しか生まれないそうだ。
私には、たくさんの兄がいる。たくさんの弟もいる。母は同じだが、父が同じ兄弟はいない。兄は皆、どこかの有力な家の娘の下僕になっている。
それから、私には、ひとりだけ妹がいる。半年ほど前に生まれたばかりの赤ん坊だ。その妹の父親は、私の通っていた武術学校の3つ年上の先輩だった。
剣術に優れた彼は、教師からの評価が高く、低い身分ではあったが、母の下僕となったのだ。
その時、私は妙な胸の痛みを感じたが、その原因はわからなかった。
コンコン
「夕食の準備が整いました」
「わかったわ」
ドアの外から声をかけてきたのは、妹の父親だ。もう今では、同じ屋敷に住むことにも慣れていた。
だけど、あの夢をみるようになってから、私はおかしかった。このように急に声が聞こえると、また妙な胸の痛みを感じるようになっていた。
(体調が悪いのかな…)
夕食は、母の仕事の都合がつくときは、家族みな揃って食べることになっている。だから、あまり待たせるわけにもいかない。
(顔合わせたくないな…)
私は、体調が悪いことを理由に、すぐに食卓を離れようと決め、食事の間へと向かった。
「遅くなりました」
「ローズ、あなたね…」
「食事の時間には説教はしないって、昨日言ったばかりじゃないの」
「はぁ…。まったく。明日には16歳、成人になるというのに…」
「まぁまぁ。その話は、食事が終わってからにしませんか? 女王陛下」
「はぁ、そうね…。食事が冷めてしまうわね」
私は、母を止めてくれた彼を見た。彼は、私の視線が自分に向いていることに気づくと、丁寧にお辞儀をした。
「ありがとう、助かったわ」
「いえ、とんでもございません」
短い会話だったが、やはり私は妙な胸の痛みを感じた。
武術学校で、剣術の練習相手をしてくれたときは、もっとニカッと笑う人だった。立場が変わると、人は仕草まで変わってしまうものなのだろうか。
(やっぱり、体調が悪いわね)
運ばれてくる食事に少し手をつけただけで、私は食欲がないことに気づいた。やはり、何かおかしい。
「すみません、食欲がないので、お先に失礼しますわ」
「えっ? ちょっとローズ、待ちなさい!」
「ローズ様は、ほとんど召し上がっておられません…」
「本当に体調が悪いのかしら? 白魔導士を呼びなさい」
「はっ、ただいま」
自室に戻った私は、ベッドに突っ伏していた。
変な夢をみるようになるまでは、私は、女王陛下の娘として、完璧だったはずだ。
私は、アマゾネスの次期女王としての英才教育を受けてきた。幼い頃から毎日、過酷な剣術武術の訓練も受けてきた。
当然、実戦もこなした。戦争にも行った。魔族も人族も数えきれないほど殺した。
おそらく、今ではもう、この国には、私より強い者は数えるほどしかいないだろう。
(やっぱり、何かおかしい…)
コンコン
「ローズ様、白魔導士のミューでございます」
「ミュー? 呼んでないわよ」
「女王陛下から、ローズ様が食欲がないから大変だと…」
「はぁ……まぁ、どうぞ」
「はい、失礼します」
部屋に入ってきたのは、母が近くに住まわせている白魔導士だった。彼女は、見た目は少女……私が物心ついた頃からずっと少女のままだっだ。
彼女は、人族のはずだが、妖精の血が混ざっているため寿命が長く、なかなか見た目が変わらないそうだ。
「とりあえず、回復魔法をかけますね〜」
そう言うと、彼女の手から、やわらかな優しい光が放たれた。私の身体を、エネルギーが駆け巡るのを感じた。
「うーん? おかしいな、何かの呪いかもしれませんね」
「えっ!? 呪い?」
(まさか、あの夢…)